プロローグ
一体俺は何をしているのだろう。何故こんな所にいるのだろう……頭の中で繰り返されるそんな言葉を消化することもできずに、僕はただ一人無限に広がる荒野の真只中を歩いていた。九月も半ばを過ぎていたが、日本から遠く離れたアラビア世界に広がる荒涼とした大地には、秋の気配など微塵も感じられなかった。いや、この不毛の地に季節などというものは、そもそもの初めから存在すらしていないのだ。僕は灼熱の太陽に激しく見守られながら、それでも夢幻かもしれない目的地に向かって懸命に歩いていた。上半身は衣服をまとうこともできずに、小ぶりなリュックだけを肩に背負いながら何とかここまでやってきたが、乾燥した空気にもかかわらず僕の皮膚からはとめどなく汗がしたたり落ち、背中から滲み出た僅かながらの体の水分さえも、容赦なくリュックの繊維に吸い込まれていった。僕は何度も立ち止まりながらペットボトルのミネラルウォーターをすすり、朦朧とする意識に鞭打ちながら歩を進めたが、やがて目の前に立ちはだかった岩山を仰ぎ見た瞬間、必死にすがっていた最後の気力も絶望に変わってしまった。僕は傍らに突き出した岩のかけらの上に座り込み、改めて今ここにいる意味を考えた。ほんの二ヶ月前までは、自分がこんな場所にいることも、またこんな気持ちになることも想像していなかった。気だるい日常がひたすらに繰り返され、自分が生きていることさえ認識できなかった。でも、僕は今ここにいた。あたり一面に人間のかけらもない異界の地の果てで、僕は限りなく非日常的で、でも限りなく人間的な時を刻み続けていた。たとえこの先に捜し求めていたものがなかったとしても、僕はおそらく後悔はしないだろう。何故なら、この二ヶ月があったからこそ、僕は一人の人間として躍動感のある生き方ができたのだから。たとえ今ここで行く手を阻まれて立ち枯れてしまったとしても、夜になれば、僕のその屍は荒野の頭上に無限に輝く星たちに優しく包まれるのだから。
確かにこれは夢なのかもしれない。目が覚めれば、僕は日常という名のもとに再びその身を隠すことになるのかもしれない。でも、僕はそれを望んではいなかった。そう、それこそが僕が少なくとも人間であった証なのだから。