その寝姿をみつめていたい
「……はぁ」
つい、溜め息が漏れてしまいます。
時刻は深夜2時。正確には深夜2時2分42秒。
古くから魑魅魍魎の時間として伝えられており、草木も眠ると言われる丑三刻と呼ばれる時間帯です。
この時間にお参りをすると召喚された獣に対して9999の固定ダメージが発生して、即死します。
「わふぅ……」
もう一度、溜め息。
ご主人様が寝静まったのを確認してからもうずっと、私はこうしているのです。
ご主人様の安らかな寝顔を眺め、たまに見せる表情の変化をよく観察。そして、溜め息。
疲れや眠気はなく、むしろそれらが綺麗さっぱりと私の中から消えています。
パイロット画面があれば、今の私のHPとMPはMAXを振り切っているでしょう。
今、私はベッドの傍に椅子を置き、そこに腰掛けた状態。
重い荷物――つまりは、胸のことですが――をベッドの端に置き、一息付きながらご主人様の寝顔を拝見しています。
やはり楽、ですね。
最近は家事などを一通り終わらせて小休止を取る際にも、テーブルに胸を置くのが基本となっています。
こうしているととても楽で、改めて『コレ』が脂肪の塊で、『重り』であると思い知ります。私がミニ四駆なら肉抜きが必要でしょう。
しかし、世の殿方の多くは、大きな胸がお好きと聞きます。
ならばご主人様も、お好きなのでしょうか。
そうであればいいと、思います。
自分の姿が、この方が好むものであればいいと。でも――
「――触れて、欲しいです」
貴方から、ご主人様から、触れて欲しい。
遠慮なのか、気恥ずかしさからなのか、それとも、私に魅力がないからなのか。
ご主人様は時折、連れなくなってしまわれます。
私は、この方の。九郎様のメイドです。
この方の為に生き、この方に尽くし、叶うのであれば、この方の為に死にたいと。
そう、思っています。
ですからご主人様が望まれるのであれば、今すぐにでもこの身すべてを捧げ、奉仕したい。
ですがそれは、ご主人様が望んでくださらぬのであれば、私ごときがご主人様を求めるわけにはいかないと、そういうことでもあるのです。
ですが、私も女なのです。
時に、我儘になりそうになってしまうときも、あります。
「……」
ご主人様の手。
そこに、そっと。
私の手指を絡めます。
「んっ……」
最初は、遠慮気味に。
ご主人様が起きないことを、確かめながら。
「は、ぁ……」
そして徐々に、積極的に。
恋人の情事のように、濃密に、絡み付くように。
「ん……」
「わぅっ……!?」
突然、ご主人様の手に力が入りました。
眠っているが故の、反射的な動きでしょう。
ですが私にとっては――ご主人様が、握ってくれた。そう、判断できる行為で。
「は、はぁ……」
たったそれだけで、全身に幸福感が満ちて、これ以上は抑えられなくなりそうで。
私は荒く息を吐きながら、しかし、ゆっくりと。ご主人様のお眠りを妨げぬように注意しながら、ご主人様の手から、自分の手を引き抜きました。
「ご主人様に……お手を、握られてしまいました……♪」
手に残る感触とぬくもりが、堪らなく愛おしくて。
私は暫らく、余韻に浸っていたのでした。
何時か、この方の意志でそれをして頂けることを、夢想しながら。
それは、草木さえも眠るが故の――誰にも知られぬ、私の我儘。