ブラックジャックシューター ザ・ゲーム
「――Black Jack」
日本人が苦手とする、綺麗な発音の英語。
流暢なそれとともに、プリマリアさんが2枚のカードを捲る。
ダイヤのエース。そしてスペードのクイーン。
11と10。
合わせて、21。
対する僕の手札はスペードの10、ハートの6、ダイヤの5。
こちらも合わせて21だけど、ブラックジャックは2枚で21を作らなければ成立しない。
2枚以上を使っての21と、2枚での21では、後者の方が強い。それがこのゲーム、ブラックジャックのルールだ。
今、僕たちが遊んでいるのはトランプを使った伝統的なカードゲーム、ブラックジャック。
とある武器やどこかの闇医者が同じような名前だが、関連性は謎だ。少なくとも僕は知らない。
ブラックジャックは古くからあるゲームで、最初にお互いにカードに2枚ドローする。
そこからカードを追加で引いたり引かなかったりして、カードの数値の合計を21に近付けられたほうが勝ち、という単純明快なルールだ。
しかし駆け引きなどの奥深さがあり、今尚世界中でこのゲームは親しまれている。
とある世界線では、核シェルターを開くかどうかをこれで決めたほどだとか。世界線がどういう意味なのかは、解らないけど。
現在の時刻は夜の八時を少し回ったところ。
食事を終え、洗い物を済ませてきたプリマリアさんに僕がトランプで遊ぶことを持ちかけたのが、今の状況の始まり。
部屋の引き出しを何気なく開けると、トランプが出てきたから、誘ってみたんだけど――
「強い……」
――結果は散々だ。
ババ抜き、ポーカーときて、今はブラックジャック。そのどれもが惨敗。
一度も勝てないというわけではないけれど、僕が一度勝つまでにプリマリアさんが五回は勝ってしまう。
「なにか、コツとかあるの?」
「コツ、と言いますか……この子たちは、古いカードですよね?」
「嗚呼、うん。昔、お父さんにもらったやつなんだ」
昔は、よく父や母とトランプで遊んでいた。だからこそ慣れもあり――まぁ、正直に言えばちょっと捻ってやろうとまでは行かないまでも、慢心のようなものがあったのは事実だ。
結果として捻られたのは僕だったけど……。
「そうでしたか……実は、カードの細かい傷や手触りなどで、ある程度予測を」
「……え?」
「カードの表面に刻まれた細かな傷や、爪痕、指圧によるシワ。触ったときの感触で、どのカードなのかをある程度絞っているんです」
聞き返したのは、理解できなかったからじゃない。
それが、予想を遥かに超えた答えだったからだ。
「え、じゃぁ、イカサマ……?」
「イカサマ、と申しますよりは、この程度ですと……テクニックの範疇かと。最初にトランプに触れさせていただいたときに、大まかに特徴を掴んで、なので、成功率は確実とまでは言えません。小手先の技ですよ」
いやいや、それって十分すごいよね?
「立派にイカサマのような気が……あれ、でも、ババ抜きならまだしも、ポーカーとかブラックジャックは僕が配ったりシャッフルしたこともあったはずだけど……?」
ババ抜きなら、僕からカードを引くときに触ればそれも可能だろう。
しかしポーカーやブラックジャックで、そんなことが可能だろうか?
「ご主人様。本物のイカサマとは、こういうものですよ」
そう言うとプリマリアさんはトランプの束を裏返し、軽くシャッフル。
そしてシャッフルしたそれを僕に差し出して、
「ご主人様。シャッフル、もしくはカットをお願い致します」
「あ、うん」
言われたとおり、シャッフルする。入念に、入念にだ。
それが終わったら、先ほど自分がされたのと同じように、トランプをプリマリアさんに差し出す。
「ありがとうございます」
微笑んでそれを受け取ったプリマリアさんが、よく見ていてくださいね、と前置きして次々とトップをオープンしていく。現れるのは、
「Spades Ten. Category Jack. Category Queen. Category King. Category Ace―――Royal Straight Flush」
見事だった。
10、J、Q、K、A―――恐らくポーカーを知らないひとでも知っているであろう大役、ロイヤルストレートフラッシュ。
それを、彼女は揃えてみせたのだ。
それも並び通りに、完璧に。僕という第三者の手を介入してもなお、だ。
「ど、どうやったの……?」
「ほんの少しの技術と速度、そして……疑うよりも自分の可能性を信じてみることですよ♪」
よくわからないが、そう言うことらしい。
僕には真似は出来そうになかった。
「ですので、ブラックジャックやポーカーなども――いろいろと『技術』を差し挟む隙間があるのです」
「……適わないなぁ」
言いながら、僕はカードの束を片付ける。
これ以上は無駄、と言うより、不毛だろう。
昔からこのトランプを持っていた僕でさえ、カードの細かい特徴からどのカードか予想するなんて出来ないのだ。
それを初見でやってのけるひとに勝負を挑むのが、そもそも間違いだった。
ケースにトランプを入れようとして――プリマリアさんの手指がこちらに伸びてきていた。
なんだろうと思っていると、彼女は僕の服の胸ポケットに触れ、
「ご主人様。一枚、お忘れになられていますよ?」
「え、あ……」
言われ、気付く。
胸ポケットに、一枚のカード。本当に、何時の間に入れられたのだろう。いろいろとすごいひとだ。
……してやられてるなぁ。
そんなことを思いながら、いたずらが成功した子供みたいに楽しげに笑うプリマリアさんから逃れるように、僕は苦笑。
胸ポケットに収まっていたカード――ハートのエースを、トランプの束に混ぜるのだった。