編み物オーバーウェポン
……まるで、別の生物だなぁ。
感嘆の吐息を漏らす。
今見ているのは、僕、泰多 九郎の家のメイドさんである、プリマリア・ティンダロスさん。更に言えば彼女の手元だ。
今、彼女の白い指には毛糸や木製の細い棒が絡み、見方によっては手指を飾られているような状態になっている。
一種のオブジェのようなそれは、プリマリアさんの指運に合わせて生物のように動く。結果として産まれていくのは、
「マフラー、だよね。それ」
プリマリアさんのお膝元。
その上で順調に質量を増やしてゆくそれは、マフラーの途中経過らしきものだ。
「はい。『メイド108の秘密道具』の51番、編み物セットです♪」
プリマリアさんの『秘密道具』。
彼女はこうして度々、『秘密道具』を持ち出すことがある。
種類は大小様々、何処にしまっているのかさっぱり解らない。
しかし気が付くと彼女は『秘密道具』を取り出していて、日常から非日常まで幅広く対応をするのだ。
「プリマリアさん、編み物も出来るんだね」
「はい。拙い腕でお恥ずかしいのですが……ご主人様の為に、誠心誠意お尽くししますね」
プリマリアさんがこちらに顔を向けて、少し照れたように微笑む。
笑顔と金髪、そして首元の紅い首輪が光る。
だけど、指はまったく止まらない。
目を弓にし、こちらへの応対を行いながらもなお、彼女の指は動き続ける。
……おおう。
ますます別の生物みたいだ。
もしかしたら彼女の指先には一本ずつ脳が入っていて、プリマリアさんとは独立した別の意志を持って行動しているんじゃないだろうか。そう疑いたくなるほどに、彼女の指は作業を乱さない。
拙いだなんてとんでもない。プロの域だろう。
「ありがとう、プリマリアさん。それにしても、プリマリアさんは凄いね。僕にはこんなの出来ないよ」
感謝と共に、感想も漏れた。
僕は編み物が出来ない。
独り暮らしが長かったとはいえ、マフラーやセーターはわざわざ編まずともお金を出せば買える。編み物を習得する必要はなかったのだ。
それに、もし編み物が出来たとしても、プリマリアさんみたいな常人離れした作業は無理だろう。
僕は一度何かを始めると、それに掛かり切りになってしまうタイプだ。昔から、段取りが悪いのだ。
「問題ありません。ご主人様が出来ないことは私が……いえ、本来であればご主人様が出来ることでも、すべて私にお任せください♪」
「……それはありがたいけど、着替えとかは自分でするからね?」
やんわりと釘を刺すとプリマリアさんは目に見えて落ち込んだ。
続く言葉は行き場を無くした子犬のような弱々しい呟きで、
「きゅぅん……私は、ご主人様にお尽くししたいのですよ……?」
上目遣いをするプリマリアさんの手は止まっていた。
着替えを手伝えないのは手を止めるほどに気落ちするような事らしかった。
「ご主人様……」
「う……そ、そんな目で見てもダメだよ」
「わふぅ……残念です……。でも、でも何時か、ご主人様のココロの壁を乗り越えてみせます……具体的には中盤、30話前後くらいで!」
妙な意気込みを見せていた。
30話で中盤だとすると特撮と同じで一年がかりで完結する計算か。
「……それ、終盤の予定は?」
「私が今まで培ったメイド力をすべて出し切って、巨大化したラスボスを倒します。そのあと、メイド力を使いきってしまった私がご主人様の腕の中で力尽きてエンドロール、というのは如何でしょうか?」
何気に後味が悪いエンディングだった。
あと、メイド力ってなんですか。
「僕としては、ラスト一話の最期の方で起きてくれるのが理想かなぁ」
僕はハッピーエンドなお話が好きだ。
たとえご都合主義と言われようとも、最期には勇気で何でも補ったり、みんなの心が奇跡を起こしたり、大いなる力に覚醒して最終話専用フォームに変身したりして、最期は青空を映してエンディングというベタな感じのお話が好きなのだった。
「ふふ。ご主人様がそう願ってくださるのでしたら、必ず私はラスト五分には復活しますよ」
「そうして貰えると嬉しいよ」
取り留めのない話をしながら、僕はプリマリアさんのマフラー制作を見守るのだった。
――――――――――
「ご主人様。いざというときにの為に、先端に隠し収納スペースを作っておきますね。ナイフくらいなら収納できるようにしておきますので、ご活用ください♪」
「いや、いらないいらない。そんな『いざというとき』来ないから。活用しないから」
「……金属探知機を警戒なされるのであれば、石をお入れになると、ブラックジャックとしてお使い頂けますよ。衝撃が内側に浸透して外傷も残りにくいですから、闇討ちなどには最適です」
「いやそういう問題じゃなくてね?」
あと、どうしてこのひとはそんな危ないことに詳しいんだろうか。
プリマリアさんの言う『ブラックジャック』と言うのはカードゲームのことではない。
有体に言えば、袋に重りを仕込んだ即席要素の強い武器だ。靴下と石があればすぐ出来る。すぐお石い。すごくお石い。
「この日本で、そんなものを使うようなことはまずないよ」
最近は色々と物騒だが、それでも日本という国は治安の良いほうだ。
「……そうですね」
プリマリアさんも、それを理解したのだろう。
彼女は作業の手を止め、柔らかく微笑み、
「ご主人様のお手を煩わせずとも、その場合は私が処理すればよろしいですからね♪」
前言撤回。
どうやら、彼女にその辺りを理解させるにはもう少し時間掛かるようだ。
妙に晴れやかな表情で『処理』とか口にする彼女に対して、僕はどうしたものかと悩むのであった。