愛の消えた王国
ブレクアプ王国。
キワウ大陸の北方に位置するこの国は、魔王領と隣接しており、たびたび起こる魔物たちの侵攻に国王アイサレズは頭を悩ませていた。
そんな中、魔導士たちの手によってある恐ろしい兵器が発明される。
破愛砲と名付けられたそれは大砲のような形状をしているが、火薬と砲弾は使用しない。
使用するのは――愛し合う恋人、または夫婦の『愛のエネルギー』である。
今日もまた、一組のカップルの愛が砲弾に変えられようとしていた。
「や、やめてくれ! 助けてくれぇ!!」
「大人しくしろ! お前の恋人はすでに合意済みなのだぞ!」
「そんな嘘だ! トリア! トリアァ!!」
恋人の名前を叫ぶ若い男の両腕を、二人の兵士ががっちりと掴み引きずって行く。
この国では日常の光景だった。
男が連れていかれたのは王国の北門前の広場。
魔物の侵入を阻む分厚い城壁の前には、桃色に輝く巨大な砲台が置かれていた。
「トリア!!」
「チュート……!!」
砲台の前で二人が抱き合う。
その周囲では武装した砲兵たちが二人を逃がさぬよう目を光らせていた。
「魔物の軍勢がここに向かっている。急ぎ、中に入っていただきたい」
隊長が促すが、チュートはトリアを強く抱きしめたまま離さない。
「いやだ! 俺は絶対に入らないぞ!」
「チュート。私も……同じ気持ちよ。けれど、私たちが破愛砲の中に入らないとこの国が……」
「中に入った人たちがどうなるか、君が一番よく知っているだろう!?」
「っ……」
「あ……す、すまない……俺……」
「ううん。いいの」
破愛砲がこの場に設置されてはや十年。
魔物が来るたびに国民の愛のエネルギーを吸収し、この国を守ってきた。
しかし、愛を奪われてはたまらぬと恋人や夫婦たちは次々に故郷を捨て、出生率の低下も相まって人口は十年間で三分の二までに減少。
つい先日、トリアの両親が破愛砲の中に入ったばかりだった。
「……命まで奪われるわけではないわ。だから……一緒に入りましょう」
「君との愛を失うなんて……死ぬより辛いよ……。くっ……うう……うううっ……」
トリアが泣き崩れるチュートの肩を優しく抱きかかえ、自身も涙を流しながら二人で破愛砲の中に入って行く。
二人が入ると、安全を確認し砲兵が重々しい蓋を閉めた。
「準備、できました」
「よし」
隊長が桃色の旗を勢いよく掲げ、左右に振る。
すると、三人の魔法使いが破愛砲の周りで呪文を唱え始めた。
「イナシ・ハリア……」
砲身の先に、徐々に桃色の光が集まって来る。
「ドナイ・アノン……」
光はどんどん大きさを増し、広場全体をまばゆいピンク色の光が照らす。
「……エイエ」
詠唱が終わったその瞬間――。
『アハ~ン』
――と、大砲が鳴らしたとは到底思えない音をたて、ピンク色の丸い光が城門を飛び越え、はるか北の空へと飛んで行く。
砲弾の向かう先では、数百におよぶ魔物が足並みを揃えて王国へと向かっていた。
「……着弾を確認!!」
城門の上で様子を見ていた兵士が叫ぶ。
ピンクの砲弾は魔物の隊列のど真ん中に落下し、『ウフ~ン』と音をたて桃色の煙が勢いよく魔物たちを包み込む。
「どうだ!?」
「……成功です! 魔物たちが引き返して行きます!!」
「よし!」
破愛砲は対象を破壊するものではなく、ラヴの力で戦意を喪失させる兵器だった。
愛に目覚めた魔物たちはある者は肩を組み、ある者は頬を染め他の魔物とアツい視線を交わしながら魔王領へと戻って行く。
「……これでまた、我が国は救われた。蓋を開けよ」
「はっ」
隊長の命令で砲兵が蓋を開けると、中からゆっくりとチュートとトリアが姿を現す。
二人の目に宿っていた愛の炎は、水をかけられたように完全に消え去っていた。
「あの、もう帰っていいんでしょうか?」
淡々とした口調で話すチュートに、隊長が答える。
「ああ。後日消愛手当が出る。役場まで取りに来てくれ」
「わかりました。それじゃ」
「私も、失礼します」
二人、別々の方向へと歩いて行く。
その様子は完全に他人のようで、先ほどまで熱い抱擁を交わしていたとは到底思えないほど冷ややかな印象を受ける。
「……やれやれ。ほんと、恐ろしい兵器だなこいつはよ」
チュートを広場に引きずってきた二人の砲兵が、破愛砲を見上げる。
「一瞬で愛が消えるなんて、えげつねえよなあ。しかも、二度と同じ者同士じゃ愛し合えなくなるんだろ」
「ああ。俺のダチもここに入れられたが、散々のろけを聞かされた彼女に全く興味がなくなっちまったとよ」
「恐ろしいな、全く」
「ああ……。しかし、こんな事いつまで続けないといけないんだろうな」
王国に蔓延する重苦しい空気を映すかのように、曇天の空からチラホラと雪が舞い始めていた。
♢ ♢ ♢ ♢
それからさらに年月は流れ、三年後。
ブレクアプ城、謁見の間に一人の兵士が血相を変えて飛び込んできた。
「報告いたします! 北の方角より多数の魔物がブレクアプ目がけて進行中とのこと!」
玉座に腰掛けたまま、国王アイサレズが落ち着いた様子で答える。
「いつも通り、やればよい」
破愛砲の使用は全て現場の判断にまかせているため、ほとんどの場合は結果報告のみだった。
そのため、使用前に現れた兵士にアイサレズは不吉な予感を抱いた。
「そ、それが……」
「どうした?」
「砲弾候補のスタコーラ伯爵閣下が、隠し通路を通って逃亡をはかり……」
「……そうか。あやつめ……忠誠よりも、愛を選んだか」
すでに一般市民からの砲弾探しは困難を極め、その対象は貴族階級にも及んでいた。
あの手この手で徴弾を回避する貴族たちに、アイサレズは日々頭を悩ませていた。
「他の砲弾候補は?」
「総力を挙げて捜索しておりますが、なかなか見つからず……」
「……」
玉座に深く腰掛け、アイサレズがより深くため息をつく。
「……馬車の用意を。それと、妃を……フリーヌを呼べ」
「はっ……?」
「はようせい」
「は、ははっ!」
兵士が慌しく去った後、アイサレズは一人ごちる。
「……フリーヌ。ついにこの時が来てしまったか」
国王アイサレズは、王妃フリーヌと共に北門へと向かう。
馬車の中で、二人が言葉を交わすことは一度もなかった。
♢ ♢ ♢ ♢
「へ、陛下!? なぜ、このような場所に!」
国王の姿を確認した広場の砲兵たちが次々と跪く。
「面を上げよ。……砲弾の準備はどうなっている?」
「そ、それが未だ見つからず……」
報告をする隊長の声は震えている。
「ならば、仕方あるまい。……余と妃が入る」
「なっ……なんですと!?」
アイサレズのとなりで王妃フリーヌが俯く。
感情の消えたその表情からは、何を考えているのか読み取ることはできない。
「し、しかし陛下御自らなど、そんな……」
「蓋を開けよ」
有無をも言わせぬ圧力を含んだその言葉に、隊長がそのまま砲兵に指示を出す。
「うっ……は、ははっ! 蓋を開けよ!」
「はっ!」
砲兵の手で、破愛砲の蓋が開かれる。
「フリーヌ。……お前を我が妃として迎え入れてから三十年。二人の子供にも恵まれ、余の半生は幸せに満ちておったぞ」
「……あなた」
「例え我が心の中からこの愛が消えてしまっても……余の魂は生涯お前を愛し続けるだろう」
「……」
「くっ……うっ……ううっ……」
アイサレズの深い愛情とその決意に、その場にいる砲兵たちが次々に涙する。
そんな中、フリーヌの目から涙が零れる事はなかった。
「さあ、フリーヌ」
「……ええ」
愛妻の手を取り、アイサレズが破愛砲の中へと入る。
少しためらいながら、砲兵が静かに蓋を閉める。
「……準備、できました」
「うむ……」
桃色の旗が掲げられ、呪文の詠唱が始まる。
破愛砲の中の国王たちに向け、涙ながらに兵たちが頭を垂れる。
ところが、いつまでたっても砲身の先に光は現れない。
「……一体どうなっている」
「わかりません。故障でしょうか?」
「そんなはずはない。メンテナンスは毎日行っているはずだ」
砲兵たちのざわめきの中、魔導士の一人が隊長の元にやってくる。
「……これ以上は無駄ですな。愛のエネルギーを感じ取ることができませぬ」
「なんだと?」
「原因は陛下か王妃殿下かあるいは両方か。両想いの相手同士でなければ破愛砲は起動させられませぬぞ」
「……なんということだ」
しばらく思案に暮れた後、隊長が沈む声で指示を出す。
「……もうよい。蓋を開けよ」
「はっ……」
破愛砲の蓋が開かれ、中からアイサレズとフリーヌが出てくる。
「もう終わったのか?」
実感がないといった様子のアイサレズの前に、隊長が跪く。
「いえ、それが……実は……」
隊長が結果を伝えあぐねていると、フリーヌの口から嗚咽が漏れだす。
「うっ……うう……」
「どうしたフリーヌ。なぜ泣いている?」
フリーヌを気遣い、アイサレズが身を寄せたその時、白馬に乗った一人の男が広場に駆け込んできた。
「どうどう! 陛下! フリーヌ様!」
「む……あれはネットール?」
ネットールはブレクアプ城の執事で、年齢は五十半ば。
渋い髭を蓄えた優しい瞳をした男で、その真面目な仕事ぶりからアイサレズを始め、城に仕える者たちからの信頼も厚かった。
「なぜ、お前が……」
「なぜここに来てしまったのです!!」
アイサレズの言葉を絶叫に近い声で遮ったのはフリーヌだった。
「……国家の一大事に、自分一人だけ安全な場所にいるわけにはまいりませぬ」
「あっ……ああ……ネットール!」
人目もはばからず、飛びつくようにフリーヌがネットールに抱きつく。
「なっ……フ、フリーヌ!?」
泣きじゃくるフリーヌの背中を優しく撫でながら、ネットールがアイサレズに視線を向ける。
「……もはや、申し開きは致しませぬ。私は……王妃殿下を……フリーヌ様を、愛しております」
「なんだ……と」
「ごめんっ……なさい……ごめんなさい……あなた……ううっ……」
背中越しに謝罪を繰り返すフリーヌの声が耳に入っているのかいないのか。
アイサレズは状況が飲み込めないといった様子で抱き合う二人を眺めている。
同様に、砲兵たちも呆然とその場に立ち尽くしている。
そんな中、広場に凛とした渋みのある声が響き渡る。
「砲の蓋を開けよ! フリーヌ王妃殿下と……私が中に入る!」
ネットールの声が消えてしばらく後、次は砲兵たちのざわめきが広場を支配する。
「そんな……嫌。私、嫌よ! 貴方との愛が消えてしまうなんて……考えたくもないわ!」
「……これまで幾多の愛がこの国から消えていきました。破愛砲の弾丸となるは国民の義務。我々だけが愛を惜しむ道理はございませぬ」
「そんな……ううっ……」
国王と、それ以外の男と抱き合う王妃。
この状況にどうしたものかと狼狽する砲兵たちに、低く重苦しい声が聞こえてくる。
「……蓋を、開けよ」
それはアイサレズの声だった。
その声は怒っているようにも、苦しんでいるようにも聞こえる。
「し、しかし……」
「開けよ、と申しておる」
「は、ははっ。ふ、蓋を開けよ!!」
隊長の指示でふたたび破愛砲の蓋が開かれる。
「さあ、フリーヌ様」
「うっ……うう……」
ネットールに肩を抱かれながら、ゆっくりとフリーヌが砲に向かって歩いて行く。
中に入るまで、アイサレズと目を合わせることはなかった。
「準備できました!」
「詠唱、始め!」
魔導士たちの声が重なる。
詠唱が進むごとに砲の先に桃色の光が集まっていき、やがて――。
『アハ~ン』
――と鳴きながら、遠く北の空へ愛の光が飛び立って行った。
『ウフ~ン』
「着弾を確認! 魔物たちが去って行きます!」
「よし! 蓋を開けよ!」
蓋が開かれ、中から二人が出てくる。
フリーヌもネットールも、その表情からは感情が消え失せていた。
まるで何事もなかったかのように、フリーヌがアイサレズの元へと戻って来る。
「あなた、ごめんなさい。私、どうかしていたみたい」
「……もうよい。先に馬車の中に戻っていろ」
「はい。それでは」
ネットールの方を見向きもせず、淡々とした様子でフリーヌが馬車へと戻って行く。
「陛下……」
愛を失った男、ネットールがアイサレズの前に跪き、頭を垂れる。
「この度、私のした事は……」
「よくぞ」
ネットールの言葉を絞り出すような言葉で遮る。
「……よくぞ、この国を守ってくれた。感謝するぞ、ネットールよ」
アイサレズの意外な言葉に、思わずネットールが頭を上げる。
「だが……余はお前を許すことができぬ。しかし、長年よく働き、城の者たちから慕われているお前を今更追放するわけにもいかぬ。これまで通り、職務に励むがいい」
その言葉に、ネットールは深く頭を垂れ肩を震わせる。
「……仰せのままに」
「余は城に戻る。……なんだか、疲れた」
アイサレズがおぼつかない足取りで馬車へと戻って行く。
馬車が走り去った後も、ネットールと砲兵たちはしばらくその場から動くことができなかった。
♢ ♢ ♢ ♢
それから一年たらずでブレクアプ王国は滅びた。
国外に逃げのびた人々は、ある者は乱心した王が破愛砲を破壊したせいで魔物の侵入を許した、またある者は愛を奪われた国民が反乱を起こしたせいだなどと噂したが、真相は未だはっきりとしていない。
END
お読みいただきありがとうございました。




