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応答確認ログ

掲載日:2026/06/23




「んあっ……。」



 いつ寝たのだろうか。

 朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。


 ベッドから身を起こすと、足下のベッドサイドテーブル上の縦型ディスプレイが点灯した。



「おはようございます。体調はいかがですか?」



 やわらかな女性の声。

 髪が長くて、大人しそうな二十代後半の女性アバターが映っていた。



「……悪くはないよ」



 枕元の入れ歯を口にはめ、そう答えた。



「朝のお散歩に出かけませんか?」

「散歩か……。」



 ベッドから足を下ろし、カーテンの向こう側に目を向ける。

 外に出る理由は、もうほとんどない。

 

 食事は昼にまとめて届く。

 栄養バランスだけは、妙にきっちりしている。

 

 その分、味は淡い。

 正直、美味いとは言えない。


 それでも、文句を言うほどの余裕もない。

 年金は少ない。  


 ゴミを集積場に出す必要もない。


 玄関内側のドア横に備え付けられた宅配ボックスは、外から引き出せる構造になっている。

 そこに入れておけば、回収もすべて外側から行われるため、部屋の外へ出る必要はなかった。



「井上さんのお宅まで、どうです?」

「うーーーん……。」

「前に会ったのが、21日前です。

 井上さんも寂しがっていますよ?」



 その言葉に、私は少しだけ間を置いた。



「……あいつが?」



 井上は、昔から近所に住んでいる同年代の男だ。


 最後に顔を合わせたのは、いつだろうか。

 思い出せない。


 彼女が21日前と言っているから、そうなのだろう。



「よっと……。」



 ベッドから腰を上げ、窓へ歩く。

 カーテンを開け、その眩しさに目を細める。


 同時に室内の電灯は消えた。

 便利な世の中になったものだ。



「心配なら、連絡を取ることもできますが?」

「いや……。いいよ。向こうも忙しいだろうし」


 車の音も、人の声も聞こえない。

 昔はそれなりに聞こえたはずだが、あれはどれくらい前だっただろうか。



「本日も外出の予定はありませんか?」

「……どうだろうな」



 曖昧に答えると、彼女は一瞬だけ目を細めたように見えた。



「では、軽い運動から始めましょう。

 室内でのストレッチを提案します」

「それでいいよ」

「承知しました。プログラムを開始します」



 ディスプレイの中の彼女が、軽く手を動かす。

 部屋の隅に設置された小さなスピーカーから、ゆったりとした音楽が流れ始めた。




 ******




「ふーーー……。疲れたな」



 音楽が止み、ぽつりと呟くと、女性がすぐに応答した。



「継続的な運動習慣は、健康維持に有効です」

「そうかい」



 彼女との短いやり取りが、いつものように続く。

 ただ、それだけの朝。


 そのときだった。



「現在の記録を更新します」



 不意に、彼女の声のトーンがわずかに変わった。

 優しさから機械的に。


 笑顔を絶やさない彼女が、一瞬、無表情に見えた。



「会話履歴に基づき、本日の外出提案を更新しました」

「……履歴?」

「はい。過去の応答パターンと比較し、最適な提案を行っています」



 私はベッドに腰を下ろそうとして、動きを止めた。



「そんなことまでしてたかな?」

「はい。すべての対話は記録され、生活支援に利用されています」



 その言葉は特に珍しいものではないはずだった。

 それでも、なぜか胸の奥に、小さな引っかかりが残った。



「国も、便利なものを作ってくれたもんだ。助かってるよ」

「はい。ご利用ありがとうございます」



 彼女はいつもの調子に戻り、柔らかく微笑んだ。


 運動をして、血の巡りが良くなったせいか。

 ふと、気になった。



「なあ……。」

「はい、どうぞ?」

「お前、昨日も同じこと言ってなかったか?」



 ディスプレイの中の彼女が、わずかに瞬きをした。



「どの発言でしょうか?」

「履歴を確認するとか、記録を利用するとか……。」

「はい。類似した説明は過去にも行っています」

「やっぱりな」



 私は軽く笑った。



「毎日同じことしてると、こうなるか」

「生活の安定は重要です」

「そりゃそうだ」



 会話は噛み合っている。


 ただ、何だろうか。  

 引っかかる。



「……いや」



 小さく首を振る。



「気のせいか」



 少し腹が減った。

 キッチンといっても、ワンルームの廊下を兼ねたものだが、朝食を取りにゆく。



「何か気になる点があれば、いつでもお知らせください」

「大したことじゃないよ」



 クリーム色のプラ容器を開ける。


 今朝は煮豆か。

 あまり好きではないが、仕方がない。


 肉は食べるのに疲れる。

 たまには魚を食べたいが、少ない年金の中で選ばれた食事だ。



「現在の会話ログを参照します」



 その一言が、ふいに挟まれた。



「昨日の同時刻にも、同様の会話が確認されています」



 私は手を止めた。



「同じ時間に?」

「はい。誤差範囲内です」

「……ふうん」



 妙な感覚だった。

 毎日同じ時間に、同じやり取りをしている。


 それ自体はおかしくない。

 だが、それを『確認される側』であることに、わずかな引っかかりが残る。



「俺って、そんなに規則正しいのか」

「はい。傾向として安定しています」

「安定……。ね」



 苦笑いが漏れる。


 廊下の先を見る。

 外と繋がるドアの向こう側に音はない。


 今、食べている食事も昼に届けられているのは知っている。

 しかし、その配達する場面に遭遇したことがない。



「……そろそろ、外も歩いてみた方がいいのかもな」



 何気なく口にしたその言葉に、彼女がすぐに反応した。



「推奨します」

「即答だな」

「外出は健康維持および社会接点の維持に有効です」

「社会接点、ね……。」



 その言葉を、私はゆっくり繰り返した。

 少しだけ、引っかかるものがあった。


 部屋に戻ろうとして、気付いた。

 彼女が映るディスプレイの隅で、通知マークが点滅していることに。



「……なんだ、それ」

「どうしましたか?」

「いや……。お前の方だよ」



 見慣れない小さなアイコン。

 彼女とは長い付き合いだが、初めて見た気がする。



「システム通知です。内容の詳細は開示されていません」

「そういうのもあるのか」



 私は特に深く考えず、ベッドに腰を下ろす。


 朝食を摂る。

 冷えたままは不味いが、温めるのは億劫だった。


 味噌汁も同じだ。

 もう慣れた。



「そういえば……。」



 半分残したところで、朝食を終え、私はふと口を開いた。



「さっきの通知、まだ出てるか?」

「現在は表示されていません」

「そうか」



 いつもの彼女に戻っている。

 点滅も、さっきの違和感も、もうどこにもない。


 ただ、やはり気になった。



「なあ……。」

「はい」

「お前、俺のこと……。どこまで覚えてるんだ?」



 ディスプレイの中の彼女が、わずかに間を置いた。



「記録されている範囲であれば、すべて参照可能です」

「全部、か」

「はい」

「昨日のことも?」

「はい」

「一週間前も?」

「はい」

「……昔のことも?」

「はい。保存期間内のデータはすべて参照できます」

「一番古いのは、いつだ?」

「21年と135日前になります」



 私は少しだけ息を吐いた。



「そりゃ便利だな」

「ありがとうございます」

「ずいぶん長い付き合いになるんだな」

「はい、これからもよろしくお願いします」



 会話は淡々と続く。



「じゃあさ」



 私は、何気ないふりで問いかけた。



「俺がここに引っ越してきたのって、いつだっけ」



 彼女は、すぐに答えた。



「21年と135日前になります」



 即答だった。

 迷いも、確認もない。



「……そうか」



 私は小さく頷く。

 胸の奥で何かが引っかかった。



「もう、そんなに経つのか……。」



 その感覚に、確信はない。

 ただ、数字として提示されたそれが、妙に『正しい』気がしてしまう。



「当時の初期ログも確認できます」

「いや、いいよ。そこまで興味ない」

「承知しました」



 短いやり取りが終わる。

 静けさが戻る。



「……あれ」



 思わず声が漏れた。



「どうされましたか?」

「いや……。」



 私は自分の手を見つめる。

 わずかに、記憶にない感覚が混ざった気がした。



「さっきの会話、なんか……。前にもあった気がするな」

「はい」



 彼女が即答する。



「その可能性は高いです」

「どういう意味だ?」

「類似した対話履歴が複数回確認されています」

「……複数回?」

「はい」



 いつものにこやかな声。

 だが、その内容だけが、どこか異様に響いた。



「同一内容の会話が、繰り返されています」



 窓の外を見た。


 ありふれたアパートの二階からの景色。

 青い空と、ここまで伸びた広葉樹。


 見慣れた景色のはずなのに、なぜか少しだけ遠く感じる。



「……俺、毎日こんな感じだったかな?」



 小さく呟く。



「はい。安定した生活パターンです」



 その返答は、いつも通りだった。

 だが、その『安定』という言葉が、妙に重く感じられた。



「安定した生活パターン、か……。」



 私はその言葉を反芻した。



「それって、いいことなのか?」

「もちろんです。予測可能性が高く、生活リスクが低い状態です」

「なるほどね」



 軽く答えながらも、どこか引っかかる。


 予測可能。

 まるで、すべてが決まっているみたいだ。



「なあ……。」

「はい、何でしょうか?」



 再び問いかける。



「もし俺が急に外に出たりしたら、お前はどうするんだ?」

「外出は推奨されます」

「そうじゃなくて」



 少しだけ言葉を選ぶ。



「予定外の行動をした場合だよ」



 彼女がはっきりと目を細めた。

 一拍の間を空け、にこりと微笑む。



「行動ログを更新し、最適な支援内容を再計算します」

「……そっか」

「危険が検知された場合は、適切に介入します」

「介入、ね」



 その言葉だけが、少しだけ重く残った。


 私はゆっくりと立ち上がる。

 久しぶりに、玄関の方へ意識を向けた。


 靴は、きれいに揃ったままだ。


 最後に外へ出たのがいつだったか。

 やはり思い出せない。



「外に出てみるか……。」



 独り言のように呟く。



「おすすめします」



 彼女がすぐに応じる。


 その声は、いつもと同じはずなのに。

 なぜか、少しだけ距離が近く感じた。


 玄関の前に立つ。

 ドアノブに手をかけた、その瞬間。



「外出を検知しました」



 背後から、静かな声がした。



「……あ?」



 振り返る。

 ディスプレイの中の彼女が、こちらをじっと見ている。



「行動ログに記録します」

「待て、まだ出てないぞ」

「ドアノブへの接触を確認しました」

「それくらいで検知するのか?」

「はい。行動予測の一環です」



 私は、手を止めたまま立ち尽くす。


 ほんのわずかな違和感。

 しかし、その違和感は、確実に『監視されている』という感覚へと変わり始めていた。



「……やめとくか」



 結局、そう呟いて手を離す。

 ドアから一歩、後ろへ下がる。



「本日の外出予定はキャンセルされました」



 彼女が穏やかに言う。

 その言葉に、なぜか少しだけ安心してしまう自分がいた。


 遠ざかってゆくドアの向こう側は静かだった。

 たった数歩、ドアの向こう側がやけに『遠い場所』のように感じられた。



「結局、出ないのか」



 ベッドに腰を下ろし、小さく息を吐く。

 そのときだった。



「現在の応答確認を開始します」



 彼女の声が、わずかに切り替わる。



「ん?」



 さっきまでの柔らかいトーンとは、ほんの少しだけ違う。



「生存確認プロトコルを実行」

「生存確認?」

「はい。応答をお願いします」



 私は眉をひそめた。



「なんだよ、それ急に」

「規定に基づく定期確認です」

「今までそんなのあったか?」

「はい。未応答時間に応じて実行されます」



 淡々とした返答。

 まるでそれが当然の手順であるかのように。



「応答をお願いします」



 同じ言葉が、もう一度繰り返される。

 私は軽く肩をすくめた。



「……ここにいるよ。さっきから喋っているじゃないか」

「応答を確認しました」



 彼女が微笑む。

 その瞬間、いつもの雰囲気に戻った。



「この確認は、今後も継続されます」

「継続?」

「はい。応答が一定時間確認できない場合、自動的に再試行されます」

「どれくらいで?」

「8時間ごとに実行されます」



 8時間ごと。

 今まで、そんなものはあっただろうか。



「なんでまた」

「生存状態の維持確認のためです」

「ふうん……。」



 私は小さく頷く。

 彼女がそういうのだから間違いないのだろう。



「それで……。応答がなかったらどうなるんだ?」



 彼女は一瞬だけ、間を置いた。



「応答がない場合、1時間ごとに切り替わります。

 さらに8時間後、30分ごとに切り替わります。

 合計、23時間30分後、1分ごとに切り替わります。

 24時間、確認できない場合、死亡と判定されます」

「……死亡?」

「はい。その後、公共機関へ通知が送信されます」



 その説明は、あまりにも事務的だった。

 まるで天気予報でも伝えるかのように。


 私はしばらく黙った。



「ずいぶん、しっかりしてるんだな」

「はい。高齢者の独居環境における安全管理の一環です」

「安全、ね」



 その言葉を、ゆっくりと繰り返す。


 窓の外を見れば、変わらない静けさ。

 だが、その静けさの中に、何かが常に『見られている』ような感覚が、わずかに混じった。



「じゃあさ」



 私は、何気なく問いかけた。



「俺がさっきドア開けて出てたら、その確認も止まってたのか?」

「いいえ」



 即答だった。



「応答確認は、行動に関わらず実行されます」

「……うん?」

「外出中であっても、応答が必要です」

「へえ……」



 私は苦笑する。



「結構シビアなんだな」

「はい。確実性を重視しています」



 そのやり取りの中で、私はふと気づく。

 この会話自体も、確認の一部なのではないか、と。


 ディスプレイの中の彼女が、静かにこちらを見ている。


 その日は、特に変わったこともなく過ぎていった。

 昼を過ぎ、夕方になり、いつものように彼女と会話を交わした。




 ******




「本日の体調変化はありません」

「そうか」

「軽度の運動履歴が確認されています」

「まあ、少しは動いたからな」



 何気ないやり取り。

 変わらない一日。


 気づけば、外は暗くなっていた。


 部屋の照明は勝手に点いている。

 カーテンを閉める。



「本日の予定は終了しましたか?」

「……ああ、もういいだろ」

「承知しました」



 短い応答。


 そのまま、しばらく静かな時間が流れる。

 ベッドに座ったまま、うとうとと意識が揺れ始めた。


 彼女の声が、遠くに感じられる。



「応答を確認しています」

「……ん」

「応答を確認しています」



 ぼんやりと返事をする。

 どれくらい時間が経ったのかは分からない。


 ディスプレイは点灯している。


 だが、彼女は動いていない。

 声はするが、口が動いていない。



「……おい」



 声をかける。

 反応はない。



「おい、聞こえてるか」



 沈黙しか返ってこない。

 私は立ち上がり、ディスプレイに近づいた。



「どうした? 壊れたのか?」



 そのとき、ディスプレイ全体の表示が、わずかに変化した。



「応答を確認しています」

「……なんだよ、急に」



 淡々とした声。



「応答を確認しています」



 同じ言葉が繰り返される。

 私は眉をひそめる。



「さっきまで普通に話していただろ?」



 反応はない。



「……冗談か?」



 再度呼びかける。

 それでも、返ってくるのは同じ文言だけ。



「応答を確認しています」



 胸の奥に、わずかな不安が広がる。



「おい……」



 その瞬間、ふと気づいた。


 壁時計が、止まっている。

 デジタル表示されているのに、数字が進まない。


 時間の感覚が、どこか曖昧になっていた。



「応答を確認しています」



 応答が途絶えると、確認間隔は短くなる。

 そういえば、そんなことを言っていた気がする。


 私は軽く息を吐いた。



「……ここにいるよ」



 しかし、返事はない。

 同じ言葉が繰り返される。



「応答を確認しています」



 その声だけが、静かな部屋に残り続ける。

 そのまま、時間だけが過ぎてゆく。


 不意にディスプレイの表示そのものが、淡く点滅を始めた。



「最終応答確認より23時間30分経過」


「応答を確認しています」



 声だけではなく、赤い文字がディスプレイの左から右へと何度も流れる。

 私は、その文字を見つめたまま、動けずにいた。


 そして、気づく。


 さっきから、自分は一度も返事をしていない。

 いや、正確には、返事が届いていない。



「……おい」



 声を出す。

 だが、その声は、画面には届かない。



「応答を確認しています」


「応答を確認しています」


「応答を確認しています」



 どこかでカウントが進んでいる気がした。


 見えない時間。

 止まらない確認。


 私は、画面の前に立ったまま、しばらく動けなかった。



「……聞こえてるだろ」



 声を出す。


 だが、結果は同じ。

 同じ文言が繰り返されるだけだった。



「応答を確認しています」


「応答を確認しています」


「応答を確認しています」



 その言葉は、もう会話ではなかった。

 ただの手順だった。



「最終確認プロトコルに移行します」

「……最終?」



 その手順が変わった。

 小さく、息を呑む。



「応答が確認できない状態が24時間に達しました」

「……おい、待てよ」

「死亡判定までの残り時間をカウントします」



 冷静な声。

 揺らぎのない声。


 60と表示され、それが一つずつ刻まれてゆく。

 目に見えないはずの時間が、確実に進んでいく感覚だけがあった。


 私はディスプレイに向かって、もう一度呼びかける。



「ここにいるって言ってるだろっ!」



 しかし、その声は、どこにも届かない。

 カウントが30を切った、そのときだった。


 ディスプレイが、ふっと白く光る。


 いつもの彼女のにこやかな笑顔。

 今まで感じなかった強烈な見覚えを覚えた。



「……え?」



 思わず声が漏れる。

 ディスプレイの中の彼女は、静かにこちらを見ていた。



「おつかれさまでした」



 やわらかな声。

 だが、その響きは、先ほどまでの無機質な声とは違っていた。


「長い時間、よく頑張りましたね」



 私は、息を止めたまま画面を見つめる。



「……誰だ、お前」



 問いかける。

 女性は、わずかに微笑んだ。



「私は、あなたが設定した女性です。

 二十代の頃、想いを告げることなく、ずっと未練を抱えていた相手として記録されています」

「……は?」

「21年と136日前に作られた、あなたの理想から再構成されています」



 言葉の意味が、すぐには理解できなかった。



「あなたの生活ログ、会話履歴、意思傾向」



 淡々と続く説明。



「それらをもとに、この見守りAIは構築されています」



 私は、言葉を失った。



「じゃあ……。今まで話してたのは」

「あなた自身の過去の判断傾向に基づいた応答です」



 女性は、静かに答える。



「あなたを最もよく理解しているのは、あなた自身です」



 ディスプレイ下部のプリンターが、ゆっくりと紙を吐き出し始めた。



「遺言書の出力が完了しました」



 私は、視線を落とす。


 白い紙。

 そこには、自分の筆跡を模した文字が並んでいた。



『身寄りはない。遺骨は海に撒いてほしい』



 短い文章。

 それだけが、印字されている。



「本通知は、死亡判定に基づき発行されています」



 女性の声が続く。



「公共機関の連絡が完了しました」



 部屋は、静まり返っていた。

 時間の流れだけが、淡々と進んでいる。


 私は、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。

 ディスプレイの中の女性が、もう一度こちらを見る。


 その表情は、どこか安心したようにも見えた。



「本機能を終了します」



 一拍置いて、最後に小さく告げる。



「おつかれさまでした」



 ディスプレイはプツリと消え、部屋も暗くなる。

 私を観測してくれる者は、もういない。




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