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《前期日程二日目・昼十三時過ぎ・大学食堂》(3/6)


 ところが、逃げ出した先で、当の白河さんに出会ってしまった。


 黒澤さんと話したあと、衛藤がいそうな食堂の隅っこのテーブルに行く気になれず、かといって白河さんと同じクラスで講義を聞くのもなんだか怖かった僕は、学内テラスのカフェに逃げ込んだのだ。こういうところが、へたれと呼ばれる理由なんだろうな……。


 コーヒーの紙コップを握りしめていると、いろんなことを考えてしまう。白河さんのこと。レッド・ディアのこと。緊急クエストのこと。スマート・ポーションのこと。僕の平穏に、アンダーグラウンドなものの影が見え隠れしている。


 なにかが起こっているのだ、とぼんやり思った。おぞましいなにかが、忍び寄ってきている。


 安物の紙コップでは軽減できない熱さを指に食いこませて、黒澤さんの言葉を思い出す。大元を断てばいい。積極的になればいい。僕のほうから、動けばいい。

 だけど、ほんとうにそれでなにかが変わるのか? 僕みたいなのが関与したところで、できることは少ない。【鑑定】は貴重だけれど、それだけだ。


 黒くて苦い液体に視線を落とすと、覇気のない男の顔が、揺れながら映り込んだ。見ていられなくて顔を上げると、テラスの花壇の向こうに、コンクリートの建物がある。中では大勢の学生たちが日常を謳歌している。忍び寄る危機も知らずに。


 名前も知らない先輩が逮捕された。あなたの身近にある脅威。危険薬物に気を付けよう。スマート・ポーションにいちばん近いのは、案外、僕ら大学生なのかもしれない。スモール・ワールド現象の仮説。僕から何人辿れば、ポーションの関係者に辿り着けるんだろう。

 そんな風に益体もないことを考えていたから、隣に誰かが座ったと気づくのが遅れた。


「ねえ、まみくん。この時間、必修じゃないの?」


 小首をかしげるのに合わせて、ほわほわの茶髪が揺れる。いつも通りかわいい。じゃなくて。


「し、白河さんっ?」


 椅子ごと跳びあがってビックリする僕に、白河さんも「わあっ」と驚いて跳ねた。なんでだよ。かわいいなあもう。


「な、なんでここに……。同じ講義なんだから、白河さんも必修じゃんか」

「夕方からちょっと用事があって……、途中退席するのも気まずいから、それなら最初から飛んじゃえーって。そしたら電車まで十五分くらい空いちゃったの」


 たしかに微妙な時間だ。僕もサボる。

 横を向くと、どきりとするくらい整った顔立ちと、飼い犬みたいに人懐っこい表情がそこにあって、なんとなく目線を逸らしてしまう。テラスの丸テーブルなのに、どうして正面じゃなくて隣に座るんだろうな。いい匂いがする。あんまり嗅いだら変態みたいになりそうなので、僕は鼻呼吸をやめた。でも口呼吸ばっかりだと息荒いやつみたいできもいな。口呼吸もやめよう。

 勝手に酸素を失いつつある僕に、白河さんが身振り手振りを交えながら説明を続けた。


「で、飛んだ勢いでカフェに来たら、まみくんがたそがれているのが見えて」

「……たそがれてた?」


 しまった、呼吸しちゃった。


「うん。『おれってば悩んでるぜ』って、ハードボイルドでカッコいい感じで」

「そんな感じに見えた? まじ? カッコいい?」

「あはは、それはさすがにうそだけど」


 うそなのかよ。ちょっとがっかりしてしまうのは、なんというか、男の(さが)ですね。


「でも悩んでいるように見えたのはほんとう」


 ぐい、と白河さんが顔を寄せて、眉を下げて微笑んだ。


「私でよかったら、お話聞くよ?」


 天使かな? でもまさか「キミへの告白と、異世界産のドラッグについて、悩んでいたんだ」なんて言えるはずもない。いや、待てよ?


「あのさ、白河さん。いきなりなんだけど、レッド・ディアって知ってる?」

「え? ああ、うん……」


 白河さんの顔が曇った。いつものほわほわした表情もいいけれど、憂い顔も美術品みたいでどきどきしてしまう。告白やドラッグについては相談しようもないけれど、クラブのことなら、世間話の範疇じゃないか。


「ほら、知ってる? 先輩が検挙されたって……、その、衛藤から聞いてさ」


 うん、と白河さんのはかなげな表情が縦に揺れる。


「私もよく行ってたの。女の子の先輩たちとね、おしゃべりしたり、ちょっと踊ったり……」

「実は僕も行こうかなって思ってたんだ」


 舌先でねばつく言葉を練り上げる。こういうとき、どんなふうに話を展開していけばいいんだろう。陽キャやらパリピやらが羨ましくなる。あいつら、ものすごく自然に会話するもんな。一言一句ごとに冷や汗をかいている僕とは、ものすごい違いだ。


「えと、僕さ。クラブ、行ったことなくて。それで、有名なトコだし、行ってみようかなって。だけど、ほら、そのぅ……」


 うかがうように視線を合わせると、白河さんも同じように顎を引いて上目遣いになった。


「いつもはね、なんでもない普通のクラブなんだよ?」


 僕には『普通のクラブ』が想像できないから、曖昧にうなずくことしかできない。


「あんなに大きい箱で、堂々とポーションを売るなんて、信じられない」


 白河さんはぷんぷんと擬音が飛びそうな勢いで頬を膨らませた。が、その表情も一秒でぱっと明るく転じる。ころころと表情が変わる子である。


「でもね、クラブが怖いとは思わないでほしいなっ。営業再開したら、一緒に行かない?」


 そのときの僕は、衛藤や鈴鹿が見ていたら爆笑するくらい間抜けな顔をしていたに違いない。

 一緒に? 僕と、白河さんが? クラブへ?


「い――、いいのっ?」

「うんっ。まみくんとも遊びたかったんだぁ」


 えへへ、なんていうかわいすぎるはにかみ笑いに心臓をばくばく鳴らしながら、僕は馬鹿みたいにコクコクとうなずいた。


「じゃ、じゃあ営業再開したら、クラブデビューしちゃおっかな……?」

「楽しみだね! クラブ行くときはぜったい誘ってね? ぜったいだよ?」


 それじゃそろそろ電車だからまたねー、と白河さんが風のごとく去ってからも、僕の心臓はうるさいままだった。十五分くらいいろんな神様に感謝してから、僕は気づく。いつ再開するかもわからないって話だったじゃん。


 それからまた、十五分くらいいろんな神様を呪いながら悩んだ末に、スマホをポケットから引きずり出した。この番号に自分から連絡するのは、初めてかもしれない。

 スリーコールで、相手は電話に出た。


『はい、F対関西支部、真田です』


 ようするに、微力であっても、なにか意味のあることをしたくてたまらなかったのだ。



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