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《ある世界の、いつかのこと》(1/1)



「どうすれば、僕もみんなみたいになれるかな」

「おや! アナタ、わたくしどものようになりたいのですか?」


 歌い終えた吟遊詩人は、木製のジョッキを握りしめたまま、机に突っ伏して眠る竜殺しの戦士や弓使いや魔女を横目に、ようやく自分の酒に手を付けた。


 彼女はいつも、自分が満足するまで歌ってから、酒に手を付ける。……つまり、仲間たちの満足が、彼女の満足だったのだろうな、と思う。仲間たちもそれがわかっていたのだろう。つまみも酒も、いつも必ずひとりぶんだけ残されていたから。


「そりゃ……、なりたいよ。僕も、強くなりたい。【鑑定】役とか【鍵開け】役の荷物持ちじゃなくて、冒険者らしい冒険者にさ」

「そうでしょうか! 強くなくとも、アナタはステキなスキルをお持ちです! とても大きな旅行鞄――羨ましいものですね!」


 弦楽器をつま弾く。膝の上に載せられたそれは、数十本の弦が張られた竪琴のような形で、とても優しい音色を響かせる。


「でも、それだけじゃん。ただのでっかいカバンだよ。どうしてみんな、冒険者なんてロクなもんじゃないって言うのかな」

「みな、足りない己を自覚しているからですよ! わたくしどももまた、アナタと同じなのですとも!」


 首をかしげる僕に、和音が降りかかる。眠っている酔っ払いどもを起こさない程度の、足踏みのリズム。陽気な音の絡まり合い。


「わたくしどもも、冒険者になりたいのです――、夢想したような、冒険をする者に! けれど、まだまだ理想とは程遠いから、自分たちのような半端ものに憧れられると、むずがゆいのです! つまりは……、そう! わたくしどもはみな、ウグイスなのですよ!」


 実は、ウグイス。旅に焦がれて空を翔け、けれど、いつかは無理が来る鳥。

 冒険者とはつまり、そういう生き様なのだとわかった上で……、彼らはそれでも、飛び続けている。いつか、翼が動かなくなるその日まで。

 いろいろ迷った挙句、幼い僕は酒場の床の板材を見つめながら、こんな質問をした。


「ねえ。二羽の小鳥は、悲しくなかったのかな。だって、なにも残せず、誰にも知られずに死んでしまったんでしょう?」


 それはつまり、冒険者もまた、なにも残せずに死ぬんじゃないか――、なんて意味の問いだ。言ってから、後悔した。あまりにも失礼だから。けれど、おそるおそる彼女の顔を見上げると、優しく微笑んでいて。


「まさか! なにも残せなかった? 誰にも知られなかった? そんなことはありませんとも! 現に――」


 ぽろろん、と弦楽器をつま弾いた。


「――このわたくしめが、歌っておりましょう? 二羽の鳴き声、囀り、羽音……、その語らいのすべては、これまでの吟遊詩人たちによって歌われ、また次の歌い手たちに継がれていくのです! もちろん、ただの架空の物語ではありますが……」


 珍しく、吟遊詩人は声にリズムを絡ませなかった。弦楽器の音色も。抑揚も、ただ、普通に喋るように、僕に言う。


「小鳥たちが残したものが、悲しみなのか、苦しみなのか、愚かさなのか、吟遊詩人によって、どのように歌うかが違う曲なのです。残された側が、勝手に解釈しているに過ぎないのですから」

「勝手に……、どう受け取るか、決めているってこと?」


 うなずく。


「だったら、楽しく受け取りましょうよ。わたくしは、こう思い、こう歌います。二羽が残したものは、悲しみでも苦しみでも愚かさでもなく――、愛と恋であったのだと。羽を休めた二羽の小鳥は、短い旅路ながらも、愛と恋の中で幸せに生きたのだと」


 吟遊詩人のタコだらけの手が、僕の頭を撫でた。


「どうせ、わたくしたちは、つまらない死に方をします。モンスターに殺されるか、ダンジョンの罠に嵌まるか……あるいは、恨みある人間に襲われて死ぬかもしれません。金が尽きて餓死する、というのもあり得ますね」


 彼女の手が、再び弦に触れる。柔らかい和音がひとつ、跳ねた。ふたつ、みっつと跳ねて、足踏みのリズムと絡み合う。


「ですが、わたくしたちは、つまらない生き方だけはしません! アナタも冒険者になりたいと言うならば! 今この一瞬だけを生きる覚悟を持つことです! あとに残すものなんて、どうせ、他人に好き勝手歌われる程度の小鳥の囀りなのですから!」


 死に方と生き方の違い。その二つのあいだにあるはずの隔たりは、やっぱり、僕にはまだまだ、理解が難しいけれど。

 死後、他人にどう歌われるか、ではなく。

 生きているあいだに、自分がどう歌うかが大事なのかもしれないと、そう思う。



 武器の槍から防具まで、なんでもかんでも僕に預けっぱなしだった吟遊詩人の彼女だけれど、ひとつだけ、僕に預けなかったものがある。

 彼女は、彼女を象徴するものを、僕に残さなかった。


 使い込まれた、膝の上に乗せてつま弾ける、数十本の弦が張られた竪琴。

 残さなかったがゆえに、思う。彼女は愛していたのだ。冒険と、音楽を。

 残さなかったがゆえに、残したのだ。僕の中に。アイテムストレージの中にではなく、僕の魂に。彼女の歌と言葉と、生き様を。


 ――もちろん、それは僕の勝手な解釈だけれど。



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