第4話 疲れ果てた町長さん
鉱山の入り口に辿り着いた頃には、山あいの日はすっかり落ちていた。
かつては精錬所の煙が立ち昇り、活気に満ちていたであろうその場所は、今はただ冷たい夜風が通り抜けるだけの静寂に包まれている。見上げるほど巨大な石造りのアーチは、中央から無惨にへし折れ、その奥を数千トンはあろうかという岩塊が完全に塞いでいた。
「……酷いな」
俺は手元の明かりを岩肌に向けた。
一部の岩は高熱に晒されたのか、表面がどろりと溶けて周囲の石と癒着している。自然の崩落なら隙間くらいありそうなものだが、魔法による衝撃と熱が、この瓦礫の山を強固な一枚の『壁』に変えてしまっていた。
隣に立つエリシアが、事務的な手つきでポーチから試験紙を取り出す。
「パウロさん、少し下がってください。残滓を調べます」
彼女は手慣れた動作で試験紙を空中に振り、数秒後にその変色を確認した。
「ここでも採取できるぐらいに、強力な放出があったようですね」
「内部の状態はわかるか?」
「それはちょっと厳しいですね」
エリシアは手帳に数行の記録を走らせると、淡々と道具を片付け始めた。
俺たちは沈黙したまま、しばらくその巨大な墓標のような岩山を見上げていた。
「……今日は引き上げようか」
町へ戻る道すがら、高台からアイアンヒルの全景が見えた。
家々の窓にはぽつぽつと灯りが灯り始めているが、町の心臓部であるはずの鉱山が沈黙しているせいで、その光すらどこか頼りなく、消え入りそうに見える。
俺はこの後の町長との面会を思い、重いため息をついた。
町長の屋敷は、広場から少し離れた静かな場所にあった。
石造りの重厚な建物だが、手入れが行き届いていないのか、庭の植え込みは荒れ、玄関の灯りも心なしか暗い。ノックをすると、しばらくして主自身が扉を開けた。
「……ああ、監査院の方々ですね。お待ちしておりました」
町長は、恰幅の良い体躯をどこか小さく丸めるようにして俺たちを招き入れた。
通された応接間は広く立派だったが、ストーブの火が細く、しんしんと冷え込んでいる。町長は対面の椅子に深く腰掛け、組んだ指をじっと見つめていた。その表情には怒りも激昂もなく、ただ深い疲労と、何かに耐え忍ぶような静かな憂いだけが刻まれている。
「調査の結果は、いかがでしたかな」
しわがれた声が、静かな部屋に響く。俺は背筋を伸ばし、努めて丁寧な口調で答えた。
「鉱山の入り口は完全に封鎖されており、内部の状況を把握することはできませんでした」
町長はゆっくりと目を閉じ、一度だけ深く頷いた。驚く様子はない。おそらく、町の男たちが何度も現場へ足を運び、同じ結論を持ち帰っていたのだろう。
「左様ですか……」
彼は独り言のように呟き、視線を窓の外の暗闇へと向けた。
「あの鉱山が止まれば、この町の血は止まったも同然です。冬を越すための備蓄も、次の春に種を買う資金も、すべてあそこに埋まってしまいました。これからどうしたものかと、夜も眠れぬ日々が続いておりましてな……」
その声には、すがりつくような必死さよりも、長く険しい道のりを前に立ち尽くす老人のような寂しさが滲んでいた。俺は手元の記録帳を開き、慎重に言葉を選んだ。
「家屋の損壊や負傷者に対する見舞金、緊急の食糧支援については、規定に基づき速やかに手配いたします」
「……鉱山の再開については?」
「……恐縮ながら、既存の補償制度では『事業損失』や『逸失利益』を完全に補填することは叶いません。大規模な発掘作業や新坑道の掘削となると、別途、他の局による長期的な調査が必要になります」
町長は力なく、しかし静かに首を振った。
「他の局、ですか。お上が、この辺境の小さな鉱山のために重い腰を上げるとは思えませんな」
「町長、私としても、できる限りの報告書は作成いたします。判例に基づき、特例措置が適用される可能性もゼロではありませんので」
俺がそう言うと、町長は微かに口角を上げ、力ない笑みを浮かべた。
「お心遣い、感謝いたします」
彼は重い腰を上げ、窓際の棚から一本の古びたボトルを取り出した。
「すっかり遅くなってしまいました。こんな状況で、大したもてなしもできず申し訳ない。宿も、あいにく旅籠は休業しておりましてね」
「いえ、お気遣いなく。我々は野宿にも慣れておりますので」
「とんでもない。王都からわざわざ来ていただいたお二人に、そんな真似はさせられません」
町長は申し訳なさそうに視線を泳がせながら、続けた。
「広場の裏手に、飯場を仕切っている主がおりまして。そこに部屋を一つ、用意させました。物置部屋を片付けただけの狭い場所ですが、ベッドは二つあります。風雨を凌ぐには十分かと」
「それはありがたい」
俺が頭を下げると、町長は少しだけ安堵したように息をついた。
「明日の朝には、温かい飯くらいは出せるよう伝えておきます。どうぞ、今夜はゆっくりとお休みください」
屋敷を出ると、夜の冷気はいっそう厳しさを増していた。
俺の隣で、ずっと黙ってやり取りを聞いていたエリシアが、ようやく重い口を開いた。
「パウロさん。……同室、なんですねよね」
「ああ。あの状況で『別の部屋を用意しろ』なんて、俺にはとても言えなかったよ」
「分かってますよ。町長さんのあんな顔を見せられたら、文句なんて言えないことは」
彼女は不満げに頬を膨らませたが、それ以上の追求はしてこなかった。俺たちは町長の厚意に甘えるべく、食堂の裏手にあるという飯場を目指して、暗い坂道を下り始めた。
背後で、町長宅の重い扉が閉まる音が静かに響いた。




