騎士たち
北の町 ガウナ・リナ
日も落ちかける頃合いだが、街中はそれなりに人通りは多かった。
スレイドとミライが向かう先はこの町の冒険者ギルド。
スレイドが村にある書物で得た情報では、流れ者たる冒険者は各地の町に滞在する際は冒険者ギルドでお金を稼いで一時を凌ぐのだとか。
しかし、それ以外の情報は全く無いため躊躇もあった。
果たして自分が行って"仕事"をこなせるものなのだろうか?
スレイドの心配をよそにミライは鼻歌混じりで先行していた。
よほど夜のディナーとやらが楽しみなのだろう。
「ん?なにあれ」
と言って、ミライは突然止まった。
正面を見ると10人ほどの白銀の鎧を纏った集団が隊列を組み、民衆を掻き分けてこちらへ向かって歩いてきている。
「あれは……まさか……」
スレイドは頬を紅潮させた。
それはまさしく夢にまで見た存在。
「あれって、もしかして騎士?」
「そうみたいだ」
「まるで大名行列じゃん」
スレイドは他の民衆と同じく少し道の端に寄った。
騎士たちの先頭を歩く者の放つ圧が強かったためか自然に体が動いた。
大勢の騎士を引き連れて歩くその女性は金色の長い髪、キリッとした綺麗な顔立ち、背が高くスレンダーな体。
重厚感のある鎧と白いマントを身につけている。
左腰には一本、ブロードソードを差していた。
ミライは思わず声を上げる。
「わぁお、綺麗な人。モデルさんみたいだね」
「おい、下がった方がいいぞ」
「はいはい」
スレイド含め、民衆はみな緊張感があった。
どう見ても近寄りがたい雰囲気だ。
そんな時、民衆の中から1人の女性が飛び出して女騎士へと走り向かった。
周りの騎士たちは危険を察知したのか走り寄ってきた女性を止める。
見ていた民衆からガヤガヤと声が上がった。
「あの女、死にたいのか?」
「ああ、もしかしてあの事件の関係者か?」
「だろうな。何人か捕まってるって話だし」
その声を聞いたスレイドとミライは首を傾げる。
飛び出した女性は騎士に羽交締めにされながらも叫んだ。
「私の夫はやってません!私の夫は子煩悩で優しい人なんです!決してあんなことできるはずない!!」
彼女の叫びは周囲に響き渡った。
しかし金髪の女騎士は顔色一つ変えずに言った。
「証拠は揃ってるんだ。もう処罰は決まっている」
「そ、そんな……」
力なく項垂れる女性。
羽交締めにしていた騎士は女性を投げ飛ばす。
女性は硬い石床に叩きつけられ転がった。
それを見たミライは、
「あっ!ちょっと何してんの!!」
そう言って倒れた女性に駆け寄った。
「あんたね、騎士だか何だか知らないけど、ひどいでしょ!!」
ミライの鋭い眼光は投げ飛ばした騎士を捉える。
「なんだ貴様は、その女のなか……ま……か……が、が、が……」
騎士の動きが石のように止まる。
声すら出ない。
金縛りにでもあったかのように完全に"停止"してしまった。
事を見かねてか騎士の後ろから、もう1人、男性騎士が顔を出した。
ブラウン色、七三分けで整った髪、一重瞼の優しそうな男の年配騎士だった。
「申し訳ない。大丈夫でしたか?」
「なに、あんたも騎士さまってやつ?」
ミライの視線がその男に移ると停止していた騎士がようやく動き出した。
過呼吸で今にも倒れそうになっており、周りの騎士が手を貸す。
「私はドレッド・マークス。この町の騎士団員で副団長補佐をしている者だ」
「副団長補佐?」
「君は……もしかして"ドネージュ魔導騎士学院"の生徒さんかい?」
「はぁ?」
「違ったら申し訳ないね。その服装が学院の制服に似てたもので」
そう言ってドレッドは頭を掻く。
さらに続けて、
「この町ので起こってる凶悪事件があってね、それでみんなピリピリしてるんだ。無礼を許してほしい」
「まぁ、謝ってくれるならいいですけど」
「テレサも今日は家に帰って休みなさい。子供もいるのだから」
テレサと呼ばれたのは倒された女性の名前のようだった。
「では、私はこれで失礼……」
ドレッドはミライに少しだけ頭を下げて、先頭の女騎士の元へと小走りで向かった。
ミライには2人の会話が聞こえていた。
「グレース副団長殿、少しは言葉を選ばないと……民衆の反感を買いかねません」
「なぜ私が言葉を選ばねばならない。我らは貴族なのだ、平民風情に舐められてはならない。お前も毅然とした態度を心がけた方がいい」
「はぁ……」
「それに相手は今回の事件の犯人の関係者だぞ」
「仰る通りです」
「情報によれば犯人はあと一人だ。そういえば団長はどうしたんだ?」
「それが、もう事件解決は見えていると、この時間は"フェアリーズ"に行っているはずです。複数いた犯人があと一人ともなれば気も緩むのでしょう」
「なんだと!?あの飲んだくれめ……やはり先に我々だけで犯人を捕まえるしかあるまい。あの男には期待できん」
「そうですね」
会話を終えるとグレースと呼ばれた女騎士はドレッドと騎士の集団を引き連れて町の奥へと向かっていった。
ミライは倒れた女性、テレサに声を掛ける。
「何かあったんですか?」
「いえ……もういいんです……」
彼女は気の抜けた表情で力なく立ち上がるとフラフラと民衆の中へと消えていく。
そこへスレイドが遅れてやってきた。
「お前、無茶しすぎだ」
「あんたは遅すぎ」
「あれは近づける雰囲気じゃないだろ……」
「それでも傷つけられてる人がいたら、相手が誰であろうと立ち向かっていかないと。スレイド、騎士になりたいんでしょ?」
「あ、ああ……そうだな、すまなかった」
スレイドは自分が行動できなかったことを悔い改めていた。
あの女騎士グレースに圧倒されてしまい、体が動かなかったのだ。
しかし、そんなものは言い訳でしかない。
今はミライの方がよっぽど勇ましい騎士のようだった。
「それじゃ、気を取り直して冒険者ギルドに行きましょうか!」
「ああ、そうだな」
冒険者ギルドは目と鼻の先。
目印たる2本の剣が交差するような絵の描かれた看板がぶら下がっているのが見えた。
先行するスレイドだが、なぜかミライは動かずにいた。
何か考え事をしながら首を傾げている。
「どうした、何かあったのか?」
「うーん……なんで"あの人"、嘘ついたんだろ?」
少しだけ間があってから、ミライはただそれだけ呟いた。




