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北の町 ガウナ・リナ


日差しはあるが肌寒さが感じられる昼下がり。

街道を並んで歩く異質な男女2人はすれ違う行商人や冒険者たちの注目を集めた。


若い男性の名はスレイド。

短い黒髪で左耳にワインレッドのイヤリング。

そして古臭い布の服にレザー系のパンツ、手に持っているのはショートソード。


若い女性の名は北条ミライ。

ブラウンの長い髪をサイドテールに束ねている綺麗な容姿。

服は白ワイシャツの上にジャケットを羽織り、胸元には赤のリボン、短いスカートを穿く。


一方は見窄みすぼらしく、どこから見ても田舎者といった外見。

もう一方はどこかの貴族のお嬢様のような見た目だ。


一見すると貴族である女性と、それを守る護衛と見えなくもないが違和感が残る。

そもそも貴族のお嬢様が歩き旅などするわけがないからだ。


ジャケットの両ポケットに手を入れて歩いているミライは隣にいるスレイドに言った。

その言葉の中には苛立ちが含まれている。


「ねぇ、まだ着かないわけ?」


「もう少しのはずだけど……」


「もう少し、もう少しって、一日半も歩いてんのよ!いい加減、お腹空いたんだけど!」


「なんだよ一日半くらいで。って、実際は半日しか歩いてないだろ」


「そんだけ歩けば十分でしょうが!!」


歩き疲れと空腹によってミライの怒りも限界に達していた。

通り過ぎる行商人や冒険者は一度は2人を見るが、その殺気だった光景にすぐ目を背ける。


「野宿なんて初めてしたわよ……あーなんで、こんなところに来ちゃったのー」


「俺に聞くなよ……」


ミライはスレイドの偽の母親が言った"魔物"、"魔法"という発言を聞いて自分が異世界へと迷い込んだことを確信してしまった。

彼女のその言葉が()であればどれほどよかったろう。


「帰るにはどうしたらいいんだろー」


「町に行って情報を集めるしかないだろうな」


「それしかないか。まぁ海外旅行にでも来たと思って楽しみますか」


「呑気なやつだな」


「あんたも楽しみなさいよ。旅は道連れって言うからね。お供が暗かったら楽しくないじゃない」


「俺はもう十分に楽しんでるさ」


スレイドには高揚感があった。

彼にとっての世界は村だけだったが、それが一気に広がったのだ。

これほどの胸の高鳴りは生まれて初めてだった。



そんな会話をしていると、ようやく町の姿が見えた。

町自体は決して大きはないが、数百ほどの家屋が立ち並んでいる。


「うわ、町じゃん!綺麗!」


満面の笑みで駆け出すミライ。

あれだけ疲れを口にしていたのにも関わらず全力疾走だ。

ため息混じりのスレイドは呆れつつも、小走りでミライを追いかけるのだった。



__________________




この町の名はガウナ・リナという。

町の中央には一本、大陸と大陸を隔てる川が通り大きな橋で繋いでいる。

橋の周囲を覆うようにして大きく円形状に家屋が建てられていた。

つまり、この町を通らないと川の先である南みには進めない。

進もうとしても川を船で渡ったり、かなりの迂回が必要になる。



街並みは質素であるが、雰囲気があるといったら上品だろう。

石造りの道を歩く人々は様々で、商人もいれば冒険者風の者、または初めて見る貴族のような格好の者までいた。

言ってしまえば多種多様。

ここではスレイドとミライの風貌など気にする人間はほとんどいないと言っていい。



夕刻、町に到着してすぐにミライは目を輝かせながら道の端に至る所でひらかれている露天商を見て回っている。

そんなミライの姿を見てスレイドは笑みを溢した。


「まったく、子供じゃあるまいし」


そう呟いておいて、恐らくミライがいなければ自分もはしゃいでいたのではないかと思う。

なにせ初めての冒険、初めての町だ。

これほど多くの人間を見たことすらない。

興奮していないという方が嘘になる。


「しかし着いたのはいいが、ここからどうしたらいいものか……」


スレイドの目的は王国騎士になること。

しかし、どうやったら騎士になれるのかが不明である。

また、父が残した剣術指南書にある『黒竜の息吹』という場所もわからない。

こちらも一体どこで情報を手に入れたらいいのか。


「やっぱり最初はあそこかな……」


考え込むスレイドのところに、ようやくミライが戻ってきた。


「ねぇねぇ!これ超ウケるんだけど!」


そう言ってミライは両手に持った"小袋"のような物を見せてきた。


「なんだそれ?」


「見ててね」


ミライは一つの小袋を開けて中身を吸い込むとニヤリと笑って口を開いた。


「"俺は必ず王国騎士なる!"」


ミライの発した声は完全にスレイドだった。

どんな原理かはわからないがミライの声がスレイドに変わってしまったのだ。


「どうこれ、面白いと思わない?」


「な、なんだよそれは!気味が悪い!」


「一言だけ、想像した人間の声に変わるっていう魔法の粉なんだってさ。今、貴族の間でめっちゃ売れてるんだって」


「なんでそんなもんが売れるんだよ……ってか、お前それ買ったのか」


「まさか。お試しで二個もらっちゃった。一個あげるよ」


「いるかよそんなもん」


「えー、面白いのにー」


スレイドは自身の知識を改める必要があると感じた。

この世界では魔法というのは多様な進化をしているようだ。

ミライの持っている"薄い板"も恐らくその類いなのだろう。


……と、思った矢先、ミライは徐にジャケットのポケットを触り、手を突っ込むと"薄い板"を取り出した。


彼女は人目もはばからず、"薄い板"を耳に当てるとぶつぶつと誰かと会話を始めた。


「お父さん、突然どうしたの?今めっちゃ忙しいんだけど。……は?へそくり?どこに隠したかわからなくなったって、そんなことで電話しないで。玄関のシューズボックスにある自分の使ってない靴の中を見てみなよ。まったく……お父さんのへそくりの場所知らないの、お父さんだけだよ!今、忙しいから切るね!」


ミライは苛立つそぶりを見せつつ、"薄い板"をポンポンと叩いて再びポケットにしまった。


「さて、これからどうするの?」


何事もなかったかのようにミライはスレイドに尋ねた。

呆気に取られていたスレイドは返答が遅れる。


「……あ、ああ、宿に行きたいところだけど金が無いからな。仕事は……確か、冒険者ギルドってところで受けるんだっけかな」


「よくアニメとかゲームとかで聞くやつだ」


「あにめ?げーむ?」


「ああ、あんた"ド"田舎出身だからわかんないかぁ」


「"ド"田舎出身で悪かったな!」


「まぁ、とにかく、その冒険者ギルドってところに行ってみましょうか。仕事なんてちゃちゃっと終わらせて今日は豪華なディナーね!」


「そう簡単にいけばいいけどな」


こうして2人はこの小さな町、ガウナ・リナの冒険者ギルドへと向かった。

この町で起こる"奇妙な事件"に巻き込まれることになるとは知らずに……。

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