ある部屋の一室にて
グランディス王国 王都
国の中央に位置する王都。
数百年前に建てられた王城とそれを囲むようにしてある巨大な都市は"セントラルシティ"という名にふさわしい。
王城の中、"その男"は廊下の赤い絨毯を歩いていた。
長い真紅の髪、彫りの深い整った顔立ち、白銀の鎧、白いマントを纏う。
マントには躍動感のある竜の紋様が描かれている。
何よりも目立つのは額から頬にかけて斜めに切り傷があることだ。
"その男"は王城の中にある一室に入った。
部屋はテーブルの上に置かれた蝋燭一つで薄暗い。
今日の天気は早朝よりずっと曇り空。
窓から差し込む光はかなり少ない。
「お前が私を呼び出すとは珍しい」
部屋には入った瞬間、"その男"は言った。
言った先はテーブルの奥にある暗がりに置かれたソファでくつろぐ1人の"老人"に向けられたものだ。
「何かあれば呼べと言ったのはおぬしだろう」
「よほどの急用でなければ部下でもよこせばいい。私は忙しいので失礼するよ。久しぶりに顔を見れてよかった」
「そう急ぐな」
「私は忙しいと言ったのだ……"ディザイア・ゴルヴァート"」
"その男"の鋭い視線は暗がりへと向かう。
ディザイアと呼ばれた老人は長く伸びた白い顎髭を軽く撫でた。
「事を急ぐのは貴様の悪い癖だ。"よほどの急用"だから呼んだ」
「くだらんことであれば許さんぞ」
「"石の門"が開いた」
「……なんだと!?」
ずっと威圧的だった"その男"が押し黙るほどの珍事と言っていい。
なにせ石の門はある理由があって20年もの間、開いていない。
「どこの門が開いた?」
「北のどこか一ヶ所ということしかわからん」
「それだけなら数十は考えられるではないか」
「ワシの魔力感知のスキルは国全土を覆うが、そのぶん精度は落ちるからな」
「誰が開けたのだ?あれは我ら十二騎士、ナイトの称号を持った者以外は開けられん」
「"もう1人"おるだろ」
「バカな……彼女が……?」
その男の驚愕ぶりは常軌を逸するものだった。
ディザイアは髭を撫でながら笑みを浮かべている。
目の前の男が気が気でない様子を楽しんでいるかのようだ。
「死んだ人間が魔法を使える確率を計算してみた。ゼロではない。もしも"生"と"死"に狭間が存在するなら可能性はある」
「ありえんだろう……」
「そうも言い切れないぞ。現に開いてるわけだからな。今のナイトどもには石の門を開ける理由を持つものなどいない。そう考えれば自ずと答えは見える」
「確実なのか?」
「それはわからん」
「わからないだと?"大賢者"が聞いて呆れるな」
「ナイトの二つ名など……おぬしは"くだらん称号"にこだわりすぎだ」
"その男"にはこんな無意味な会話などどうでもよかった。
もしもディザイアが言ったことが事実であるとするならば一体なにが起こるというのだろうか?
気になるのは、この先のことだ。
「待てよ……石の門は二つ一組みで転移に使う。開いたのが片方だけというのはおかしいではないか」
「ようやく気がついたか。ワシはそこが解せぬと言いたかったのだ」
「……何処と繋げた?」
「それを今、調べているところだ。"入った"のか"出てきた"のかをな」
「早く調べろ。わかったら報告を」
言って"その男"はディザイアの返答すら聞かずに部屋を出た。
鎧から鳴る金属音を響かせて再び廊下を歩くが、その足取りはいつもより速い。
同時に心臓の高鳴りも感じる。
何かの焦りか……
気になったのは開いた石の門がある場所が"北"であるということだ。
「まさかな……」
石の門は二つ開いて初めて事を成す。
もし石の門を一つだけ開いて"入った"とするなら何処へ出るというのだろうか?
些か考えづらいが"出てきた"とするなら彼女なのだろうか?
そらなら辻褄は合うが……
一体、どこから来たというのか?
様々な考えの中、"その男"は自らの指揮する騎士団員が集まる場所へと向かった。




