そして旅立ちへ
早朝から村では成人の儀式の準備が始められてた。
村の中央にある少し開けた場所に村人の手によって祭壇となる木材が組み上げられ、さらに装飾も施されていく。
祭壇の前には木材を切って作った長テーブルと長椅子を置き、テーブルの上には村の女性たちが作った数多くの食事が並べられた。
全てはスレイドのために用意されたものだ。
そんな中、一向に姿を見せない今日の主役を呼びにスレイドの母親はため息混じりに自宅へと向かう。
まさかこんな時にも北の遺跡で剣術の修行をしているのか?
あるわけないと思いながらもスレイドの性格を考えるとゼロではない。
「まったく。あの子はほんとに……」
世話が焼けるなと思い、笑みを溢す。
ようやくこの時が来たと安堵を含んでいた。
自宅のドアを開けると、母親は中を見渡す。
するとスレイドとミライがちょうど話をしている最中だった。
気づいた2人は母親の方を見る。
その表情は妙に深刻そうなのが気になった。
「もうそろそろ始まるわよ。ミライさんもよかったら参加していってね。いっぱい食事を作ったから」
「……母さん」
「どうしたの?」
「真実を教えて欲しい。俺は……あなたの子供じゃないのか?」
「ど、どうして……?」
「それだけじゃない。"村の掟"ってのも嘘なんだろ。そんなものは初めから無かったんだ」
「スレイド……まさか……」
そう言いつつスレイドの母親はミライの方へと視線を向けた。
「あなたが……」
「はい。私がスレイドに言ったんです」
「どうしてそんな嘘を!!」
「嘘?嘘を言っているのはあなたの方ですよね?あたしにはわかります。あなたはスレイドの母親でもなければ、村の掟なんてものも存在しない」
「なぜ……わかるの?」
「"女の勘"です」
「もしかして……そんな"スキル"が存在するなんて……」
「スキルとは何のことです?」
「この世界に生きていてスキルを知らないなんて面白いお嬢さんだこと。……でも私のことをほんの少しでも怪しいと思わなかったなら、あんな質問はしない」
彼女の言う"あんな質問"とは『スレイドが難産であったのではないか』という部分だ。
「どこで怪しいと思ったのか知りたいわね」
「最初にあたしが食事を口にした時です」
「え?」
意味がわからなかった。
何の話をしただろう……恐らく他愛もない会話だ。
「私……変なこと言ったかしら?」
「ええ。"ありえない真実"を言いました」
「ありえない真実?」
「あなたは"自分の父とスレイド以外に食事を振る舞ったことはない"と言いました。これは真実だった。つまりあなたはスレイドの父、すなわち旦那さんに料理を振る舞ったことがない。そんなことはあり得るのだろうかと思ったんです」
「……」
「あたしのお母さんがよく言います。"男を攻略したければ胃袋を鷲掴みにしろ"と。あなたはどうやってスレイドのお父さんを攻略したのだろうと疑問に思いました。いや、それ以前に最初から攻略なんてしてないのかもと思って確かめたんです」
「なるほどね。スキルだけじゃなく、ここまで賢いなんて……」
「それであなたは一体、誰なんですか?」
ミライは鋭い視線を向けた。
偽の母親はため息をつく、そしてすぐに真剣な表情へと変わってスレイドを直視した。
「スレイド、今すぐこの村を出なさい」
「な、なにを言ってるんだ。やっぱり母さんは俺の母さんじゃないのか?」
「そうね。……でも育ての親ではいさせて欲しい。本当に愛情を込めて育てていたから」
「あなは一体……俺の本当の両親は?」
「私の口からは何も言えない。何も知らされていないから。答えはこれから自分自身で探しなさい。ただ一つだけ言えることは、あの剣術指南書は間違いなくあなたの本当の両親が残したものだということ」
スレイドの偽の母親の目には涙があった。
彼女も薄々はこんな日が来るのではないかとわかっていたのだ。
「早く行きなさい。家の裏から出てから川沿いを西に降れば街道に出る。そこからは魔物も多く出るから気をつけて」
「あ、ああ……」
「スレイド、愛してるわ」
それだけ言って急かされるのようにスレイドとミライは家の裏口から出された。
2人が少しだけ歩くと言った通りの川に出た。
するとそこには何かを察知して先回りしたのか、村の男性が1人、数メートル先に立っていた。
手に握られているのはロングソードだ。
「おじさん?」
「スレイド、村を出ることは許さん」
「まさか、あんたも関わってるのか?」
「何のことだかわからないな。お前はただ後ろの女に騙されているだけだ」
「俺は……」
「さぁ、戻って成人の儀式をやり直そう。みんなを守るために村長になってくれ」
初老の男は猫を撫でるような声で言った。
しかしスレイドの答えはもうすでに決まっていた。
「俺は村を出る。"勇者エルダー"のような勇敢なナイトになりたいんだ」
「なんだと?」
「そこをどいてもらう」
そう言ってスレイドは10年以上の歳月をかけ、何百、何千、何万回も練習してきた構えを取る。
足を肩幅に開き、腰を落として左足を少しだけ前へ。
左手に持った鞘に納められたショートソードのグリップに右手を軽く乗せる。
抜剣せずに、鋭い眼光を目の前の男へと向けた。
「実践経験も無い奴が剣術の真似事とは……あのボロい剣術指南書に書かれていたことを練習したところで何の意味もないのに」
「……どういうことだ?」
「"あの方"が言っていた。アレは再現不可能だと」
「再現不可能?」
「そう。お前がやってきたことは無駄な努力だったと知るといい!!」
男は地面を蹴った。
そのスピードは人の脚力を大きく上回るもの。
一度の踏み込みで数メートルあったスレイドとの距離を一気に縮める。
恐らく"風の魔法"によって強化された踏み込みであろう。
両手持ちで振り上げられたロングソードはスレイドの頭上を捉えていた。
それは完全にを殺意を持った斬撃だ。
「すまんな、スレイド!!」
ロングソードは振り下ろされるかに見えた。
しかし"カン!"という甲高い金属音がすると、なぜか男がバンザイをする形で仰け反っていた。
男はありえないと思った。
スレイドは剣を抜いていない。
いや、少しだけ抜く素振りを見せたが抜き切っていなかった。
ただショートソードの柄頭だけを、振り下ろされたロングソードの刃の部分に当てて弾き、すぐさま納剣していた。
「ありえん……!!」
男は思考する。
仰け反った状態から攻撃を放つには時間が足りなすぎる。
一方、スレイドはただその構えのまま抜剣するだけでいい。
"やられる!"そう思った瞬間、男の右脇腹に激痛が走った。
見るとスレイドは逆手に持ったショートソードの鞘を振り、男の右脇腹めがけて打ち込んでいた。
「ぐぅ……!!」
男は吹き飛ばされて地面を数回ほど転がった。
恐らく感覚に肋骨が数本折れている。
「何を言われようとも俺は父さんが残したこの剣術を信じる。必ず自分のものにして騎士になる」
スレイドの言葉は男には届いていなかった。
激痛によって気を失ったようだ。
「ミライ、すまない……怖い思いをさせた」
そう言って振り向くスレイド。
しかし、なぜかミライは目を輝かせていた。
「すごいすごい!マジでカッコいいじゃん!」
「……え?」
「本場のチャンバラって感じ。あたし時代劇すきだからさ」
「な、何だそれは?」
「え、あんた侍も知らないの?」
「サ、サムライ?……知らない」
「どういう生活してたら侍知らない人生送れるのよ。あ、ずっと"ド"田舎で暮らしてたんだもんね。そりゃしょうがないか」
「悪かったな」
「まぁいいわ。とにかく先に進みましょう。なんか、お腹すいちゃったし」
命の掛かった戦いだったのにも関わらず、全く緊張感のかけらもない発言にスレイドはため息をつく。
だが、この女性がいなければ村の掟なんてものに疑問すら持たず、ましてや村を出るなどという選択はしなかった。
北条ミライという人物が突然現れたことはただの偶然ではないのだろうとスレイドは思った。
こうして"無能剣士"と"高校生ギャル"という異質な2人の長い旅が幕を開けるのだった。




