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女の勘

日も沈みかける夕暮れ時。

スレイドと北条ミライは村に到着した。

先行するスレイドは村の入り口に腕を組んで佇んだ北条ミライに気づいて首を傾げる。


「どうした?」


「なにこれ、めっちゃ"ド"田舎じゃん」


「なんでそこを強調するんだよ」


「だって、どこからどう見ても"ド"田舎じゃん。あたし都会っ子だからなぁ」


「だから何なんだよ」


「別にぃ」


スレイドは"いちいち腹の立つ女だな"……と言いかけたがやめた。

また、あの()()()()を向けられたらたまったものではない。


2人は村の奥を目指した。

まだ夕刻ともあって農作業をしている村人もいる。

スレイドはそんな村人たちに手を振ると、みなが振り返すのだが、すぐに動きが止まった。

あまりにも北条ミライという女性が異質であり、目立っていたからだろう。

しかし当事者であるミライは全く気にする様子がなく、ただスレイドの真似をして村人に笑顔で手を振っていた。



村の一番の奥とはいえ、さほど時間もかからずにスレイドの自宅に到着した。


「母さんには俺から話すから、あんたは黙っててくれ」


「はーい」


ミライのやる気のない返事にため息をつきつつ、スレイドは自宅のドアを開けた。

いつものように母親は台所で作業している。

母親は振り向かずに言った。


「今日は早かったわね」


「ああ、ちょっとあってさ」


「ん?」


振り向いた母親はスレイドを見て、すぐにその背後にいる女性に気づく。


「あ、あなたは……どなた様?」


予想以上に困惑の表情を浮かべる母親にスレイドは言う事が飛んでしまったのか、あたふたしていた。

そんなスレイドを押し退けてミライが前に出て言った。


「申し遅れました。あたしはミライと申します。森で迷ってしまったところ、お子さんである"すれいどさん"に助けて頂いたんです」


「そ、そうだったんですか……」


「今日はもう暗くなると思いますので、もし差し支えなければ泊めて頂くことは可能でしょうか?」


「も、もちろん。困っているならお互い様よね。父の部屋があるから、そこを使ってもいいわ」


「ありがとうございます」


そう言ってミライは満面の笑みでお辞儀した。

呆気に取られていたのはもちろんスレイドだ。

スレイドと話す時とはまるで違う言葉使いと一段高い品のある声質に驚いていた。


「よかったら食事もしていっても構わないから。この村にはお客さんなんて滅多に来ないから歓迎するわ」


「お気遣い感謝します」


こうしてミライは持ち前のコミニュケーション能力を爆発させ、スレイドの自宅に泊めてもらうことになった。



__________________




スレイドの母親が食事の支度をしている最中、図々しくもミライは風呂まで入って満足げだ。


数年ぶりに母親の父、つまりスレイドの祖父がいなくなってから3人でとる食事。

テーブルはスレイドとミライが隣同士で座った。


「どうぞ食べて」


笑みを浮かべて食事の乗った皿をテーブルに並べていくスレイドの母親はそのまま2人の正面に座った。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


美味しそうに自分の作ったものを食べるミライを見た母親は何やら不安な様子だ。


「父やスレイド以外に食べさせるなんて初めてだから口に合うかどうか……」


「美味しいです!」


「それならよかったわ」


母親は胸を撫で下ろす。

一方、呆気に取られるスレイドだったが、ミライの自由奔放ぶりに緊張が少し緩んだ。

明日になれば成人の儀式をおこない、村長になるという重責を負う。

そんな縛られた自分とは真逆にいるミライという女性を羨ましくも思った。


ある程度、食事も終わると、"そう言えば"とミライが口を開く。


「すれいどさんを産む時って、けっこう難産だったんじゃないですか?」


「どうして?」


「だって結構()()()()じゃないですか」


無礼とも思える質問にスレイドは顔を真っ赤にして口を挟もうとしたが、その前に温厚な母親が笑みを浮かべて答えた。


「ええ……そうだったわね。でも腹を痛めて産んだ息子が立派に成長して責任のある使命を真っ当してくれるのは親としては嬉しいことよ。それに男の子は多少やんちゃなくらいの方がいいと思う」


「……」


「どうかしたの?」


「いえ別に。確かこちらで産まれた家系が代々の村長だって、すれいどさんから聞きました。えーと、村の……村の……」


「ああ、"村の掟"ね」


「そうそう、それです。"掟"なんて言うくらいだから凄く昔からあるんですか?」


「そうね。……えーと、私が生まれる前からあるかしら」


スレイドの母親は少しだけ考えるそぶりをしたが、すぐに答えた。

そして、何かを思い出すようにハッとして、


「ああ、そう言えば洗い物の水が無かったんだわ。川まで行って汲んでくるわね」


と言って席を立つと台所に向かい、木で作られた桶を持つ。


「もう暗いぞ、俺が行こうか?」


「いいわよ、この辺は魔物も出ないし。私も魔法の心得くらいあるから大丈夫よ。二人でゆっくりしてて」


母親は笑顔で言って、さらに"すぐ戻るから"と付け加えてから家を出て行った。


「まったく母さんも時々、おっちょこちょいなんだよな」


「ねぇ、スレイド」


「なんだよ」


少し間があった。

その間が気になってスレイドはミライを見ると妙に真剣な表情を浮かべている。


「どうしたんだよ」


「あんまり他人の家に口出しとかしたくないんだけどさ……もしかしてスレイド、気づいてない?」


「なんだよ。何の話だ?」


ミライはこめかみをカラフルな長い爪で何度か掻きながらため息混じりに言った。


「あの人、()()()()()()()()()()()()


「は?何を言ってる」


「それに、あの人はもう一つ嘘をついてる」


その後、ミライの口から語られた言葉にスレイドは膝から崩れ落ちそうになった。

自分がずっと母親だと思って接してきた人物が母親ではない……

そんなこと信じられるわけがない。


しかしミライが言う"もう一つの嘘"が、もしも事実であればスレイドの人生は大きく変わることになる。

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