爆雷
少女の背を見る。
スレイドは展開された巨大な蒼い魔法陣に息を呑んだ。
水の滴がセラフィーナの体を覆うようにして渦を作り、どんどん回転スピードを上げていった。
その勢いによって彼女の長い青髪が大きく靡く。
「"あまねく破滅の大海よ、竜となりて我が敵を打ち砕け"」
詠唱を完了したセラフィーナは閉じていた目を見開いた。
鋭い視線の先にいるのは石門の前に立つカルガラ・クロウだ。
「"撃滅の極水竜"」
蒼い魔法陣から彼女を覆い隠すほどの激流の渦が天井まで伸びる。
渦の四方八方から竜の形を成した水の大矢が無数に飛び出してカルガラ・クロウへと向かう。
スピードはさほど速くはないが、数十を超える量の水の大矢は誰が見ても回避不能だ。
しかしカルガラ・クロウは落ち着いているどころかニヤリと笑みを溢す。
「なるほど……得意属性は水なのネ。これは好都合ダワ」
そう静かに呟いた瞬間、空中を飛び回っていた烏の群れがカルガラ・クロウの周りに集まりだす。
烏は彼の体の周囲を高速回転しながら飛ぶ。
そこに水の大矢が当たり始めた。
烏は爆散していき、その度に爆雷が走っているように見える。
雷撃は徐々に水の大矢を伝ってセラフィーナのいる水の渦へと迫った。
「まさか、"魔導覚醒"!?」
気づいた時には遅かった。
水の渦は強い雷撃によって爆散すると、洞窟内に雨を降らせる。
同時にセラフィーナは感電によるダメージで意識が遠のいた。
立ってられずに後方へと倒れ込む彼女をスレイドが受け止める。
「おい!大丈夫か!」
「え、ええ……」
感電の影響で痙攣するセラフィーナの呼吸は荒い。
そこにカチャカチャと鉄の擦れる音を響かせて、ゆっくりと歩み寄るカルガラ・クロウ。
烏は彼の周りを未だに飛び回っているが、近づくほど雷撃が走っているのがよく見えた。
カルガラ・クロウとの距離は数メートルほどしかない。
「凄い魔力量ダワ。見たこともない魔法形状で魔法階級もわからない。……でも感情的になりすぎたワネ。相手の魔法属性を確認せずに無闇に攻撃するからこうなる」
その言葉が聞こえたのか、スレイドの腕の中にいるセラフィーナはグッと奥歯を噛んだ。
「さて、次はスレイドくんの攻撃カシラ?」
スレイドは鋭い眼光をカルガラ・クロウへと向ける。
動けずにいたセラフィーナをそっと地面に寝かせてから立ち上がると、その前に立った。
「俺はアンタのような騎士は認めない。私利私欲のために人を殺める……そんなのは騎士じゃない」
「勇ましいワネ。それは確かに正論だけど、世界はそんなに単純じゃない……残念ながらネ。この世界を見てまわればわかるワ。"正義"というのはとても儚くて脆いということがネ」
「どういう意味だ?」
「アナタのような考え方の人間は多く見てきたけど、みんな絶望を味わいながら死んでいった。彼もそう、"コルクス・ビッグバーン"もその一人」
「なんだと?」
「この世は"悪心"が多く、そして強すぎる。どんな正論、正義が相手だったとしても"ソレ"には敵わない……だからみんな諦めて貫けないのヨ」
確かにスレイドにも経験はあった。
村の住人たちは恐らく全員が敵だった。
それは"悪心"であったかどうかは不明であるが、スレイドに対して剣を向けてきたところを見ると"ソレ"なのだろう。
ただ唯一、偽の母親だけは違ったが、あの時の彼女の選択によって後にどうなったのかはわからない。
カルガラは比較にならないほどの"悪心"を見てきたのだろう。
だから彼自身も諦めて貫けなかった1人であったのかとスレイドは感じた。
だが、それでもスレイドは前に一歩踏み出した。
「少し思い当たる節があったと見えたけドネ。それでもワタシに立ち向かうと?」
「ああ、ここで引き下がったらまたミライに怒られちまうからな。それに……」
「……?」
「"俺はどんなことがあっても自分の信じる正義を貫く"」
カルガラ・クロウの表情が引き攣ったように見えた。
凄まじい嫌悪のようなもの感じさせる。
「剣術もそうだけど、その言葉も"あの男"そっくりダワ……あの忌々しい男、ワタシたち十二騎士の宿敵」
「何を言ってる?」
「もうアナタの皮はいらないワ。あの女のように首を切り落として烏の餌にする」
カルガラ・クロウから放たれるオーラは雷撃を帯びていた。
その凄まじい殺気に圧倒されそうになるが、スレイドはショートソードを腰に構えて右手を軽く添える。
"ここで死ぬかもしれない"
何度も頭をよぎるが、そのたびに"スー"と軽く息を吐いて気持ちを切り替えていく。
カルガラ・クロウは王国最強と言われる十二騎士の1人。
かたや、スレイドは駆け出し冒険者で最弱ルーキーと言っても過言ではない。
どんなに想像しても負けるのは目に見えていた。
だが自分が死ねば、確実にセラフィーナも死ぬ。
そう思った時、スレイドは自身の命なんてどうでもよくなっていた。
ただ誰かのために、誰かを守るために戦うのであれば相手が誰であろうと剣を抜ける。
その瞬間……スレイドの黒い瞳は少しだけ赤く染まった。




