正体(2)
ブレア・ブレガーと名乗っていた少女の本当の名は"セラフィーナ・スペルシス"だった。
町で会った老人アーヴァンの話では彼女は誰にも姿を見せたことが無いという。
そんな彼女は依頼を受けたフリをして何食わぬ顔でスレイドたちと対面していたのだ。
彼女こそ"招かざる客"であった。
そうなればひとつ疑問に思うことがある。
果たしてコルクス・ビッグバーンなる人物は一体何者であるのか?ということだ。
しかしコルクスはセラフィーナの魔法によって石門に叩きつけられたことで、間から吹き出る魔力瘴気を直接浴びている状態だ。
かろうじて足を震わせて立っているが、先ほどの話であれば"記憶障害"は免れない。
「何者か聞きたかったが恐らく無理だろうな。魔力瘴気の危険性は私にだってわかる」
セラフィーナが呟くように言った。
通常、高位の魔法を使ったところで魔力瘴気など生まれない。
だが半永久的に残り続けるような持続魔法は魔素を垂れ流し、それが強ければ強いほど魔力瘴気となって人に影響を及ぼすほどの危険性を持つという。
これほどの魔力量をもった持続魔法を使える人間はこの世界に数人程度だろうが、その中でも石門を作った人物なら察しはつく。
セラフィーナは思考をやめて、唖然とした表情をしたスレイドを見た。
「いつまでそうしているの?ここを出るぞ」
「あ、ああ……だけどコルクスは?」
「あれだけの魔力瘴気を浴びれば廃人と化すでしょう。もはや私たちにはどうにもならない」
言って石門の前で俯き佇むコルクスへと視線をやる。
彼の"妙な動き"にセラフィーナは眉を顰めた。
ゆらゆらと幽霊のようにゆっくり歩みを進めつつ、両手を顔面へと当てる。
そして"クシャリ"と皮膚を掴んだ。
するとコルクスを中心としてドス黒いオーラが展開し、円を描きながら空中へと分散していった。
分散したオーラは意思を持ったかのように無数の個体へと変化していく。
それは"烏"だ。
凄まじい数の"烏"は洞窟の天井を覆うように飛び回った。
見上げる2人は息を呑む。
吐き気を催すほどの邪悪なオーラは洞窟を静かに揺らしている。
「なんという魔力量だ……人間なのか?」
コルクスは両手を使って服を脱ぐように"顔の皮膚"、"纏った鎧"を体から剥がしていった。
両手に握られた薄っぺらい皮のようなものを脱ぎ捨てるようにして地面へと投げる。
投げ捨てれた皮はドロドロと溶けて無くなった。
「これで、ようやく見えるワネ」
ガラガラとした声で呟くように言った。
それは"コルクス・ビッグバーン"という美男子とは全くの真逆の人間だった。
ボロボロの銀の鎧に薄汚れた白いポンチョローブを着た男。
ブラウンのウェーブのかかった長い髪で痩せ細った青白い肌、片目には傷があり隻眼だ。
なりよりも顔全体にある焼け爛れたような痕が痛々しい。
「ああ……やはりスレイドくんは美しい顔をしているワネ。ワタシ好みダワ」
「お前は何者だ!!」
たまらずスレイドが声を上げる。
セラフィーナの話では廃人になるほどの魔力瘴気を浴びているはず。
しかし男は正気を保っているように見える。
男は不気味な笑みを浮かべて言った。
「ワタシは十二騎士、第十一騎士団総団長……"影破のカルガラ・クロウ"」
「十二騎士……だと?なぜ十二騎士がこんなことをする?」
「え?なぜって単なる暇つぶし」
スレイドは言葉を失った。
理解が全く及ばない。
この男の単なる暇つぶしによって自分達は殺されそうになっているというのか。
「まぁ、でも今回はちょっと違うかな。"コルクス・ビッグバーンの皮"にはもう飽きちゃったから、別のが欲しくなっちゃってさ」
「どういう意味だ……?」
「スレイドくん、君の皮をちょうだい。心配しなくても大丈夫よ。殺してから皮を剥ぐから痛くはない」
ニコリと笑ったカルガラ・クロウから、さらなるドス黒いオーラが放たれる。
空中を飛び回る無数のカラスの鳴き声が洞窟内に響き渡った。
スレイドは驚きと恐怖で足がすくむ中、背後からコツコツとブーツを鳴らして歩く音が聞こえてくる。
歩みを進めつつ、セラフィーナ・スペルシスはスレイドより前に出て無表情のまま一言だけ問う。
「一つだけ聞きたいのだけど」
「何カシラ?」
「もしかしてアナタは王女派?」
「ええ、そうだけど……それがナニカ?」
少し首を傾げて答えるカルガラ・クロウ。
その答えを聞いたセラフィーナは少女とは思えぬような、笑みの中に憤りを感じさせる表情をした。
なぜか高揚に満ち溢れているようにも見える。
「そうなの……なら、アナタはここで死ぬしかないわね。十二騎士のカルガラ・クロウ」
セラフィーナの体を覆うように蒼く光る粒子が放たれる。
彼女の高ぶる感情に反応するがごとく、蒼い粒子は火花を散らしながら収束して地面に巨大な魔法陣を展開した。
足元に描かれる蒼く輝く魔法陣は強い雷撃を走らせる。
何が起こっているのか困惑しているスレイドをよそに、セラフィーナは真っ二つに斬られた大杖を土の魔法で繋ぎ直すと前に構えた。
洞窟内の水分が凄まじいスピードで彼女の元へ集まると、空中を浮遊しつつ渦をなしていった。




