とある魔法使いの依頼
早朝、ガル・アーナムはあいにくの雨だ。
小雨であるため、森に覆われた町の地面に届く雨粒は少なく感じる。
この町でも高級な部類に入るであろう宿に泊まることができた2人は満足しつつ、部屋から入り口カウンターへと降りてきた。
すると入り口付近で数人の冒険者が慌てた様子で会話している。
「やばいぞ、この町から早く出た方がいい!」
「だが、あんな珍しい高額依頼はこの先あるかどうか……」
「馬鹿が!"片目のカラス"がこの町にいたんだぞ!」
「うーむ……確かに"片目のカラス"の噂は知ってるけどなぁ」
「俺は町を出るぞ!何が起こるかわからないからな!」
冒険者たちは困惑した様子で顔を見合わせていたが、ため息混じりに全員が宿を出て行った。
一部始終を見ていたスレイドとミライは首を傾げる。
「一体なんなの?」
「わからない。何か焦ってるように見えたが」
入り口で付近でそんな会話をした2人にカウンターにいる宿の主人が反応を示した。
「"片目のカラス"の噂を知らないのか?」
「いや、知らないな」
「"片目のカラス"が降り立った町が不幸になるっていう、冒険者たちの間では有名な噂だよ。なんでも幽霊が現れて町を滅ぼすとか」
この主人の話にミライは苦笑いしながら言った。
「そんな迷信じみた話を信じてるなんて。しかも幽霊だなんて……子供じゃあるまいし」
「単なる迷信で終わればいいけどな」
「どういうこと?」
「冒険者の噂ってのは馬鹿にできない。さっきの連中は色んな町を見てきてる熟練たちだ。危険を察知して、いち早く動くことで生き延びてこられた」
「なるほどね。でも、そんなんじゃあ大借金は返せないからね。分の悪い賭けも必要でしょ」
そう言いつつミライはスレイドの背中をつついている。
確かに、いちいち噂を信じて仕事を放棄していたら金なんて稼げない。
「俺たちはギルドに行くよ」
「そうかい。くれぐれも気をつけることだな」
宿の主人に見送られ、外に出た2人はそのまま小降りの雨の中、この町の冒険者ギルドへと向かった。
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冒険者ギルドでも例のカラスの噂はあったが、それでも依頼を受けていく者は多いようだ。
スレイドとミライは受付カウンターに立つメガネの若い女性に近づく。
すると受付の女性が反応して無表情で言った。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「ある魔法使いが出したっていう依頼を受けたいんだけど……」
「ああ、あれですか」
受付の女性は苦笑いを浮かべる。
彼女の視線はスレイドが首からかけているルーキーを示すネックレスへと向かう。
「構わないですが、この依頼が出されてから一ヶ月ほどで現在162名の冒険者の方々をご案内しました。その中で依頼者様の屋敷に入れたのは三人だけです」
「三人だけ!?」
「依頼者様の求めるご希望人数は五名なので、あと二人が屋敷に入った時点で仕事が始まるようです。ちなみに仕事の内容は屋敷に入った方にしか説明されません」
「ちょっと待ってくれ、屋敷に入りさえすれば仕事が受けられるのか?」
「厳密に言うと、仕事を受けられるのは"敷地に入るための門をくぐった方のみ"とのことです」
スレイドは訳が分からず首を傾げた。
門をくぐりさえすれば仕事は受けられるのに、なぜ入らないのか?
それとは他にミライは気になったことがあったのか受付の女性に質問する。
「それってさ、今ここで依頼を受けるわけじゃないってこと?」
「私どもはあくまでも斡旋ですので依頼という形で一旦ここで受けて頂きます。そこから仕事ができなかったとしても、我々は一切関与しません」
「受けるデメリットは?」
「どういう意味でしょうか?」
「門をくぐれなかった時、私たちが負う責任とか」
「ありません」
「じゃあ、受けるわ」
ミライが言ってから、数秒の間があってからスレイドが反応する。
「おい、ちょっと待て!いいのか?」
「別にいいでしょ。もし、その門を通れなかったら違う仕事を探したらいいのよ」
「それもそうだな……」
スレイドはミライが言った通り、この"聡明な魔法使い"が出したという仕事を受けることにした。
と言っても、受けられるかどうかは依頼者の敷地に入るための門を通れるかどうかだ。
受付の女性は"では御武運を"と言って送り出してくれた。
スレイドは前回の仕事を受けた時のことを思い出し、彼女が言った"この言葉"の意味を考えていた。
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切り開かれた森の奥、大きな屋敷があった。
数メートルの高さの壁が周りを覆う。
そこに一つだけ外観とは不釣り合いな鉄で作られた門があり、片側だけ開いていた。
中は丸見えで大きな屋敷は目視で確認できる。
門の前には数人の冒険者たちが腕を組んで立っているが、誰も門をくぐろうとはしていなかった。
スレイドとミライが門に近づくと、1人の冒険者が気づく。
「あんたも、この依頼を?……ってルーキーじゃえねぇか」
「あ、ああ。駆け出しなんだ」
「ルーキーがここを通れるわけないだろ。それに見たところ剣士みたいだしな」
「どういう意味だ?」
「"魔法の障壁"が門を守ってる。入るためには条件があるみたいだ。恐らく魔法系のスキルとかだろう」
もう一度、近づいて門を見ると小降りの雨を弾いている。
目には見えないが、確かにガラスのようなものがドーム状に屋敷の周りを覆っているのだ。
ミライは門の前に立った。
「案外、通れるかも」
「い、行くのか?」
「なに、先に行きたいの?」
スレイドは息を呑んだ。
まさか雨のように魔法に弾かれて大怪我なんてしないだろうか……そう考えつつも、ここで引いたらまた何と罵られるかわからない。
意を決してスレイドはミライの前に立った。
「入るぞ」
「うん。あたしはその次に入るね」
周りにいる熟練の冒険者が固唾を飲んでいた。
どうせ通れっこないと思い談笑している者までいる。
しかしスレイドが門へと一歩踏み出した瞬間、ありえない出来事が起こった。
ドーム状に張られていた魔法の障壁が割れるように破壊されて消え去ったのだ。
そのままミライも後に続いて門をくぐる。
見ていた熟練冒険者たちは驚いた表情をしていたが、すぐに我に帰ると自分たちも入ろうとしていた。
そこに中年の男性の声が屋敷の方から聞こえてくる。
「あなた方は入れません。彼ら二人で規定の人数に達しました」
「なんだと!?こいつらルーキーだぞ」
「関係ありません。あなた方は我が主人の魔法障壁を突破できなかった。依頼を受ける資格はない。お帰り下さい」
姿を現したのは執事服の男性だ。
背は決して高くはないが、整えられた髪と服装からは気品を感じる。
そんな執事服の男の言葉に冒険者たちは渋々、敷地に入ることなく去っていった。
執事服の男は片側だけ開かれた鉄の門を閉めると、"どうぞこちら"へと言って2人を屋敷の入り口まで案内する。
屋敷のドアノブに手を掛ける執事服の男は扉を開ける前に2人に向き直った。
「ああ、説明し忘れておりました。屋敷に入るにあたって一つだけ注意がございます。もし屋敷に足を踏み入れてから、私がいいと言う前に一言でも言葉を発した場合、その者は失格となり即刻お帰り頂きます」
スレイドとミライは顔を見合わせ、2人同時に口元を手のひらで覆う。
執事服の男は少しだけ笑みを浮かべて頷くと、扉を開いて2人を屋敷内に招き入れた。
すると目の前には数段の階段があり、それを降りた先に大きめの円卓が置かれていた。
席に着いている者が目に入る。
そこには"4人"の冒険者らしき人物がいた。
不思議なことに空いている椅子は"2つ"ある。
スレイドとミライは眉を顰めた。
話に聞いていた"依頼者が求める希望人数"と"席の数"が合わないのだ。




