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北条ミライ

星の明かりはあるものの森林は真っ暗で、慣れた人間でなければ迷ってしまうだろう。

スレイドが村に戻る頃にはもう陽は落ちていた。


この村周辺には魔物の存在はほとんど無いと言っていい。

北の洞窟に封印された魔物が強力らしく、姿を現さないとはいえ、その影響によって村には弱い魔物は近づかないのだとか。



村にちらほらと灯りが見えた。

木造の家が等間隔で建てられているが、全部で10軒ほどしかない。

それぞれの敷地には農作物が植えられている。

他の村や町との接触が無いこの村では自給自足が当たり前だ。


村の一番奥にスレイドの自宅がある。

スレイドは村長の娘である母と2人暮らしだった。

村長は数年前に亡くなり、仮として母親が村長の代わりを務めていた。

父親もスレイドが物心つく前に亡くなったとのこと。

基本的には村の長は男性と決まっているようで、残り数日で成人となるスレイドが村の長を継ぐという形だ。


自宅のドアを開けるといい匂いがした。

母は料理がとても上手い。


「あらスレイド、まさか今日も遺跡に行ってたの?」


中央にあるテーブルの上には一本だけ蝋燭が立てられている。

向かい合わせにスープが盛られた皿を置いている最中の母が呆れ顔で言った。


「ああ。もう少しでできそうな気がするんだ」


スレイドは古ぼけた書物を握りしめていた。


「もうそんなの諦めなさい。別に強くなくたって村長なんて務まるんだから」


「そんなわけにはいかない。だって父さんは強かったんだろ?」


「……え、ええ」


「こんな凄い剣術指南書を残すくらいだからな」


「で、でも、あなたと父さんは違うんだから。無理して剣術を学ぶ必要なんてないわ」


「俺には魔力が無いんだ。魔法が使えないなら剣術しかないだろ」


「……」


それを聞いた母は黙った。

魔力はこの世界に生きる者であれば大なり小なり持ち合わせる。

しかし、スレイドは魔力というものが体の中にある感覚が全くない。

村で魔法を使えないのはスレイドだけだ。


「あと何日だっけ?」


「え?何が?」


不意な質問に母が焦ったように返事をした。


「何って、成人の儀式だよ」


「あ、ああ……あと2日ね」


「もうそれだけしか残ってないんだな……」


そう言ってスレイドは古ぼけた書物を真剣な眼差しで見つめた。

最後のページに書かれた"唯一読めない文章"がある。

もしかしたらここに何が秘密が隠されているのではないかと思っていたが、これを解読している時間はない。

ただスレイドは時間の許す限り剣を振るうだけと考えていた。


そんなスレイドを見た母親は無意識に下唇を噛んでいた。



__________________




スレイドは日が昇る前にはもう遺跡にいた。


母が起きる前には家を出ないと何を言われるかわからない。


霧の覆う森林だが運良く今日も空は晴れていた。


「今日は絶好の修行日和だな!」


そう言って早速、いつもの構えを取る。

今日は多対人を意識した剣技の練習。

周囲に複数建てられた石の柱を人に見立てて剣を振るう。


子供の時から始めた剣の稽古によって無意識にでも流れるように型をおこなえるようになっていた。


……しかし、


「なぜか腕が軋む……力が入りすぎてるのか?」


やはりスムーズに剣が振れない。

動作に遅れが出て、どうしてもぎこちない。


いつもはない苛立ちを感じる。

時間が押し迫っていることに焦っているのか、それとも別の何かがあるのか。


「クソ……!」


スレイドは剣を振る腕を止めた。

やっていることは指南書の通りだ。

しかし上手くいかない。


スレイドは石床に置いていた剣術指南書を手に取ると強く握りしめた。

指南書が酷く歪む。

魔力も無い、剣術もできない……そんな自分に腹がたったのだ。


「俺には才能が無いってことか!!」



そうスレイドが強く叫んだ瞬間、周囲に轟音が鳴り響き地面が揺れた。

木々が暴れ、とまっていた無数の鳥が驚いて飛び立っていく。


「な、なんだ……?」


洞窟の穴から突風が噴き出す。

スレイドの黒髪と左耳のワインレッドのイヤリングが激しく(なび)いた。

この時、スレイドは直感した。


"何かが出てくる"


もしかすれば封印された魔物かもしれない。

そうなればやることは決まってる。


「村には戦える人間なんていない……俺が、俺が行かなきゃ……」


息を呑むスレイド。

緊張感で震える手で腰に差したショートソードの鞘を握る。

スレイドは抜かれていた剣を鞘へと戻すと、恐る恐る洞窟へと入っていった。



__________________




薄暗い洞窟の中はジメジメとしていた。

天井の岩肌から水がポツリポツリと滴り、それが内部に反響している。


外から差し込む光が岩に当たって反射し、かろうじて前が見える。

恐らく洞窟の内部はただの岩の集合体ではないのだろう。

発光しているところを見ると岩自体が魔力を帯びているのだろうか?


洞窟内はシンプルな作りで一本道だった。


スレイドは腰に差したショートソードのグリップに軽く手を添えつつ警戒して前に進んだ。


魔物が現れたとするなら初の実践である。

しかも封印せざるおえないほどの魔物となれば、その強さは並大抵のものではない。


ひんやりとした内部とは逆に、緊張感からかスレイドの額から汗が溢れ、こめかみを伝う。


そしてようやく最深部に辿り着く。

スレイドはこの洞窟の最深部まで来るのは初めてのことだ。


目の前には巨大な石で作られた門があり、しかも少しだけ開かれていた。

門の中からはモヤモヤとした黒い瘴気のようなものがゆっくりと吹きて出ている。


「ま、まさか……魔物が出てくるのか?」


門までの距離は数メートル。

スレイドの警戒心は増す。


「来るなら……来い……!!」


そう言って地面を踏み締めたスレイド。

すると中からコツコツと足音のようなものが聞こえてくる。


門を通り抜けてきた一つの影。

スレイドが目を細めて見る。


「人間……か?」


それは明らかに人の形をしていた。

ふらつく足取りでこちらに向かってくる。


「誰だ貴様、魔物か!!」


「はぁ?何言ってんのよ……」


人を小馬鹿にしたような返答。

"女性"は頭を押さえながら歩いてくる。


「それ以上、近づいたら斬るぞ!!」


「なんでそんな警戒してるわけよ……同じ人間でしょうが」


「……人間?」


「会話できてるってことは人間同士でしょ」


スレイドはショートソードのグリップから手を離すと目の前までフラフラと歩いてきた女性を見る。

それは若い女性のようだった。

相変わらず俯きながら頭を押さえており、意識が朦朧としているようだ。


お互いの距離は数メートル。

完全に間合い内だが、スレイドは緊張感を緩めていた。


女性は立ち止まり口を開く。


「アンタは誰?」


「お、俺はスレイドだけど……」


「すれいど?なにそれ、変な名前」


「なんだと!?だったらお前の名前はなんだよ。さぞご立派な名前なんだろうな!!」


女性は顔上げた。

瞬間、スレイドの心臓が跳ねた。

その綺麗な顔立ち、ブラウン色の長い髪をサイドにまとめた束ね方。

なによりも見たこともない服装なのだが、スカートが短すぎて太ももまで露出している。


「あたしは北条(ほうじょう)ミライ。椿野(つばきの)高校三年、つまり女子高生」


「なんだよその名前、そっちの方が変じゃないか」


「はぁ!?あんた、あたしに喧嘩売ってんの?」


「お前こそ喧嘩したいのか?……っていうか、お前、そんなに足出して恥ずかしくないのかよ!!」


「何言ってんのよ……これはブレザー、ただの学校の……制服でしょうが……」


そう言い切ると北条ミライという女性はその場に倒れた。

どうやら気を失ったようだった。


「お、おい、大丈夫か!!」


スレイドは慌ててミライに近づくと、すぐに息があるか確かめる。


「生きてる……それにしても、なんでこんなところに人間がいるんだ?」


なぜ門の中から……そう思い、再び視線を"石の門"に移す。

すると開かれていたはずの門はもうすでに閉じられていた。


もしかするとこの変な格好の女性が封印されていた魔物なのだろうか?

しかし、こんな弱々しい人間ような見た目で魔物ということもないだろう。


スレイドは一旦、"北条ミライ"と名乗った女性を抱えて洞窟を出ることにした。

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