生贄
騎士団・副団長補佐であるドレッドの話ではこうだ。
グレース副団長は夜な夜な1人で出歩くことが多かった。
恐らく夜に仲間を集め、全て彼らに放火をさせていた。
仲間の人数は4人、グレースを含めれば5人か。
全員が平民で家庭を持っており子供もいる。
なによりも多額の借金があり、それを妻に言えないでいる小心者。
グレースは自身の貴族としての財力で借金を肩代わりするかわりに放火を依頼していた。
ちなみに放火をする動機は不明だ。
計画は綿密に計画されていたが、何かの手違いなのか犯人たちがやり取りしていたという文書が見つかり、さらに目撃者もいたという。
文書には偽名のようなものが5つあったため、ドレッドが犯人は5人いると予想。
その最後の犯人というのがグレースであるだろうと結論づけた。
彼女がスレイドに罪をなすりつけようとした理由は最後の犯人たる"5人目"をすり替えようとしていたのだろう。
それでこの事件は完結を迎える。
だがスレイドは疑問に思うことがあった。
「そういえば中年の酔っぱらいのフリをしていた男は?」
「君から話を聞いてフェアリーズで聞き込みをした。女将が住所を知っていて行ってみたが、昨日から戻ってないと奥さんが話していた」
「それは……つまり?」
「恐らくグレース副団長が最後の犯人に仕立て上げようとしていた者だろう。そうなれば犯人は5人全員捕まったことになるが、昨日スレイド君に見られてしまった。なら計画を変更してスレイド君に罪をなすりつけるのが手っ取り早い。男は昨晩のうちに彼女に殺されてしまった……と考えるのが自然か」
「まさか俺が昨日あれを目撃したせいで……?」
「確かに辛いことだ。だが今までグレース副団長が犯人であることはわかっていても確証が掴めなかったが、君が彼女の話し声を聞いたことでハッキリしたんだ。あとは捕まえるだけだ」
「そう……ですね。どうするんです?」
「実は最近、町を出てすぐの森に小屋を見つけてね。ここが彼女ら放火犯のアジトだろうと思ってる。まだ誰にも話してないがね。そこで今晩、彼女と一緒にアジトを調査しに行く。その時に捕縛しようと計画しているんだ」
「では、団長さんにもこのことを……」
「いや、あまり大仰に出れば勘付かれる可能性がある。彼女はあれでいて鋭いところがあるからね。私たちだけでやろう」
「……わかりました」
こうして2人は誰にも知らせることなく、極秘にグレース捕縛作戦を進めることにした。
夕刻、作戦実行時間までスレイドだけ森の中の小屋で待機して、ドレッドがグレースを連れ出してくるという計画を立てた。
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今晩は夜空が綺麗で無数の星が光っていた。
それでいても森の中は木が生い茂り、さすがに星の明るさは届いていない。
暗がり中、十二畳ほどの大きさの小屋の中で1人息を顰めて待つスレイド。
小屋の中には不思議と何もなく、人の出入りがあるようにも見えなかったのが気になった。
さほど時間も経たずして、小屋のドアを開ける者がいた。
手提げランプを持った女性が入ってきた。
金色のロングヘア、重厚な鎧に身を包んだグレース副団長だ。
その後方にはドレッドが見えた。
小屋の一番奥にいたスレイドは剣を軽く構える。
するとグレースは驚いた表情をした。
そして鋭い視線をスレイドに向ける。
「貴様……!!」
「やはり間違いない。俺が聞いた声はあなただ」
「何を言ってる?」
瞬間、後方にいたドレッドが彼女の背中を勢いよく蹴った。
前のめりに倒れたグレースは何が起こったのかよくわらかずにいた。
「ドレッド……貴様、何をするんだ!!」
「副団長が放火魔の主犯格だということはわかってました。ただ確証を得るのに時間が少し掛かってしまった。偶然にも昨晩にスレイド君はあなたが放火魔と話しているところを目撃した」
「バカな……そんなバカなことが……」
グレースは倒れながらもドレッドの方を見る。
床に転がった手提げランプの灯りで室内は照らされていたが、ドレッドにはいつもの笑顔はない。
「私は放火魔と話なんてしてない!!」
「では昨晩はどこにいたのです?」
「私は……眠れなくて外を巡回していたんだ」
「では一人だったですね?誰もあなたの無実を証明する人間はいない」
「わ、私は、この事件を解決したくて、この町を守りたいと思って……!!」
「やはり、自白はしないようですね」
そう言ってドレッドは腰に差していたロングソードを引き抜こうとしていた。
危険を察知したのか、グレースはすぐさま立ち上がり左腰のブロードソードを引き抜き正面に構える。
だが恐怖なのか、剣の重さなのか、手が震えているように見えた。
不思議とグレースの体勢は隙だらけで剣術が不慣れな者がする構えに見えた。
「ああ、抜きましたね。抵抗する意思があるとみなします。放火犯と殺人はわかった時点でその場での処刑が許されている」
「わ、私は……違う……」
現状、スレイドとドレッドの2人でグレースを挟み込む形でいた。
スレイドにはグレースの背しか見えないが、その声は泣いているように聞こえる。
構う事なくドレッドはロングソードを最後まで引き抜く。
「残念です。グレース副団長」
そう言って横を向き、ロングソードの柄を目の高さまで上げて切先をグレースに向けた瞬間、一気に間合いを詰めて突きを放った。
だが、なぜかグレースは勢いよく後方へと飛んでいき、スレイドと位置を交代するようにして背中から壁に激突した。
突きは当たらなかった。
恐らくスレイドがグレースの襟元を掴んで後ろへと引っ張って飛ばしたのだろう。
ドレッドが低い声で言った。
「スレイド君、何の真似です?まさか連続放火犯を助けるつもりですか」
「途中からだ……何かが変だと思ってた」
「はい?」
「だけど今のあんたの攻撃動作を見て確信した。昨日、俺と戦ったのはグレースじゃない。"あんた"なんだな」
「いやいや、何を言ってるのやら」
「言い訳は後で聞く」
スレイドは腰を落としていつもの構えを取った。
鞘を左手に持ち、抜剣せずにグリップに軽く右手を添える。
そして鋭い眼光でドレッドを睨んだ。
「あなたも共犯とみなします」
「勝手にしろ」
お互いの距離は3メートルもない。
スレイドは一気に床を蹴って前に出た。
それを見たドレッドは不敵な笑みを浮かべ、すぐさまロングソードの柄を目元まで上げて切先を相手へと向ける。
それは例えるなら"闘牛"のようだ。




