闘牛の剣技
暗がりの路地。
スレイドはゆっくりとフードの人物に近づいた。
相手は全く動かず、ただ引き抜いたブロードソードを持って佇んでいる。
そして、おおよそ3メートルほどの距離をあけて歩みを止めた。
「あんた何者だ?」
「……」
「放火事件の関係者か?」
スレイドの質問にようやくフードの人物は動きを見せた。
体を横にし、両手で持ったブロードソードの柄を目元にくるように高く構える。
切先はスレイドへ向けられていた。
見たこともない独特な構え。
例えるなら"闘牛"か。
スレイドも戦闘体勢へと移る。
腰を落として左足を下げ、左手に持ったショートソードの鞘を相手に見えないように構える。
かろうじて相手にも見えるであろうグリップに右手を添えるように置いた。
するとフードの人物は流れるように体を前に動かした。
ひらりと舞う落ち葉のように低めな体勢で前進し、同時に目元にある剣の切先を地面スレスレまで落として突き上げるように斬り込む。
狙いは足と思わせて、鋭い突きは軌道を変えてスレイドの喉元へと伸びた。
「なに!?」
バックステップで距離を取って空振り後を狙うつもりだった。
しかし、どう考えても飛び引いた先にも届きそうな勢いの突き。
スレイドは即座に思考し、筋肉を極限までしならせてバックステップ動作を途中でやめて首を横に振って突きを回避した。
相手の剣は左耳のワインレッドのイヤリングを掠める。
そのまま鞘に収まっているショートソードの柄頭を上空へ打ち上げるように半分まで抜剣させ、素通りしたブロードソードの刃に柄頭を瞬時に当てて納剣する。
崩れた体勢から放たれた抜剣は勢いが弱い。
フードの人物は少しだけ仰け反っただけで終わる。
しかし弾かれたことでブロードソードは路地の家屋に当たって大きな音を立てた。
大の字に体を広げ、ブロードソードの握りが片手になったフードの人物は剣の重みで体勢を崩す。
スレイドはその一瞬の隙を見逃さなかった。
再び構え直したショートソードの鞘を逆手で振る。
鞘はフードの人物の右脇腹を掠って通り過ぎた。
完璧に決まったと思ったが、スレイドの間合いの管理が甘かった。
「くそ!踏み込めなかった!」
フードの人物は数歩下がって構え直す。
やはり闘牛のような構えだ。
スレイドもショートソードを即座に左腰に構え直す。
すると同時に後方で声がした。
2人組の男性のようだ。
「そこで何をしている!!」
「まさか放火魔か!!」
スレイドは振り向くと鎧の鉄音を響かせて走り寄ってくる騎士がいた。
「よかった!こいつが……」
と、言いかけるが、すぐにスレイドは騎士たちに捕まって拘束されてしまう。
「おい、俺じゃない!もう一人いるだろ!」
「黙れ!」
「どう見てもお前しかいない!」
それを聞いてフードの人物が立っていた場所を見るが確かにそこには誰もいない。
恐らく一瞬の隙をついて逃げたのだろう。
スレイドは放火魔の容疑をかけられ騎士団に捕まってしまったのだった。
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ガウナ・リナ騎士団本部の地下にある牢屋で一夜明かしたスレイドは憔悴しきっていた。
藁で簡単に編んだ敷物の上に大の字で寝そべっているが、思いの外に寝心地がよく悲しみを誘う。
涙が枯れる頃、コツコツと石階段を降りる音が聞こえてきた。
足音を聞くに2人のようだ。
スレイドが寝る牢屋の前で足音が止まる。
「おい、起きろ」
ゴツい男の声だ。
上体を起こしてみると、そこには体格の良い角刈りの騎士が立っていた。
重厚な鎧に白いマントを羽織った、強者の風格が漂う40代ほどの男。
そして隣にもう1人、見覚えのある女騎士だ。
金色のロングヘアに鎧を見に纏い、腰にはブロードソードを差した綺麗な女性。
確か名はグレース副団長だったか。
角刈りの騎士は牢屋に近づき、目を細めてまじまじとスレイドを見る。
特に黒髪とワインレッドのイヤリングを凝視しているようだ。
「お前……もしかして、"大借金まみれのスレイド"じゃないか?」
「え?」
「冒険者ギルドでスキル・スフィアを木っ端微塵に爆散させたと聞いた」
「いえ……せいぜい粉々ですけど……」
「同じようなものだろ。こいつじゃない、釈放しろ」
角刈りの騎士が言うと、すぐにグレースが詰め寄よって、
「どうしてですかナッシュ団長。こいつは路地で怪しい動きをしていました。放火魔かその関係者の可能性があります」
そう、凛とした、またしっかりた口調で言った。
グレースの声を聞いたスレイドは眉を顰めて首を傾げた。
角刈りの騎士、ナッシュはため息混じりに口を開く。
「こいつはミライちゃ……いや、フェアリーズで働いてる娘の連れだ。一日、二日前に来たばかりの駆け出し冒険者。そんな最近、町に来た人間がここ数ヶ月続く放火事件の犯人や関係者のはずないだろ」
「そ、そんな……」
「まったく、無駄な時間をとらせおって」
グレースは奥歯を噛み締め俯く。
無言で牢を開くと"出ろ"と一言だけいった。
牢を出る際、スレイドはグレースへと横目で視線を送る。
「なんだ?」
怒気を含んだ声と蔑むような目つきに圧倒されてすぐに目を逸らす。
「いや、別に……」
「さっさとこの町から出ていけ。目障りだ」
騎士団にいる人間のほとんどが貴族であるということは聞いている。
恐らくグレースも貴族出身の騎士なのだろう。
勇者エルダーが活躍する話を思い返すに、騎士とは弱きを助け強きをくじく……そんな存在だと思っていた。
もしかすると現実は違うのだろうか。
スレイドは騎士団本部から出た。
すると、すぐに後ろから声をかけられる。
「君、災難だったね」
振り向くと、そこにはブラウンで七三分けに整えられた髪、優しそうな一重瞼のローブ姿の男性騎士が笑みを浮かべて立っていた。
「あなたは……確か」
「ドレッドだ。副団長補佐をしている」
「ああ、あの時の」
「君のこと覚えてるよ。勇敢な娘さんと一緒にいた冒険者でしょう」
「駆け出しですけど。俺に何か用でも?」
「いや、君はなぜ捕まったのかと思ってね。昨晩、あそこで何をしていたのか団長には話さなかっただろ?」
ドレッドの質問に答えるべきか迷った。
"なぜ牢にいた時に真実を話さなかったのか"、それには理由がある。
「もしかして……君は"本当の犯人"を知ってるんじゃないのか?」
「……」
「団長に真実を言わなかった理由は、その場に君が犯人だと思う人物がいたから…違うかい?」
「まさか……あなたは……」
「私はこの連続放火事件の最後の犯人、"主犯格"を知ってる」
その言葉にスレイドは息を呑む。
恐らくドレッドが言う"主犯格"だという人物はスレイドが考えいる者と同一人物だ。
それは王国騎士団・"副団長のグレース"だろう。




