連続放火事件
スレイドが初めて受けた仕事は"テレサ・リルソン"という女性のお悩み相談の依頼であった。
決して貧しそうには見えない家なのだが、テレサという女性はとても窶れて見える。
恐らく昨日の出来事に関係しているのだろう。
テレサはお茶の入ったカップをテーブルに置いた。
「どうも」
「いえいえ」
軽い会話がなされた後、テレサが自分のカップを手にテーブルにつく。
スレイドにとって、こうやって向かい合って誰かと会話するのは久しぶりだった。
「それで、どういった相談なんですか?」
単刀直入に聞いた。
ギルドの受付嬢マリンの話では、とっても簡単な愚痴聞きとのことだったので気負いはしていない。
村にいる時はよく母親(今となっては偽物であるが)や村の人たちの愚痴は嫌というほど聞いていた。
恐らくその程度のものだろうと思っていたが……何やらテレサの神妙な面持ちが気になった。
「あ、あの……相談というのは?」
「あなたは今この町で起こっている事件のことを知っていますか?」
「事件?……いえ、俺は昨日この町に来たばかりで何もわからないんです」
「そうでしたか」
「その事件というのは?」
言葉に詰まったテレサはしばらく口篭ってから、
「"連続放火事件"です。」
と答えた。
スレイドは眉を顰める。
町ではそんな酷い事件も起こるのか。
テレサは続けて事件の内容を語った。
「この事件はここ三ヶ月の間に四度ありました。そして四度とも別々に犯人がいて、その全員が王国騎士に捕まってます」
「なるほど……って、まさか……」
スレイドは昨日の出来事を思い出した。
"夫はやっていない"、テレサはそう叫んでいた。
「私の夫が四人目の犯人として捕まったんです」
「でも、どうして?」
「なんでも目撃者がいたとかで」
「目撃者って誰なんです?」
「わかりません」
「わからない?」
「ドレッド副騎士団長補佐は教えてくれないのです。なんでも個人情報が漏れると目撃者の命が狙われる可能性があるとかで」
これについては至極真っ当な話しだ。
ドレッド副騎士団長補佐についてはグレース副騎士団長とは真逆で優しそうな男性騎士だったのを覚えていた。
テレサの話しでは騎士団の中で一番、平民に寄り添う行動が多いのだとか。
「でも私の夫はやるはずがない」
「どうして、わかるのです?」
「夫は火が苦手で絶対に火の元には近寄りません。火が苦手な人間が放火などしませんし、その理由すらない」
「そういえば、なぜ放火なんですかね?」
「それが謎なんです。放火は殺人並みの重罪で、捕まれば確実に処刑されます。無意味にそんなことをする意味がわからない」
動機が不明の事件。
単なる憂さ晴らしにしてはリスキーだ。
「そこで……可能であれば、この事件を調査してもらえないでしょうか?」
「……え?」
「本当は諦めるつもりでした。悩み相談なんて偽って依頼を出したところで、こんな厄介な事件を調べてくれる人なんていないですから」
「どうしてです?」
「誰も王国騎士と揉め事なんて起こしたくないですから。だから昨日、自分で言い寄ったのですが……ダメでした」
「そういうことだったんですね」
「依頼を取り消すのを忘れていたところにあなたが来た。私はやっぱり諦めきれないです。報酬なら倍払います。もし夫が犯人だったとしても報酬はお支払いします。私は……真実が知りたい」
スレイドはテレサの涙を見た。
真実というのは時に残酷ではあるが、これからの一歩を踏み出すための要因ともなり得る。
それを自分が一番よく知っていた。
「それはいいですけど、他に何か情報はありますかね?今のままではどこで何をしたらいいのか……」
「情報……ああ、そういえば夫は仕事終わりによく"フェアリーズ"に行ってました」
「フェアリーズ?」
「この町で唯一の酒場です。もしかしたらそこなら何か情報があるのではないでしょうか?」
「なるほど。とりあえず行ってみます」
「よろしくお願いします」
スレイドは愛想笑いを浮かべながら頭を掻いた。
成り行きで受けてしまったが、これで良かったのだろうか……
そう考えていると、玄関の近くで大きな咳払いが聞こえた。
恐らく玄関からリビングへ来る間にある部屋の中からだろう。
「誰かいるんですか?」
「娘です。流行病にかかってしまったようで……ちょうど今、お医者さんに来て頂いてたんです」
「そうでしたか」
玄関にあったポールハンガーに掛けられた、"黒いシルクハット"と"黒いロングコート"はその医者のものだろう。
「あの子、お父さんが帰って来ないって毎日泣いていて……それで気から病を呼んできたんですかね」
「旦那さんの件、調べてます。あまり遅くならないよう尽力します」
この言葉にはミライの影響があった。
目の前に傷ついている人がいる……自分の力がどこまで役に立つかはわからないが、立ち向かわなかったら後悔する気がした。
スレイドはテレサの家を出た。
この町で唯一の酒場であるという"フェアリーズ"に向かう。
時刻はもう既に夕刻になろうとしていた。




