初仕事
ギルドの受付嬢であるマリンの怒りは周りで見ていた冒険者たちがなんとか宥めて抑えた。
スレイドが背負った借金は王都に土地を買って家を建てられるほどの額だという。
それほどの借金をいかにして返すかという問題によって、もはや王国騎士を目指すことや、父が残した剣術指南書にあった『黒竜の息吹』という場所を探している場合ではなくなった。
すっかり日が沈んで夜空が綺麗なガルナ・リナだったが、スレイドはそんなもの見てる余裕などない。
俯いてため息を漏らすばかりだ。
ミライは、"まぁ、やっちゃったもんは仕方ないよ"と言ってくれた。
周りで見ていた冒険者も同情してくれ、数日分ではあるが宿代を貸してくれた。
これでまた借金が増えたスレイドだったが、とにかく今は仕事をして稼がないことにはどうにもならない。
2人はギルドの近くの宿で一泊して、次の日に改めて冒険者ギルドへと赴く計画を立てたのだった。
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早朝、眠気まなこを擦りながら宿の階段を降りて入り口へと向かうスレイド。
するとカウンターにいた宿屋の主人が声を掛けてきた。
「ああ、あなたが"大借金まみれのスレイドさん"?」
「え……なぜそれを知ってるんだ?」
「昨日、一緒に来たお嬢さんが言ってたんだよ。なんでもスキル・スフィアを粉微塵に破壊したとか」
「粉微塵は大袈裟だな……せいぜい粉々だ」
「同じようなもんだろ。それより彼女から手紙を預かってるよ」
そう言って宿屋の主人は一回だけ折られた小さな紙切れを渡してきた。
スレイドは受け取ると首を傾げながらも中身を読んだ。
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大借金まみれのスレイドさんへ
さすがにあたしも協力したいと思います。
街をまわってアルバイトさがしてくるね。
スレイドは冒険者ギルドで依頼をこなしてきて。
ちなみに受ける依頼はもうマリンちゃんに伝えてあります。
必ずその依頼を受けて下さい。
将来有望なミライより
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「あるばと……ってなんだ?」
それよりも気になったのは、"もう依頼を決めてある"という一文だ。
一体どういうことなのだろうか?
「まぁ、とにかく冒険者ギルドに行くしかないか」
スレイドはミライからもらった手紙を丸めてポケットに入れると宿を出た。
向かう先は宿を出て目の鼻の先にある冒険者ギルドだ。
早朝ではあるが人通りもまばらにあることに村出身のスレイドは驚かされる。
さらにギルドに入ると、もうすでに冒険者パーティはテーブルを囲って談笑していた。
皆はスレイドが入ってくると苦笑いを浮かべる。
大借金まみれのルーキーはやはり目立つのだろう。
カウンターへ向かうと凄まじい眼光で睨むマリンがいた。
「どうもー、大借金まみれのスレイドさん。ミライさんから依頼は聞き賜っております」
「あ、ああ……」
顔は笑っているが目が全く笑っていない。
言いながらマリンはカウンターに一枚の紙を出して置いた。
「なんで、こんな依頼を選んだのかはわかりませんが御武運を……いや、戦闘する仕事じゃないので語弊がありますね」
「戦闘しない……?」
「彼女から聞いてないんですか?スレイドさんが受ける仕事は、とっても簡単な"市民のお悩み相談"です」
「え……?」
「まぁ言ってみれば愚痴聞きですね。たまに家に閉じこもりっきりの女性の方が出すんですよ、こういう依頼」
「なるほど」
「これ依頼者の名前とご住所になるのでよろしくお願いします。では一日でも早い借金返済を願ってます」
「わ、わかりました」
マリンはスレイドに小さな紙を渡してニコリと笑った。
だが、やはり目は笑っていなかった。
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昼下がりの曇り空の下、探し回ってようやく辿り着いたのは平民街の外れにある小さな平家だった。
「ここか……」
スレイドは住所と依頼者の名前が書かれた紙をポケットに入れると木造りのドアを軽くノックすると、中から弱々しく女性の声が聞こえてくる。
扉を開けて顔を出したのは、げっそりと痩せ細った30代後半ほどの女性だった。
その外見をみたスレイドは眉を顰める。
確か見覚えのある女性だ。
「ああ、まさかあんな依頼を受けてくださる方がいるなんて……」
「え?」
「いえ、立ち話もなんなので中へどうぞ」
「はい。お邪魔します」
スレイドが家に入ると玄関先に置かれたポールハンガーに目がいった。
そこには"男物の黒いシルクハット"と"黒いロングコート"が掛けられてあったが、あまり気にすることはなかった。
一つ部屋を通り過ぎて奥のリビングへと通されるスレイド。
中は4人掛けのテーブルと向かい合わせに椅子が置かれており、"どうぞ"と女性に言われるままスレイドは一つの席に座る。
「今、お茶をお出ししますね」
そう言って女性が背を向けて台所で作業している最中、すぐにポケットの中身をあさる。
そして依頼者の名前が書かれた紙を見た。
依頼者 "テレサ・リルソン"
これを見た瞬間、昨日ギルドへと入る前に起こった出来事を思い出した。
テレサとは昨日、騎士団の女騎士グレースへと言い寄っていった女性。
この人物がスレイドの初仕事の依頼者だったのだ。




