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スレイド


とある剣術指南書の末文にて



"愛する我が子が、いつか黒竜の息吹に辿り着くことを願って"



****

****より


(****は名前のようだが字が擦れて読めない)



_________________




グランディス王国



雄大な森林に囲まれたこの村は王国の最北端に位置し、辺境の地と言って差し支えない。


他の村や町などから一切遮断され、なによりも"名前"すらないという特殊な村だ。


それには理由があった。


"封印された強力な魔物"の存在だ。


代々、村の長は村の北側にある遺跡に封印された魔物を監視するという役目かあり、魔物の危険度から村を隠す必要があったのだという。



そして将来、村にはその役目を担う1人の青年がいた。


彼の名は"スレイド"。


青年はこの村の掟によって生き続ける運命にあったのだ。


__________________




北の遺跡



村から少し離れた森林の奥にひっそりとある遺跡。

誰が作ったのかはわからないが入り口には立派な柱が建ち並び、そこには古代文字のようなものが無数に刻まれている。

苔の生え具合から言っても、かなり大昔に建てられたものだろう。

さらにその奥には大きく口を開かせた"洞窟"があった。


凄まじい強さの魔物が封印されているという洞窟の中に入る者などおらず、ましてやそんなものがある遺跡に近づく者すらいない。


ただ1人を除いて……


シュン、シュン、シュン!


早朝、太陽の熱によって温められた空気は簡単な霧を生じさせる。

そんな中、鋭利な何かが空を切る音が聞こえていた。


黒髪の青年は一心不乱に剣を振った。

整った顔立ち、左耳にワインレッドのイヤリング、レザー系の服に腰には剣を納める鞘を差す。

手にはよく手入れをされた両刃のショートソードが握られていた。


相手などはいない。

その真剣な眼差しは敵となる者をただ想像だけで斬る。


「なんで上手くできない……?」


黒髪の青年、"スレイド"は1人、ボソリと呟く。


そしてすぐにその場に正座し、石床に置かれた書物を手に取るとまじまじと見た。


「俺は書かれた通りにやってるんだぞ。なんでこう、しっくりこないんだよ!」


スレイドはため息を吐く。

天を見上げるようにして倒れ込むと、森林からうっすらと見える青い空を見た。


「もう少しで村長かぁ……こんなんで村を守れるのか?」


ちょっとした焦りがあった。

いや、この感情は焦りなんかでは無い気がする。


もしかして危機感?


なぜ危機感なんてものを感じでいるのだろうか。


「俺も……"勇者エルダー"みたいになりたい……」


それは、この国に住む人間であれば子供でも知ってる英雄譚だ。

20年ほど前、グランディス王国に現れた魔王は姫をさらった。

だが魔王は1人の勇者と仲間である11人の騎士によって討伐されることになる。


それが"勇者エルダー"という青年。

エルダーは王国最強の騎士と言われ、剣も魔法も極めつくしたという伝説の男だ。

彼はその力を存分に発揮して見事、魔王を倒して姫と共に王城へと戻ったという。


スレイドは幼い頃にこの話を聞き、勇者エルダーに憧れを抱いていたのだ。


"王国騎士になりたい"


しかし、それはスレイドには叶わぬ夢だ。

なにせ彼はこの村から一歩も出ることはできないのだから。



スレイドは強く首を横に振る。


「ああダメだダメだ!俺には大事な使命があるんだ!」


そう言って上体を起こすと剣を握る。

勢いよく立ち上がり剣を左腰に差した鞘へと戻す。


「魔力が無い俺は、この剣技をモノにするしかない」


スレイドは再び目の前に敵を想像する。

そして足を肩幅に開き、右足を前に出す。

軽くショートソードのグリップに手を添え、一気に引き抜く。


この動作で剣が引き抜けるようになるまで数年は掛かった。

初めのうちは引き抜く途中で剣が鞘につっかえて全く抜剣できず。

引き抜けるようになったと思ったら、動作に遅れが顕著で実戦だと使い物にならないと感じた。


それでもスレイドが剣術を学べるのは、この指南書からだけだ。


スレイドは再び剣を鞘へ戻す。


ただ無心で続けられる"単純な抜剣動作"は夕刻まで続いた。

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