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異世界住宅 〜異世界の方々が日本で家族ごっこを始めました〜

作者: 如月 和

 私は、異世界転移をした。


 元いた世界では、ヴァルキリーなどと呼ばれ、一定以上の力を持つ戦士を死に導いて、その魂を神に捧げる仕事に就いていた。事の始まりは、刈り取るはずの戦士に、返り討ちに遭ったことだろう。


「ま、待って。貴方の望むことだったら、なんだってするから、だから、命だけは!」

「俺の望みは、お前を倒すことだ!」

「そんなことをして、なんになるのよ!」

「お前の毒牙にかかった戦士たちの、魂のために!」

「そんなこと……、そんなことのために! 貴方だって長くは保たないのよ!?」

「それでも……、それでも! 俺達は、神の道具じゃないんだっ!」


 そんなやり取りがあったのだろう。


 そうして、彼の剣が、無慈悲に私の胸を貫こうとした。その時、私が思ったことと言えば、私だって、こんなことをしたかったわけではない、ということだ。私が仕える神だってそう。誰も、人を殺してまでその魂を活用しようだなんて思わなかった。


 けれど、その世界は崩壊に瀕していて、地上の人々は誰ひとりその事実を知らなくて。その崩壊を引き起こす冥界から来る怪物を倒すためには、冥界に送り込めるように魂の状態にした戦士が必要だったのだ。


 仕方がなかった。本当に仕方がなかった。私はただ、仕事のつもりであったし、こんな、やり返されるだなんて思いもしなかった。


 私だって、元々は地上に生きた人間であったし、死後の生活も快適なもので、そんな、恨まれるようなものだとは考えてすらいなかった。


 そんな、長い走馬灯のようなものだった。剣が、私の胸を貫こうとしている。彼だって、その身体はもう、直ぐにでも動かなくなってしまうだろう。刺し違えてまでも、果たしたいと思えるほど、私の行動は罪だったのだろうか。私の目からは、その瞬間、涙が流れたのだと思う。


『すまなかった』


 そのとき、神の声が響き渡った。


『人に理解してもらえないならば、もう、私達に出来ることはない。ユイリス。辛い役目を任せて済まなかった』


 世界は、静止していた。指先一つも動かせない。ただ、表情だけは変化を起こせるようで、彼もまた、目を見開いて驚いている。


『この世界は、終わりを迎えるのが定めだったのだろう。これは……私の最後の罪滅ぼしだ。世界をあるべき姿で運営することができなかった。そんな、罪滅ぼしだ。だから私は、私は……』


 涙を堪えているような、そんな震えた声だった。


『家族を運営するところから、修行を始めたいと思う。今後の世界運営のために。君達は、私の子供に選ばれた』


 ……は?


『これから日本という国へ行って、家族として、幸せな家庭を築こうではないか!』


 ……はぁっ!?


「この野郎、くそ、この野郎が! そうまでして神は、人間を玩具にしたいのかよォォォッ!!」


 最後に聞いたのは、彼のそんな心の内だった。


 ※


 ところ変わって、リビングである。大きなテレビでは、この地域ではリアルタイムで放送されていない東京の番組が放送されており、私も部屋でそれを観ていた。土曜の午後の定番だった。


 その番組も佳境に入り、そろそろ勉強でもしようかなぁ、と思った矢先に、あることに気が付いたのだ。


「ちょっと、カイト! 貴方、また私の部屋に勝手に入ったでしょ!」

「あぁ、ちょっと消しゴムを借りに。後で返すよ」

「そのくらい、コンビニに買いに行けば良いでしょ!」


 あれから、私達は本当に日本での生活を始めていた。とある地方の、とある町。ほどよく田舎で、でも、それほど不便のない丁度いい所だった。


 コンビニは徒歩で行けるし、学校だって徒歩圏内。生前、と言っていいのかは分からないけれど、年齢はさほど変わっておらず、この世界では十六歳だった。家族構成は、もちろん神様の言う通りだ。


「ダルい。借りれば済むんだからさ、いちいち買いに行くかよ」

「だからって、いちいち私の部屋に入らないでよ!」

「はぁ、なんだよ。恥ずかしいものでもあるのか?」

「ねーし!」


 あっても言うか!


 などと、言い争いをしているのは弟のカイト。日本に来る直前まで、死闘を繰り広げていた戦士様だ。今では多少大人しくなっているが、私たちに対する当たりは少し強い。この間なんて、私が楽しみにしていたシュークリームを勝手に食べたのだ。付箋を貼って名前まで書いたのに!


 でもまぁ、再び殺し合いを始めるような、そんな険悪な状態にならなくて良かった、とは思う。両親、というか、神であったあの方は今では喫茶店を経営していて、母親役に抜擢された別の神様も、今では良い夫婦としてその仕事を手伝っている。


 なんだかんだ、平穏な生活だ。何の違和感もなく通い始めた高校も、今では友達もできて、授業にも慣れて、文明の利器というものだって、使いこなせていると自負している。


 かつての世界は本当に、崩壊してしまったのだろうか。それなのに、私はこんなに幸せな生活をしていていいのだろうか。そんな想いが頭を過ぎることもあるが、それについてはもう、どうしようもない。


 それでも、たまに、彼に話を聞いてもらう時があるのだ。最初は、打ち明けられた彼も戸惑っていたっけ。


 ――あんたも、そんなふうに思うんだな。


 そう言った彼の顔は、今でも忘れられない。


 お互いのことを、何もわかっていなかったからこそ、生まれた争いだったのだろう。彼もまた、あの世界に守りたい人が、生きて守り通したい人がいたのだ。私はそんな存在はいなかったけれど、私の行動は世界のためだと、そう信じて役目を果たしてきたのだから。


 私達は、日本という異なる世界の国で、その胸の内を明かしあった。分かり合えた、とは思えなかったけれど、少なくとも、こうして彼が普通に接してくれているのも、多少は打ち解けたからだと信じたい。


「じゃあ、私が買いに行ってあげる。ついでにアイスでも買っくるよ」

「あ、なら俺も行く」

「はぁ? なら消しゴムも買いに行けばよかったじゃない」

「最近物騒だから、護衛」

「いったいどこの世界の話だっての。いくら休みだからって言っても、まだ日は高いし、私だって弱くありません」

「泣いて命乞いしたくせに」

「うっさいバカ! だっさいパンツ履いてるくせに!」

「お前だって色気がない」

「はぁ!? ……え、なんで知ってんの?」

「風呂に入った後、洗濯機に入れてるだろ? いくら洗ってもらえるからって、楽しすぎ。部屋においておいて、後から出せよ。こっちだって恥ずかしい」

「すいませんでしたねー!」


 ふんっ、と横を向いて、そのまま部屋へと財布を取りに戻る。スマートフォンも忘れずに、と思い手に取ったとき、丁度メッセージアプリの通知が届いた。友達からだ。


 送られてきたのは何気ない文章で、これから始まる推しのライブにドキドキしている、という内容だった。お土産を忘れずに、と返しておく。東京へ行ったのだから、バナナのお菓子は忘れないでほしい。


「ねーちゃん、遅いぞー」

「ほんとに行くの!?」


 慌てて部屋を出て、音もなく階段を降りていく。


「あ、空を飛ぶなよ。この世界ではおかしな奴だぞ?」

「家の中でくらい、いいじゃない。たまに飛んでおかないと感が狂うしさ」

「あーあ。俺も剣、振りてぇな」

「中学じゃあ、剣道部でしょ?」

「あれじゃ軽すぎる。面とか視界の邪魔だしさぁ。高校でなんか、面白いのないの?」

「ないでしょ。世の中には、西洋の鎧を着て戦うスポーツもあるみたいだけどさ」

「スポーツ、って言葉がピンと来ないんだよなぁ」


 もっと適応しなよ、と笑いながら家を出た。コンビニまでは一分もかからないから、アイスに関しては本当に、冷凍庫代わりだと言っていいだろう。ちょっと高級なアイスなら、もう少し置きたいところか。


 顔見知りの店員と挨拶をして、アイスと、消しゴムを購入する。カイトには返さなくてもいいと伝えておいた。彼はどうやら、肉まんを買ったようだ。


「もうそんな季節なんだね。私には、まだまだアイスが良いけどなぁ」

「ねーちゃんは、どうせ猫舌だろ? 半分、冷ましてやろうか?」

「いらない。帰ったらポテトチップスを食べるんだから」

「あ! だからアイスかよ。ズルいなぁ。……何味?」

「私はうす塩しか食べない」

「うっわ、人生損してる。コンソメ食べないやつなんて信じらんねー」

「損してませんー。うす塩で人生潤ってますー」

「その潤いは油のお陰だろ」


 油で身潤う人生か。それが石油等だったら億万長者だろうけど、食事の面でいう油であったら、損をしているふうに聞こえてしまうかも? いや、でも、オリーブオイルならワンチャン健康では?


「オリーブオイルで、痩せたりしないかな?」

「なんだよ。天下のヴァルキリー様が肥えたのか? ポテチばっかり食ってるからだろ」

「お菓子は乙女の栄養素なの」

「それは、男も女も関係ないと思うけど?」

「でも、カイトはあんまりお菓子を食べないじゃない」

「菓子を食ったところで、筋肉は付かないからな」


 ……そんな筈ないよ。きっと。


 帰宅した後、ポテトチップスとアイスのコンボを食らうまで、私は終始、真顔であった。


 そして夜。喫茶店の営業を終えた両親が帰宅すると、我が家での夕食となる。喫茶店は午後六時までの営業で、帰宅してから調理などを経て、七時からの団らんである。


「二人は、いい子にしていたかい?」

「はい。問題なく過ごせました」


 にこやかに、神はカレーを頬張りながらそう言った。父親という設定ではあるものの、私としては、やはりまだ、上司であるという認識が拭いきれていないため、どうしても敬語となってしまう。


 対して、カイトは基本的には無視である。向かい合うのが嫌だからと、隣に座るくらいには嫌っているようだ。その間のスペースもなかなかにある。


「ユイリスちゃん。お口にカレーが付いているわ」

「あ、ありがとうございます」


 顔を寄せ、吹いてくれる母親役の神。


「はぁ、可愛い唇。食べてしまいたい」


 ちょっと変わっているのは、今のところ触れないようにはしている状況だ。面倒事は、出来れば避けておきたい。この生活が、いつまで続くのか分からないのだから、関係は良好に保ちたいし、なんか触れるのが怖いし。


「ははっ、娘との間で子作りはいけないぞ」

「はーい」


 本当に怖い。うちの神様は、なぜこうも、直ぐに子作りの話をするのだろうか。え、もしかして、いずれ妹や弟が増える可能性もあるの?


「ところで、かつての世界はどうなっているのでしょうか」

「気になるか?」

「はい」

「一度崩壊して、新たな世界として生まれ変わったようだ。私としては、その瞬間に立ち会い、その世界でも神として君臨する予定だったのだが……」

「だが?」

「もう新たな神が誕生していた。このまま乗り込んだら戦争になりかねんので、もう、ここでの生活を続けるしかないようだ」


 ……は?


「え、じゃあ、修行云々は?」

「ははっ、修行先で生涯を全うすることなど、よくあることであろう?」

「そもそも神様が修業をするとか聞いたことがないんですけど!?」

「まぁまぁ」

「胸じゃなくて肩を押さえてよお母様!?」

「ねーちゃん、うるさい」

「私の所為!?」


 そうして、私達の日本移住は決定した。


 いずれこの神が、この世界で君臨することを目標とするのではないか、と若干恐れながら、私はただ、黙々とカレーを食べた。食べ物が美味しいことは、まぁ、嬉しいことではあるか。


 今では馴染んでいるとはいえ、ここは生まれ故郷ではないのだ。当然、寂しさはある。けれど、そう、もうここで生きていくしかないのだとすれば、些細な願いは当然ある。ここは平和な世界なのだから。もっと長く、生きてみたい。そう思う。願わくば、今度こそ天寿を全うできることを願って。


 ……あ、願うべき神は目の前にいるのか。じゃあ、止めておこう。

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