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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
曲者

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昔話

 ふるえて伏せているわたしには卯木と八条が付き添い、そでと茜は中食の残りの物に干し柿だの漬物だのを添えて持ち運べるように支度した。外にまだ残っていた近所の方々が、代わりに観音堂まで運んでくださったという。白山神社からも食べ物や火鉢、炭などを運んでいったようだ。

 冬の短い日が暮れようかという時分になって、馬が何頭か駆けてきた。

「姫、姫はご無事か。光時でござる。」

いつもの丁寧な訪いの仕方ではない。ふるえがまだ治まりきっていなかったわたしは、つい、耳をふさいでしまった。

「殿様、どうかお静かに。姫さまはまだ怖がっておいでなのです。」

 卯木が応対する。外からは馬の荒い息の音や小声で馬を静めているのが聞こえてくる。どうしてこんなときにおいでになったのだろう。もう夜になるというのに。

「何者なのじゃ、どこに居る。姫をこのように怖がらせた曲者くせものは。」

 光時さまはいつになく怒っておられる。誰が知らせたのか、旅の坊様たちがわたしを怖がらせたことを、心配してきてくださったのだとわかった。そでと卯木が事の次第を光時さまに説明している。光時さまはあらましを聞くとそのまままた馬上の人になられた。観音堂へ見に行かれたという。

 しばらくして夕餉をと言われて、わたしはやっと囲炉裏端へ出てくることができた。ぬくもりと近しい人たちの声の中に出てきてほっとする。温かいものを口にしてやっと緊張が解けてきた。卯木によると、光時さまには白山神社の神主どのが馬を走らせて知らせくださったのだという。

「相手がお坊様であるということさえ知られぬまま、とにかく姫さまを気遣って大慌てで駆けて来てくださったのでございますよ。姫さまがご無事と分かって安堵されておいででした。」

「そうなのですね。でも今日はとてもお目通りはできないわ。」

「ご安心くだされ、姫。殿さまの御家来衆も参じて下さりましたでな。もうあの怖い者どもはこちらへは参りますまいぞ。」

 そでも言った。定信寺というのは元はこの辺りで随一の由緒あるお寺だったのだそうで、今でも雲水などという旅のお坊様が来ることはあるのだそうだ。だがこんなふうに家まで訪ねて来られるとは思わなかった。もともとお坊様はきらいだ。長々とお経を読む大きな声がいやなのだ。

「お経の声がここまで届いたりはしないかしら。」

「殿さまがきつく申し渡して下さりましょう。御心配には及びませんよ。」

「お施餓鬼のときも、ほとんど聞こえてこなかったのですから、大丈夫でございますよ。」

 皆が口々に慰めてくれた。そのとき台所の煙出しの格子をコツコツ叩く合図があった。丑吉が、人が来たのを知らせてきたのだ。そでが表戸を少し開けた。来たのは光時さまだった。

「夜分済まぬ。あの坊主どもは厳しく叱っておいた。明日の朝には出ていくそうじゃ。この辺りを歩くときは声を立てずに行くようにと言っておいた。念のために今夜はここに火を焚いて、寝ずの番をつけておく。ところで卯木どのと話がしたいが。」

呼ばれて出て行った卯木は、しばらく光時さまと小声で話をしていたが、

「お役に立てず申し訳ござりませぬ。」

と言って戻ってきた。

「何かあったの。」

と尋ねると、困った顔をして光時さまに聞いたことを話し始めた。

 光時さまが観音堂へ着くと、3人の雲水は狭い観音堂の中で、座禅を組んでいたが、光時さまが訪いをいれると禅を解いて話を聞いてくれた。光時さまの話が終わった後、師匠格の人が

「お尋ね申すが、下の家にお住いのお方は、ひょっとして先の帝の姫君ではございますまいか。もしそうならば、拙僧にはそのお方と古いえにしがございます。」

と言い出した。聞いてみると、その雲水は若かりし頃都の古刹に居て修行をしていたが、そのころ宮中から幼い姫がおのこの声を怖がって泣く、おそらくは前世からの因縁であろうが、この因縁を法力で断ち切っていただくことはできますまいか、という依頼があったという。

「わたしもまだ年若く血気盛んでございましたから、おかわいそうな姫君をお助けする一助になればとて、兄弟子を差し置いて参内に志願いたしました。高貴な方々とお近づきになりたいという世俗の欲もございましてな。」

 そこまで聞いて光時さまはまた不信の念を持った。定信寺が焼け落ちて今は廃寺になっていることは世に知られておる。近所にも昔の栄華のかけらさえ残ってはおらん。そこへわざわざやってきて、あまつさえわび住まいの姫を脅かすようなまねをするのは、噂を聞きつけた盗賊かあるいは都の方より発せられた間者の類かと考えを巡らせたのだ。

 それ故に適当な返事をして観音堂を離れると、卯木に昔の話を聞くべく、帰りに立ち寄ったのだという。

「姫さまは憶えておいでにならないかもしれませんが、お小さいころにはお(かみ)がそういった方々を何人お呼びになったかわかりません。最初はおとなしく座っておられる姫さまも、お経が始まると泣き叫んでご自分の部屋へ逃げ帰ってしまわれましたし、わたしはそうなると姫さまを追っていかねばならず、いちいちどこのお寺の方やら憶えてはいないのでございますとお返事申し上げました。」

 そうなのだ。お父様はどれだけわたしが嫌がっても、なんとか神仏の力に頼ってわたしの気性を治そうとしておられた。帝からのお声がかりとあらばどんな寺社も人を出さないわけにはいかない。因縁を絶つだの祈祷や折伏だの、そういうことを普段なさらない宗派のお寺さえ、障りになっている祖先を供養してほしいと言われればいやとはいえなかったのだ。お父様があきらめてくださったのは、わたしが大泣きして何日も食事を受け付けない、このままでは死んでしまうとお母様がお願いしたからだと聞いている。

「本当に御所へ祈祷に来てくださった方かどうか、卯木にもわからないのね。しかたないわ。」

 子どもの頃の自分のことは、わたしはほとんど憶えていない。憶えているのはいやなことがあるたび大泣きしていたことだけだ。泣くのも叫ぶのも自分で止められなかったのだから仕方ない。兄上たちでさえ、わたしが皆より小さいのは、子どものころ泣いてばかりでちゃんとご飯を食べなかったせいだというくらいなのである。

 ともあれ、この寒さである。火を焚いているとはいえ、外で寝ずの番というのは申し訳ない、と言ったら、そでが、丑吉を白山神社へ走らせてお神酒を分けてもらってきたから大丈夫だという。神様のお酒というのは寒くならないのかしら。


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