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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
曲者

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狼藉者

 天気は良くても、霜が白く、風の冷たい日が続いていた。霜というものは昼間暖かくなると溶けるものだと思っていたが、日陰で溶けないといつまでも冷たく固まっているものだと初めて知った。溶けたら溶けたで、今度は泥んこになる。珍しく風のない暖かい日に散歩にでかけたら、草履も足も泥だらけになってしまい、帰った後そでに湯を用意してもらって足を洗うはめになった。足は湯につけている間は温かいが、乾かしているうちに冷えてしまう。火鉢を作ってもらって、手と足を温めないと、物語を読む気にも笛の修練をする気にもなれない。

 火鉢に入れる炭火が用意できるまでは、みな囲炉裏端に集まる。手を伸ばして火にかざすと暖かいが、着物に火が燃え移ることがあるので注意しなければいけないとそでに言われた。囲炉裏はいい。人が温まるだけでなく、お湯を沸かしてお茶を入れたり、お汁を作ったりできる。寒い日はおなかがよけいにすくのか、お汁やおまわり(おかず)のにおいがすると、うれしくなってしまう。ここへ来るまでは囲炉裏なんて見たこともなかったので、部屋の火鉢の用意ができてもしばらく囲炉裏の間にいることもあった。囲炉裏を囲んで、めいめい違うことをしているのも見ていて楽しい。

 わたしが面白いと思ったものは、おまわりを作ることだった。自分の食べるものがどうやって作られているのかなんて、今まで気にしたこともなかったが見ているととても面白い。台所でそでや下働きの女が野菜を洗って小さく切ったり皮をむいたりしたものを、囲炉裏にかけた鍋で煮るのだ。最初は水だったものが、鍋の中でふつふつと煮えてきてだんだんいい匂いがしてくる。煮干しという海の小魚をからからに干したものを一緒に煮ると、汁もおいしい味になるのだそうだ。硬かった芋や野菜も柔らかくおいしくなる。からからだった煮干しさえ、煮ると少し魚らしい柔らかさに戻る。

 そして何よりも楽しいのは、塩や味噌を入れた後で「味見」と言って少し食べてみることだ。とても熱いので息を吹きかけてさましてから、ほんの少し食べてみる。汁だけでなく、野菜などが柔らかくなったかも食べて確かめてみる。味が薄ければ塩や味噌を増やし、辛かったなら水を増やすのだそうだ。おいしく煮えたら、鍋をおろしておいて、少しさめてから食事にする。囲炉裏端でお汁ができるのを見ているようになってから、また少しごはんを食べるのが楽しくなってきた。寒い日は温かいお汁がとてもおいしい。

 そんな風の強い寒い日の昼下がりのことだった。表戸がいきなりドンドンと激しくたたかれたのである。

こんな訪い方をする者は今までなかった。わたしが大きな音や殿方の声がこわいということは秋の祭りのときに村の皆にも知られるようになったからである。

「たのもう、たのもうー。」

 皆わたしと一緒に固まっていて、返事どころか動きもしなかったので、とうとう外から声がかかった。聞いたことのない声、しかも大音声である。思わず耳をふさいでうつむく。卯木や八条がわたしをかばうように寄ってくる。そでがあわてて表戸の近くまで寄って、声をかけた。

「ど、どなたじゃ。ここが奏子姫さまの家と知っての狼藉か。」

「はぁっ? なんだって。」

「これ、(ぜん)(しん)。女人相手に大声をはりあげるな。こわがっておられるぞ。」

「ならばはじめからそなたが行けばよかったであろう、(こう)(ねん)。お師匠様が疲れておいでじゃとそなたが言うから…。」

「あ、あのう、お坊様…。」

 そこへ聞き憶えのある声が聞こえてきた。一番近い家のあるじ、治助どのの声だ。おそらく丑吉が呼んできたのであろう。こういうときしゃべることができない丑吉は、ご近所の治助どのによく手伝ってもらうのだ。

 治助どのと外の人との会話を聞いていたそでによると、お二人は鎌倉のお寺からやってきた旅の坊様で、善信さまと孝然さま。もうおひとりお師匠格の浄円さまという方が、定信寺の観音堂で今、休んでいらっしゃる。朝から食事ぬきでここまで歩いてきたので、何か食べ物を寄進してもらおうと戸を叩いたという。

 そのうちに、近所に住む村の人たち、知らせが行ったらしい白山神社の方々などが外に集まり始めた。何人かは鎌だの棒だのを持っている。みな、この家が女ばかりなのを知っていて、心配してきてくださったのだ。 

「なんじゃ、なんじゃ。我らは怪しい者ではないと言っておろうが。なぜくわだの鎌だのを持ってくるのじゃ。まったく。」

善信坊は声を荒げる。そこへ神主どのが口をはさんだ。

「もし、お坊様。わしはすぐそこの白山神社を預かるもので、秋月豊資と申す者でござる。実はこの家はここいらのご領主、亀井家にゆかりのある女人がお住まいで、全くの女所帯。と申しますのも、主が男の大声をひどく恐れる性分のお方なのです。できればその、お坊様の法力あるお声をば、もそっと小さくしていただくわけにはまいりませんかのう。」

 集まっていた村の人々が一斉にうなずくのを見て、お坊様方は顔を見合わせた。大声の善信さまが頭をかき、孝然さまが代わりにやや抑えた声で答えられた。

「それは知らぬこととは言え、失礼をいたしました。そのようなお方の前ではこの善信のしたことは無礼極まりない狼藉、村の衆がご心配なさるのもごもっともでございます。どうぞご容赦ください。この孝然が代わりに謝りまする。」

 そこへ、そでが表戸をあけて出て行った。

「わかっていただければよろしゅうございます。お坊様。どうぞ頭を上げてくだされ。お布施がわりの食べ物は今から観音堂へお届けいたします。ただ姫さまがひどくおびえておいでなので、どうかこの場からお引き取りを願えますまいか。」

 またまた村の衆が一斉にうなずいた。二人の坊様はばつの悪そうな顔で一礼すると、観音堂への坂道に向かって歩き始めた。


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