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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
秋祭り

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23/27

大一番

 拙は祭りの前日から豊資(とよすけ)どののところに泊まり込んだ。例によって女子おなご衆は徒歩だが、大殿はじめご家中の方々は馬でおいでになる。馬をつなぐ場所と飼葉を用意せねばならない。豊資どのの指図で小者なのか手伝いの村の衆かわからぬ人たちと、杭を打ち、馬つなぎ柵を作る。飼葉は村の子どもたちも手伝って刈り集めてくれた。姫さまから男どもは離れるようにと言われたそうで、馬をつないだらそのまま見物席に入ってもらい、神社の境内の一角、蔵の横に天幕を張ってお茶出しをするとのことだった。逆に女子衆は豊資どのの家で、休憩を取るらしい。

 姫様は祭りの早朝、神楽の出演者の面々といっしょに神社でお祓いを受けると、そのまま神楽の始まるまで豊資どのの家で御休憩なさるそうだ。となると、見物においでの大奥様とも顔を合わせることにならないか? これってヤバい!? 急ぎ小汚い字を顧みず文を書き、光時さまへのお使いをさがす。拙と同じくらいの年恰好の百姓の倅が、農耕用の裸馬に乗れるというので、行ってもらうことにした。

 ついでに拙は西の院へ走って、卯木様にご注進する。

「弥太どの、よう知らせてくださいました。姫様にも心づもりをしていただかねばなりませぬ。」

 お礼にと柿を御馳走になる。西の院にある柿の木に生ったものだそうな。甘くてうまかった。使いをしてくれた奴にもお礼にやろうと思って、一つは食べずに持って帰った。

 戻ると、舞台づくり用の紅白の布を巻いた綱だの、筵だの、薄縁だのを並べて、豊資どのが正装をしてお祓いをしているところだった。村の衆の後ろにこっそり混じって一緒にお祓いをしてもらう。この前会ったときの豊資どのとは別人のようにきりっとして有難い風情である。

 明日の舞台づくりの手順は、村の衆がわかっているから手伝えばよいとのことであった。あとは蔵の横手に天幕と目隠しの幕を張って、お茶出しの場所を作ることと、社殿のある一段高いところに板を並べて薄縁を敷いて、神楽の演者たちの控え場所を作ることだった。今日の仕事はここまでだ。解散前に濁り酒が一杯ずつふるまわれた。あすの神楽の後は宴会になるという。

「弥太どのもどうぞ。」

と栄資どのに酒の湯飲みを勧められたが、拙は半人前みせいねんだからと遠慮しておいた。それではと海苔の巻かれた米の飯のおむすびを貰った。塩がきいていて旨かった。塩も海苔も海が遠いこの辺りでは御馳走である。お使いに行ってくれていた村の坊主も帰って来たので、柿とおむすびをわたして労ってやった。短い返事の文をもらってきていて、「母上及千代此事承知ちよたちにはしらせておいた御注進被下候事感謝しらせをくれてたすかったよ 光」とある。よかった、拙のへたくそな文だが通じているようだ。


 祭りの日は早起きして、朝にみそぎ代わりの湯あみをして仕立て下ろしの着物で神社に行った。演奏する者と舞を舞う者とあわせて十人くらいがお祓いを受ける。神主の祝詞の間は耳をふさいでやりすごした。

 お祓いの後は神主の妻や娘たちに案内されて奥の部屋に通された。わたしの着物の秋草の縫い取りの模様が素晴らしいと、やたらにほめそやされる。卯木を交えてしばらく着物談議に花が咲いた。しばらく待っていたら、千代さまがおいでになった。

「殿と二人で、先に馬で参りましたの。姫さま、今日は晴れ舞台ですわね。もうすぐ大奥様もお出でになると思いますわ。」

 にっこりしてうなずく。少し緊張しているのだ。光時さまのお母様との対面のご挨拶は、昨日家で卯木と練習してきた。うまくいくといいのだけれど。光時さまは馬をつないだら神社の方から入って、先にわたしの席の近くにいてくださるという。

「千代さまっ、皆さまお出でになりましたよ。」

はあはあと息を切らして、はるがやってきた。先触れをするべく走って来たらしい。

「ありがとう、はる。走ってきて暑かったでしょう。台所で水を飲ませてもらいなさい。」

千代さまが言って、立ち上がった。はるをここの女たちに頼んで、戻ってくると間もなくわらわらと人の気配がした。卯木と同じくらいの年恰好の、地味な色合いだけど物はいい着物を着た人が先頭で、全部で七、八人ほど入ってきた。先頭の女の人だけが、わたしたちの方に来て座る。卯木が合図をして、わたしがお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、奏子でございまする。亀井のおしゅうとめ様にはごきげんうるわしゅう。」

そこまで言ってから、顔を上げる。でも相手の人の顔は見られない。練習してきた挨拶の言葉を淡々と続ける。

「お目通りがかように遅れましたことは、どうぞひらにご容赦下さいませ。侍の家の作法には疎い身でございますれば、今後ともよろしゅうお導きのほど、お願い申し上げまする。」

そこでもう一度お辞儀をした。ゆっくり三呼吸分、頭を下げているのだけれど、途中でもう声をかけられた。

「お顔を上げてくだされ、姫さま。」

 ここでやっと目の前の方のお顔を見た。卯木よりも自信に満ちた物腰の、ふくよかなお方である。

「光時の母、三芳みよしと申しまする。わたしももとは商人の生まれ。侍の家のことはこちらに嫁ついでから憶え申した。姫さまは我らとは比べ物にならぬやんごとなきお生まれ。無理に侍の家風に染まっていただこうとは思いませぬ。どうぞ末永く我が亀井の家に安泰をもたらしてくださるお守りとなってくだされ。このはは、伏してお願い申しまする。」

双方もう一度お辞儀をして、ご対面の挨拶は終わった。

 と、息をつくまもなく、入口の方が騒がしくなる。あの笛方の子供だ。

「おーい、お姫さま。これからみんな自分の位置につくんだけど。」

「これっ、おのこは大声をあげてはならぬと言われたであろう。」

神主の妻が、小声でしかりつけているのも一緒に聞こえた。出番らしい。

「では、行ってまいります。」

 卯木に手伝ってもらって笠をかぶると、笛を持って立ち上がった。


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