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報謝

「白山神社の祭りに、姫さまが神楽の演奏をするとな!?」

 西の院からの知らせに、お館は大騒ぎになった。姫は風に乗って聞こえてきた神楽の馴らしの音を聞きつけて、自分から出かけて行って参加させてもらったのだという。そんな事情ではダメだと止めるわけにもいかない。姫ご自身は市女笠を被ったままで演奏をなさり、顔は見せない。神楽は境内に綱を張って、その中を舞台に見立てて演じるのだが、姫さまだけは社の一角に勾欄を張り出して、円座を敷いて、そこで演奏していただくのだという。

「先を越されましたね、殿。」

 千代どのが笑う。光時さまはご幼少のころ、大滝の八幡神社の田楽で笛の演奏に興味を持たれ、たしなまれる様になったので、いつかはご一緒に神事の楽を演奏したいものだと思っておられたのだとか。

「こりゃあ、見に行かねばなりませんなあ、光時さま。」

「おなごどももきっと出かけると言いますぞ。」

「弥太、親父殿に頼んで、我らの席を作るよう話をつけてもらえ。」

 白山神社の神主は、拙の親父殿の従兄弟である。白山神社の神主の家は拙の婆様の実家なのだ。大滝には八幡神社をはじめ氏神様があるので、白山神社は領内だけれど大滝からわざわざ出かけていくことはないと言っていい。拙も祭りなんて子どものころに婆様に連れられて見に行ったきりだ。神楽よりおさがりのおむすびを食べたことしか憶えていない。

 その日の晩におそるおそる親父殿にこの話を持ち出すと、

「わしも聞いたわ。明日、豊資とよすけのところへ行ってくる。まあ、噂が広まれば今年の祭りは大入りじゃろうな。あれもほくほくじゃろ。お前も来い。顔つなぎをせにゃならん。」

と言われた。豊資というのが神主の名前らしい。神楽を間近で見るには報謝(チケット代)を払わねばならぬ。見物人が多ければ神主の儲けが増えることになるのだ。翌日馬を並べて山向こうの出水まで出かけた。神主の家は神社の脇にあり、拙の家より大きくて立派な造りだった。拙の分までお茶が出て恐縮する。跡取りの栄資えいすけという人も同席された。この人は兄の弥平よりも年上であると見た。

「これが惣領か、それとも繰り上げのほうか。」

「次男よ。今はまだ弥太じゃが、そのうち…」

「惣兵衛を継ぐのか。」

 親父殿はうなずいてにやにやする。拙は冷や汗が出る。惣兵衛は親父殿の、というよりうちの家長が名乗る名前だ。

 祭りは、例年は舞台の正面に当たるところだけに報謝の必要な良い席を作るが、今年はそれを左右にも広げて、大勢入れるようにする。姫様がお座りくださるところは舞台や囃子方を見下ろす位置になり、ここの周りには余人を入れないようにしておくが、万一があるといけない。狼藉者を出さぬためにも警護の侍を出してくれぬかという。承知して特別席を二十人分確保してもらった。警護はこちらでもつので、代価は米一俵である。

「こんな値ではちと安すぎるぞ。敷物を誂えるにも銭がかかるのじゃ。」

「嫌なら別にわざわざやってもらわんでええ。光時さまに願い出て姫さまを祭りに出さぬよう、止めていただくまでぞ。」

「くーっ、相変わらず吝嗇しわいのう。よう憶えとけ栄資、このくらいしまり屋でないと別当は務まらんぞ、のう弥太どの。」

 栄資どのと拙は苦笑いするしかなかった。米は出水の別当に話をつけて、年貢米から差し引きしてもらうことにする、という。運ぶのが重いから近くで調達する方が便利なのだ。帰りがけに姫さまのために造ったという張り出しのところを見せてもらった。うまい具合に松の枝が伸びていて、囃子方の座るあたりからは姫さまが見えるが、見物人からはいらっしゃることがわかる程度にしか見えない。そうなれば見たくなるのが人情というものなので、警護が必要というのはよくわかった。

 ついでに出水の別当のところへも寄る。ここでは娘が巫女舞のおさらいに余念がなかった。豊資どのの娘御はもう縁づいていて、祭りの時だけ帰ってきて巫女舞を教えているそうな。巫女は嫁入り前の娘でないと務まらないのである。

 出水の別当は代替わりをしたばかりで、うちの親父殿には先達として一目置いているらしい。米一俵の件を快く引き受けてくれた。もちろん娘の晴れ姿を見るべく、この人達も報謝を払ってよい席に座るのである。

「ときに、弥太どのの元服はまだかのう。弥平どのを狙っておったんじゃが、あてがはずれてしもうての。」

 何を言われているのか最初わからなかったが、娘の縁談先と気づいてあわてた。

「なあんの、こやつはまだひよっこよ。嫁取りなんぞいつになるやら。」

 巫女舞の稽古をしているのは、はると同じか年下だろうとわかる子供だ。親父殿がいなしてくれて助かった。元服? 嫁取り? でも光時さまは十六で、兄も十七で嫁を貰っている。あと何年かすれば…いやいや拙は何といっても先に別当の仕事を憶えねばなるまい。


吝嗇しわい というのはドケチってことです。別当というのは財務担当者というべき仕事をする人なので、まあお金に細かくても仕方ないですよね。

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