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9.三つの選択肢


この場所で生きていくために、まずは常識と魔術を身に付けたい。


そう考えていると、ルミエにも同じようなことを言われた。


「ルヴェファ様の場合は、まず、ここでの常識や魔力制御を身に付けた方が良いと思います。事件事故に巻き込まれる可能性が高くなりますし、自衛もできませんからね」

「うん」


ということは、これからの常識や魔術の勉強については、協会が保護して教えてくれるということで良いのだろうか。そして一人前になったところで、独り立ちするのだろうか。


いやでも、私を領主や神殿には渡したくないんだよね?じゃあ、どうするのだろう?

ずっと協会の保護下に置かれ続けるのだろうか。


「私は働ける?」

「…………一般の職業は、難しいでしょうね。率直に言いますと、ルヴェファ様は、この国で一番、世界でも五位以内には確実に入る程の、魔術階位の高さです。これほどの強大な力は各国の均衡を崩しかねません。国に管理されるか、魔術師協会に所属するか、神殿で聖女にでもなるか、といったところですね」


なるほど。この三つは別々なんだな。国が一番上にあるという訳ではないようだ。


そして先程ルミエが言っていた、領主や神殿には渡したくないという言葉は国と国の均衡だけでなく、国内の神殿や協会との均衡のためでもあるのだろう。



国や神殿に渡してしまうのは危うくて、協会であれば均衡を上手く保てるという自信があるようだが、果たしてそれを信用しても良いのか。


ルミエのことは信頼できるが協会長として私を利用しないとは限らない。

いや、別に利用して欲しくないとか、逆に恩返しのために利用して欲しいとかの心配をしているわけではない。


出来るだけ安心安全なお家に住みたいというだけなのだ。そして、この家は大丈夫かしらと強度を確認したいだけなのだが。

何となく引っ越しは大変だろうし、派閥を変えるのも大変そうだからね。




取り敢えず、私の行先がこの三つしかないのであれば、それぞれがどんなお家が聞いてみよう。


「国に管理される、って何をするの?」

「外交上の切り札、そして軍事力として期待されるでしょうね。望めば経済的に不自由のない贅沢な暮らしができますが、居住地や魔力の制限はかけられるでしょう」

「魔力の制限って何?」

「どのような魔術をいつ、どれだけ行使するか、というだけでなく、魔力そのものの行使について、国が管理するということです。国の要請によって魔術を行使し、魔力を提供し、或いは魔力を操作してはならないというような契約をすることです」


なるほど。それが仕事ということだな。結構、対価の大きな契約である気がする。それに居住地の制限も、厳しくされれば軟禁状態になってしまいそうだ。


うん、無し。



「神殿の聖女は何をする?」

「国よりは自由度が高いですが、似たようなものですね。神殿の権威を高めるために聖女として主に回復系の魔術の行使を求められることになるでしょう。神殿には治療院が併設されていますから、そこで奉仕活動をすることになります」

「国よりは自由なの?」

「はい。聖女として活躍させ、名を広めることが目的になるでしょうから、魔力の制限は国よりは厳しくないかと」


ふーん。まぁ、それも一つの仕事だよね。


国と同じように居住地と魔力の制限が、ある程度はありそうだ。神殿内で私自身の立場が安定するまでは、厳しい生活になるかもしれない。


うん、無し寄りかな。



「魔術師協会に所属するのは?」

「こちらは基本的に、ある程度は自由ですね。最初に必要な知識や魔術をお教えします。その後はご自由に依頼を受けるなり、誰かに師事するなりしていただいて構いません。時々、国や神殿から指名依頼が来た場合は受けて頂きますが、それ以外は自由ですね。自立できるまでは最低限の衣食住や、必要な物資の支給は致しますが、贅沢三昧はできません。そして、協会の魔術師として登録した後は、協会の規則に従って頂きます」

「国や神殿からの干渉は止めないの?」

「お手紙や指名依頼はこちらで選別しますし、ルヴェファ様をそちらに取られるような動きは回避します。ですが、正当な手順を経たもので、問題がないものであれば、干渉は止めません。まぁ、この辺りは今後、変化するかもしれません」

「誰か個人に付いてもいいの?」

「国内外に騒乱をもたらすような、均衡を崩すような場合には調整しますが、依頼を受けて誰かの専属魔術師になっても良いですよ」


おぉー。これは結構、有りかも。


贅沢三昧は特に興味がないし、何より自由度が高い。必要な知識や魔術と言っているが、国や神殿のように制限や偏りは少なそうだ。


自立して、協会の魔術師になって、依頼を受けて生活する。うん、良いかも。国や神殿関係の面倒事も引き受けてくれるようだし、居住地と魔力の制限もない。


うん、このお家に決めた!



「私は、魔術師協会がいい」

「ありがとうございます」


ルミエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。その笑みは自分たちが認められて嬉しいというような、はにかんだ笑みだった。


もしかしたら、自分たちに都合の良いように説明したのかもしれないが、ここまでの心証からも私の心は大丈夫そうだと言っている。




「そう言えば、魔術階位を誤魔化せるような魔術や道具はある?」


これから協会で過ごすのなら、国や神殿に私の情報がなるべく渡らないようにしたい。

協会内がどれほど結束が強いのかは分からないが、廊下でお客様とすれ違うこともあるだろうし、どこから話が広がるかは分からない。


見目で判断できるというのなら、髪色や瞳の色を変えられるようなものが必要だ。

それに毎回毎回、跪かれるのも心が疲れる。


そう思ってルミエに尋ねると、彼はあっさりと頷いた。


「はい。ございますよ。魔術も魔術具も、姿を擬態するものから、魔術階位そのものを擬態するものまで」

「それは私にもできる?」

「魔術で擬態するには、まず基本的な魔術や魔力制御を学ぶ必要がありますが、いずれできると思いますよ」

「じゃあ、それまで擬態できるような道具はある?」

「はい。主に二種類、御座います。ディグセという魔術具と…………ヘディの鏡という魔術具です。ヘディの鏡は協会が保有する秘宝のうちの一つですが、ディグセは通常の魔術具です」

「ヘディの鏡とディグセはどう違うの?」

「ヘディの鏡では自分以上の魔術階位の擬態ができます」

「自分以上?」

「はい。通常は自分以下の階位または自分以下の階位の姿に変化させることを擬態と言います。しかし、ヘディの鏡を使用すると、自分が知るものの中で自分以上の階位の姿にも擬態できます。魔力量や魔力許容量は増えません。あくまで擬態ですからね」

「階位が高い人にはあまり利点がない?」

「そうですね」


まぁ、私は自分以上に擬態することは目指していないし、自分以上の存在なんて知らないから意味がないのだけれど。


それじゃあ、ディグセとか言う方の魔術具は、通常の自分以下の階位に擬態する物なんだな。


「ディグセは私も使える?」

「そうですね…………市販のディグセはルヴェファ様の階位に耐えられないので使用できないと思いますが、ご自分でお作りになれば、使えますよ。これにも、ある程度の魔力制御が必要になりますが、それほど製作が難しい魔術具ではありません」

「自分で作る…………」


それって、結構遠い道のりなのでは?と思ったが口には出さなかった。

ルミエのなんてことないと本気で思っている表情を見て、意外と簡単なのかなとも思ったからだ。



兎に角、魔術で擬態するにせよ、魔術具を作って擬態するにせよ、基本的な魔力制御と魔術を覚える必要があるようだ。


「これから協会で魔術と常識を学びたい」

「はい。承りました」


軽く目を伏せて、目礼してくれたルミエに私はほっとして笑みを浮かべた。


そして止まっていた手を動かし、黄梨のスープを飲み終えてしまう。




カルメによって取り替えられ、新たに目の前に置かれた平たいお皿には、白銀の斑模様のある深い群青の皮のついた白身魚が、ちょこんと乗せられていた。蒸されているのか、焼き目はなく、周りにお洒落な模様で緑色のソースがかけられている。


周りのソースをつけながら、魚を一口、口に入れると、想像以上の美味しさに驚いた。白身魚は淡泊だがしっとりとした食感で、緑色のソースは果物のような華やかな香りと先程の黄梨と似たような爽やかな酸味のある味だった。


「カルメ、このソースは?」

「青梨と檸檬油のドレッシングで御座います」


青いのかはよく分からないが、梨ということは先程の黄梨と似ている物なのだろうか。そして檸檬とドレッシングとはなんだろう。



私がまた首を傾げていると、ルミエはくすりと笑って、先程と同じように解説してくれた。


「青梨は本来、夏に収穫される野菜なのですが、最近、温室栽培という技術が開発されまして、この料理に使用されているのは、そこで採れたものだと思われます。青梨も梨の一種ですね。温室栽培は北の雪原の一部で行われております。そして、檸檬油はサタロナ王国では冬の代名詞とも言われるほど一般的なものです。檸檬は秋に収穫されますが、そこから冬支度の時に様々な物に加工されます。油はその一つで、料理の風味付け、ドレッシングだけでなく、ハンドクリームや石鹸などにも使用されます」

「檸檬のハンドクリーム?」

「宜しければ、ご用意させましょう」

「ありがとう」


檸檬は恐らくこの爽やかな香りのものだろう。この香りのハンドクリームとは楽しみだ。


私が目を輝かせてお礼を言うと、ルミエは妹を見るような目で私を見て微笑んだ。


「そのようなところは、見た目相応に見えます」

「私、何かおかしい?」

「いえ、これまでの会話では、ルヴェファ様は思慮深く聡明な部分が前面に出ていましたが、そのように同年代の少女と変わらない反応を示されることもあるのだなと、安堵しております」

「安堵?」

「はい。賢い、頭が良いということは、色々なことが理解できてしまう分、心にも負担がかかりますからね。考えすぎは身体に良くないとも言いますし。しかし、頭の良さも一つの手札になるでしょう。そして、年相応に振る舞えるということも」

「使い分けが大事ってことだね」

「はい」


良く出来ましたと褒めるように目を細めて笑みを浮かべるルミエに、私は笑顔で頷いた。


こういう部分をきちんと指摘して、どうすれば良いかを教えてくれるのは有難いし、貴重な存在だと思う。


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