84.古代魔術と色の階位
翌日。私たちはいつも通りに朝食を取って、それぞれに執務室と小会議室に向かった。
本来であれば、今日はセヴェの日で休日なのだが、いよいよ明日は、王城へ向かう日だ。
なので、明日を休日にして、今日を勤務日にすることにしたらしい。
それに合わせて、私もお勉強をすることにした。早速、カルメが本を持って来てくれる。
今日の一冊目は『世界魔術総覧』。少し分厚い本だ。
目次を見ると、西大陸、中央大陸、東大陸のそれぞれの国々の、魔術について解説しているようだ。
例えば、発動の際に唱える略式詠唱となる部分の、あの不思議な言葉。これは古代魔術語で、世界共通らしい。
それ以外の部分の詠唱は各国の言葉なのだが、最後の部分は共通、というのは不思議だな。それに覚えるのも楽でいい。
他には各国の過去、現在の等級外魔術の情報。これは公になっていないものも多いようだけれど、有名なものだけ、どのような魔術なのかが書いてある。
魔術の内容としては、特に目新しいことはなかったな。覚書も少しだけ書いて、私はすらすらと読み終えた。
本を閉じて一息ついた。一冊目についてカルメからの確認問題がないことを確認した私は、二冊目を手に取った。
二冊目の本の題名は『古代魔術』。
古代とは王国やその前身となった国などができる前、魔術暦が定められるよりももっと前、何千年以上も前の時代のことだ。
当時は原始的な魔術しか存在しなかった時代だ。だが、古代魔術語は現代よりももっと馴染み深い存在で、詠唱や魔術の仕組みも、現代とは異なっていたようだ。
喋りかけるような詠唱が使われていたのではないか、という説や、略式詠唱のみで魔術を発動させていたのではないか、という説などがあるようだ。
前者の説はそれこそ、ルクスの等級外魔術である詠唱詩のようだ。というか、ルクスはここから着想を得たのだろうか。
そんな感じで古代魔術の研究について分かりやすく書かれている、あまり分厚くない本を読み終えた。ささっとカルメからの確認問題も解いて、私は休憩をすることになった。
「オデット様。お疲れ様です」
「ルクスもお疲れ様」
やはり、ルクスは私が先程まで、何の本を読んでいたのかを知っているのだろう。というか、ルクスが選んでいるのかもしれない。
質問待ちのうずうずとした様子で、こちらを期待の目で見てくるので、私は早速、先程の疑問を本人にぶつけてみた。
「ルクスの詠唱詩は、古代魔術の説から考えたの?」
「そうですね。きっかけはそうだと思います」
「きっかけ?」
「はい。私は元々、詠唱の研究をしていました。等級外魔術は詠唱分離が先にできてしまって、そこから詠唱の研究から、古代魔術語の研究に発展していき、その過程で、あの説を知りました。似たようなことを再現できないかと考えるきっかけになったのです」
「へー。じゃあ、再現できた、ってこと?」
「いえ、その…………」
私が尊敬の眼差しでルクスを見ると、彼は何故か、視線を逸らした。
どうしたのだろう、と私がじっと返事を待っていると、ルクスは少し恥ずかしそうにしながら答えてくれた。
「実はその、何故か、古代魔術語を解読できてしまいまして…………」
その言葉に、私は色々と疑問が溢れ出てくるのを抑えられなかった。
「ルクス。古代魔術語って未解読だったの?」
「え?はい。残っている資料が少なく、現代では略式詠唱の部分にしか使用しませんから、単語は兎も角、文章は無理だとされていました。それに単語も、よく分からないという人が多かったですから」
「へぇ。それでルクスはそれを解読しちゃったと」
「え、えぇ、その、何故か、実家の図書室には、古代魔術語の資料が多く残されていたので、それで…………」
「何故か?」
「はい。あの、そこは本当に分からないのです。恐らく、レデブ公爵家が歴史の長い家であったこと、貴重な資料を入手できる財力があったこと、など色々な要因があると思うのですが、私にはよく分からず…………」
「そう。それで、古代魔術語を解読できちゃったんだったら、詠唱詩どころじゃないよね?」
「…………はい。その、古代魔術、が使え、ます」
「そうだよね?」
「はい」
「っていうか、これまでの古代魔術語の本って、ルクスが書いたものなの?」
「えぇと、私と他数人の研究者たちで、纏めたものです」
「へぇ」
「…………も、申し訳ございません。オデット様。先に詳しくご説明しておくべきでしたね」
「いや、謝ることはないよ。それに怒ってないし」
「え?ほ、本当ですか?」
「うん。ちょっと面白かったから」
「オデット様ー!」
「ふふふ、ごめん。ただちょっと、ルクスのヤバさに引いただけ」
「…………引くくらい、なんですね?」
「え、だって、実家に資料が沢山あったからって、他の研究者たちよりも早く解読できちゃったんでしょ?これまで全然、研究が進んでいなかった古代魔術語を」
「そ、そのような意地悪な言い方をしなくとも…………」
「ごめんごめん。でも、そのくらい凄いことだよね」
「あ、ありがとうございます」
「うん。私も古代魔術語、頑張るよ」
「はい。分からないことがあれば、何でも仰って下さい」
「ありがとう」
ルクスを揶揄って、休憩は終了した。
今日はルクスの魔術講義の日だ。気持ちを切り替えて、真剣な表情をするルクスを見て、私も真面目に話を聞く姿勢になる。
そう言えば、ルクスは講義のために、仕事を早く終わらせて、休憩に入っていたのだな、と思い至る。
うん、うきうきしているようだ。
「それでは、魔術の講義を始めます」
「うん」
「まずは、魔術階位について。色の階位はお話ししたことがあると思いますが、これが第一区分と呼ばれる、最も大まかな分け方になります。そしてそれぞれの色を更に三つに分けたものが第二区分です。こちらは魔術の話をする上では一般的な区分です」
「うん」
「例えば、白は完全なる白、白銀、象牙色に分けられます。これは色の名前で、階位の名前としては、プレ・ウィテハ、ウィテハ・シヴァレ、ヴィロイ、という呼び方をします」
「私はプレ・ウィテハ、完全なる白ってことだね」
「はい。そして、更に細かく分けて言いたい時には、魔力量の区分を使用します。こちらには第三区分があり、10000段階で表すことができますから」
「うん」
「魔力量は10段階で表すのが第一区分、100段階で表すのが第二区分、10000段階で表すのが第三区分です。10以上が白、9以上が黄、8以上が緑、というように続いていきます。下は3以上が黒で、それ以下は透明に近付いていきます。透明は色の階位からは外れたものですが、第二区分では二つまで分けられます。黒みのある透明、完全なる透明です」
色とりどりの紙を並べながら、説明をしてくれるルクス。私の視線は色見本と覚書の紙の間を行ったり来たりしている。
「また、魔石が良い例ですが、白階位でも濃度が低いと、薄い白、透明が入った白になります。この場合の魔力量は、その物体が持つ量にしては高いのですが、体積としては薄い、という状態になります。中級の魔力回復薬を水で薄めても、下級にはならない、という感じですね」
「確かに」
「魔石や物の色は、それに含まれる魔力量によって、変化します。水だと、魔力を込めて固着させ、そこに透明な水を入れると、薄い、透明が入った色ができます。これは実際には魔力が固定されているため、広がり行き渡るのではなく、薄まっているように見えるだけなのです」
「ふーん」
「逆に魔力を固定せずに水を足すと、水の色は変化し、階位は下がります。要は魔力がその物に固定されているのか、漏れ出す状態なのかが重要ですね」
そうか。魔力を固定していないと、増やしたり減らしたりした時に、色が変化してしまうのか。
固定していると、色は変わらないものの、薄くなったり濃くなったりする。
「また元々の色がある物を染色するには、その物が耐えられる階位に収めなければなりません。例えば、食堂のテーブルクロスの色は、元々が白で、階位に合わせて染色をします。元の色の影響があるので、完全には染まらず、白みがかった色になります。クロスは魔術相反で、階位は低いのですが、許容量は高いようです」
ルクスは実際にカップに水を入れて、魔力を注いだり、固定したりしながら、水の色の変化を見せてくれる。
そうか。物にも許容量があるんだな。階位の低い物を、無理矢理に黄色に染めようとしても、物が耐えられない。
クロスも本来なら、黄色などの階位が高い色には染められないはずだが、何故だか、許容量が高い、と。
私が一通り、覚書を書き終えたのを見て、ルクスは説明を再開する。
「そして、世の中に存在する物の色が混ざり合わないのは、境界があるためです。魔力制御の時にお教えした、二つの境界のうちの外側のもの。そこに身体があるか、ないか、という境界は、物にも存在します。水であっても、そこにあるか、ないか、という境界面があり、それを越えることはできないとされています。それを無理に越えるというのが、侵食になります」
ふーん。境界は全ての物にもあるのか。
壁のようなもので、それを壊して、魔力を流し込むのが、侵食という現象のようだ。
「ですので、生物の魔力は勝手に他の物に流れていくことはありませんし、色も混ざり合いません。水や空気ではごく少量、10000段階でも1以下の魔力が滲んでくることがありますが、ほとんどの場合はそれを考慮する必要はありません」
そうなのか。でも、空気や水、食べ物からも、魔力を得ているんだよね?
だったら、その境界面というのは、身体の輪郭に沿って存在しているのかな。
「この世界の全ての物には、魔力が含まれています。それは階位外の少量な魔力であることもあります。全く含まれていないのは、人工的に作成した空の魔石や完全なる透明な水、そして極稀に自然発生する完全なる透明な泉くらいですね」
「自然発生するの?」
「はい。その仕組みは明らかになっていません。近くに魔力の吸収力の高い生物が生息しているという説や、地中で濾過されて透明になったという説などがありますが、そもそも発見例が少ないので、研究は進んでいません」
「へぇ」
そういったことを研究している人がいるんだ。それは大変そうだな。
いつ、どこに発生するかもわからないし、完全なる透明な泉であるかも、詳しく調べないとわからないだろうから、あったとしても気付くのが難しそうだ。




