81.魔術史と調合
魔術の勉強をすることに納得したところで、私は目の前にある本を開いた。
魔術の歴史は、魔術の探索と発見の歴史であるらしい。
文献に記されているよりも遥か昔から、基礎魔術と呼ばれている水、火、土、風の魔術が使用されていた。
しかしそれは、火起こしのためであったり、獲物の位置を知るためであったりと、原始的な使い方、目的のようだった。
そこから試行錯誤の上で発展し、狩猟、建築、生活にと、より文明的に使用されるようになっていった。
その過程で雷魔術、調合魔術、天候操作魔術、回復魔術、と様々な魔術が発見されていった。
その発見があった大まかな年代と魔術の名称が、この本には書かれている。
概略ならばこの程度なのだろう。難しいことは書かれていないし、基本的な事項だけだ。
私は覚書の紙に分かりやすいように纏めて、ささっと読み終えた。カルメからの確認問題を解いて、次の本を手に取る。
二冊目は『詳述 魔術史』。
先程の本と同じ著者のようだ。うん、同じような形式で書かれているから、読みやすいな。
こちらは先程の概略よりも、より詳細に書かれている。魔術の発見による影響や、他の魔術との繋がりなど。
なるほど。雷魔術の発見が、天候操作魔術の発見の手掛かりになったんだな。
そして、回復魔術と調合魔術は、ほぼ同時期に発見されたらしい、と。
お互いが影響し合って、発見と発展を繰り返していたようだ。
そんな感じで二冊目を読み終えて、確認問題も終えた私は、休憩のために、執務室に戻った。
そこではルクスが先に休憩をしていて、私が対面に座ると、笑みを浮かべた。
「お疲れ様です、オデット様」
「ルクスもお疲れ様」
いつものように返事をしてから、その表情がいつもよりも輝いていることに気が付いた。
これはあれだな。魔術の話をする時の楽しそうな笑顔だ。
つまり、さっきの本の説明がしたいのだろう。
もしくは私がどんな質問をするのか、期待している。
これは期待に応えた方が良いのか。放置した方が良いのか。
ルクスは、さぁいつでも何でもどうぞ、という表情をしているのだが、さてどうしたものか。
ちらりとジュネの方を窺い見ると、どうでも良さそう、というか、止められないので仕方ない、という表情をしていた。
ということは、一通りのお仕事はきちんと終えたのだろう。もしかすると、魔術の話のために、仕事を早く終わらせたのかもしれない。
まぁ、どちらにしても、止められないのなら、良いかな。
そう結論付けた私は、ルクスの期待に応えることにした。
「ルクス。さっきの本、魔術史について、聞きたいことがある」
「はい、どうぞ」
「魔術が発明ではなく、発見なのは、何故?」
「それは魔術を発明、創り出したのは、神であると考えられているからですね。古代魔術言語にも、現代では魔術を発動できる言葉と、発動できない言葉があります。それを見つけるということが、魔術の発見の歴史なのです」
「それは等級外魔術も?」
「はい。等級外魔術は基本的に、生み出した当人にしか、使用できないものですが、理論上は誰にでも扱えます。魔力量、術式の感覚、詠唱、これらが分かれば使えますから。ですが、術式の感覚、これが一番難しいのです。等級外魔術が一般化していった例は多くあります。例えば、転移魔術や擬態魔術です。これらは発見当時は、今で言う等級外魔術といった特殊な魔術として恐れられていましたが、段々と使える者が増えていき、今では一般的な魔術として知られています」
なるほど。神が魔術を作り出した、か。
そして、魔術をどんどん発見していった結果が、今の魔術の種類の多さなんだな。
私はそう納得して、他にも気になっていたことをルクスに聞いた。
ルクスはそれに嬉しそうに答えてくれる。
そうして休憩という名の魔術講義の時間は過ぎて行った。
休憩を終えて、私は小会議室に戻った。
ルクスには残念そうな、名残惜しそうな目で見られたが、カルメによって容赦なく引き離されてしまった。
それは、引き離してくれた、というよりは、引き離された、と感じてしまうくらいに、強引で自己中心的な考えが見える行動だった。
まぁ、今からはカルメの授業の番だからね。
礼儀作法も大事なことであるのは分かっているのだが、やはり私の中では、どうしても優先順位が下がってしまう。
「国王陛下から召喚状を頂きましたから、姿勢と挨拶の言葉くらいは、身に付けておきましょう。あまり謙らないことも、ルクス様の策かもしれませんから、今は話し方まではお教えいたしません」
「うん、分かった」
ルクスの策って何だろう。ルクスは召喚されたことについて、何か計画を立てているのだろうか。
それなら安心という思いもあるが、反対に、何も教えられていないということに不安も抱いてしまう。
まぁ、私が何かする必要がないことなのかもしれないけれど。
そんなことを考えながら、私は跪く時の目線や、いつ顔を上げるのか、何を言われたら話してもいいのか、名乗りの言葉や挨拶の仕方、といったことを教わった。
そこで、ふと思い至ったことがある。
何だろう。何というか、これはルクスにとっての仕事、と同じ感覚なのではないだろうか。
しないといけないのは分かるけれど、進んでやるのは面倒、という感じ?
でも、出来るだけ早く終わらせて、好きなことをしたい、という思いが込み上げてくる感じ。
そんなよく分からない思いを抱きながら、私はてきぱきと必要最低限の礼儀作法だけを身に付けて、この時間を早く終わらせることに注力した。
カルメには申し訳ないんだけれど、息苦しい、というか、堅苦しいんだよね。
そして気力がごっそりと持って行かれる感覚がする。
礼儀作法の授業を終えた私は、ルクスたちと合流して、昼食を食べるために食堂に向かった。
ブラカの昼食で、先程の授業で失われた気力を十分に回復した私は、食後のお茶を頂きながら、ルクスの方を見る。
「ルクス。今日の午後はどうする?」
魔術の詠唱はその大半を覚え終えて、魔術の授業も順調に進んでいると思うのだが、訓練場で魔術の実践でもするのだろうか。
そう思ってルクスに問いかけると、ルクスは口元に手を当てて、考え込んだ。
「そうですね。あとは調合魔術、くらいでしょうか。そう言えば、オデット様はサタロナ王国の生物図鑑をお読みになられていましたよね」
「うん。風邪の時に読んだ」
「でしたら、調合魔術の実践に入りましょうか」
「生物図鑑の知識がいるの?」
「何の生物のどの部分を、どのように調合すると、どのような効果が得られるのか。それが理解できませんと、調合魔術を使えても、実際に調合はできませんからね」
「なるほど」
私はルクスの説明を聞いて、風邪の時に読んだ生物図鑑の内容を思い出した。
これから、あの知識が役に立つのかな。あの時はただ面白くて、楽しみながら、読んでいただけだったのだけれど。
私たちは食後のお茶を終えて、ルクスの研究室に向かった。
幾つかの簡単な調合であれば、執務室でもできるそうだが、やはりきちんとした設備がある場所の方が良いだろう、ということで、研究室に移動することになった。
まぁ失敗したら、どうなるのかも良く分かっていないからね。
執務室でも調合はできる、とルクスが言った時の、ジュネの目が怖かったので、私は見なかったことにしようと目を逸らした。
ジュネたちとルクスの従者は応接室に留まり、私とルクスとカルメ、ルクスの護衛だけが実験室に入った。四人だけでも少々手狭に感じてしまう。
護衛のリグネウスとカルメは扉の近くに待機していて、私とルクスは実験用の広い机に、椅子を並べて座った。
広い机の半分は既に、秤や計測器といった器具で埋め尽くされているのだが、それでも十分に広さを感じる机だ。
「それでは魔術書に書かれている下級の調合魔術から習得していきましょう」
「うん」
「下級は、魔力定着、魔力移動、融解、融合、記録、認識、ですね」
「カルメに魔石を借りてやった」
「それでは、魔力回復薬を作ってみましょうか。下級の物からですね」
「魔力回復薬?」
「はい」
私が目を輝かせて、ルクスの言葉を復唱すると、ルクスは微笑ましそうに頷いてくれた。
「まずは取り込む魔力が籠った魔石です。今回は下級ですので、茶色くらいの魔石が標準となります」
「他の色だと駄目?」
「はい。素材同士の相性がありますから。下級には下級に合った素材、上級には上級に合った素材があります。上級の物で下級の回復薬を作成すると、余計な効果まで付与されたり、不純物の多い物が出来上がったりしてしまいます。逆に下級の物を使って上級の回復薬を作ろうとすると、魔力に耐え切れず、回復薬にならない、という失敗が起きます。それぞれの素材にも許容量があります。それを考慮して、素材の選定、数量の計算をしなければなりません」
「一つひとつ、取り込む魔力量に合わせる?」
「はい」
「取り込む魔力は何でもいいの?」
「はい。ですが、とある研究によると、自分の魔力の方が、馴染みやすいそうですよ」
「馴染みやすい?」
「はい。魔力回復薬の作成時に必要な魔力量が少しだけ減るようです」
「何で?」
「魔力回復薬を作成する際に、融合の魔術をかけるのですが、自分の魔力が籠った魔石を使用すると、そちらからも魔力が滲みますから、思ったよりも込める魔力が少なく済む、或いは魔力を込め過ぎてしまう、ということがあります」
「必要量が減っているというよりは、結果的に使用した魔力量が少なくて済んだ、という感じ?」
「はい。実際に少なくて済むからと、込める魔力量を減らせば、それだけ回復する魔力量が減りますからね」
「うん、そうだよね」
つまり、馴染みやすいということは、取り込むはずの魔力が融合の魔術に消費されやすいので、注意するべきという意味だろう。




