8.召喚魔術
「召喚魔術?」
「召喚魔術は対価を消費して、別の場所から望む物を呼び出す魔術です」
「対価…………」
「発動する際の魔力や対価が不十分な場合ですと、魔術が成功しても対象物を不完全な状態で呼び出してしまうことがあります」
「不完全な状態?」
「はい。記憶や付属物の欠損、場合によっては対象物そのものが欠損している場合もあります。今回のルヴェファ様の記憶の欠落も、その召喚魔術の影響でしょう」
何それ、怖い。
対象物そのものの欠損って、私の手足が欠けていなくて良かった。記憶だけで良かった。と、安堵しかけたところで、ルミエの言葉を反芻して気付いた。
ん?付属物?
その言葉に、私はかあぁっと、顔が熱くなるのを感じる。
付属物って、そういうことか!
「ルヴェファ様?」
「…………私が裸だったのも、その所為?」
一人で急に悶えている私を心配してくれたのか、ルミエが顔を曇らせて首を傾げる。
しかし、私が気付いてしまったことに気付いてしまったのか、はっと姿勢を正したルミエはそろりと視線を逸らす。
食堂にはカトラリーと食器の当たる音さえしない、沈黙が流れた。
しかし、ここはそのような説明を律儀にしてくれたルミエにこそ、自分で収拾を付けて欲しい。
そう思って、ルミエの顔をじっと見つめると、ルミエは視線を逸らしたまま早口になって答えた。
「…………そう、です。貴女様は強大な魔力をお持ちです。そのような方を本人の同意なしに呼び出すには、それ相応の魔力量が必要です。貴女様が身に付けているものまで呼び出す余力がなかったのでしょう。記憶が完全ではないということは、召喚魔術自体もギリギリ成功した、と言える程度です」
「私の同意なしに?」
「貴女様の階位であれば、転移魔術が用意に扱えます。同意しているのであれば、そちらを使用した方が早いです。それに同意ありの召喚であれば、記憶や付属物の欠損は滅多に起きません。どの程度の対価や魔力を消費すれば良いかが、事前に分かりますからね。ですから、今回は恐らく同意なしの召喚だと思われます」
「ふーん」
そうなのか。記憶のある私がここに来ることに同意していた訳ではなく、勝手に呼び出されたんだね。そして、記憶と服を欠損させたと。
「召喚魔術を使った人たちは?」
「現在、身元を調査中ですが、残念ながら死亡しています」
「そう」
ここに来て初めて、私はあの時に洞窟で大量の血を流して倒れていた二人の人間について、興味を持った。
恐らく、あの二人が召喚魔術を使った人たちなのだろう。
ちっ、死んでいるのか。
と行き場のない、怒りに眉を顰める。年頃の少女を人前で裸にさせた罪は重いのだ。
それにしても、死んでしまっているのなら、私が誰に何のために呼び出されたのかはまだ分からない、ということか。
その辺りの事情が判明するまではここで保護してもらえるのかな。その後はどうなるのだろう。
私の不安はいつだって、記憶の無い過去ではなく不透明な未来に向いていた。
私が前菜を食べ終えると、カルメがお皿を取り替えてくれた。
次に運ばれてきた白く丸いスープ皿には黄色のとろりとしたスープが盛りつけられている。
一口、スプーンで掬って飲んでみると、爽やかな酸味とあっさりした口当たりの、何の野菜かは分からないものの、飲みやすくて少し甘くて美味しいスープだった。
「こちらは黄梨のスープでございます」
私が首を傾げていることに気付いてくれたカルメが料理名を教えてくれるが、残念ながら私には覚えのない料理だ。
あわよくば、その黄梨とやらについても解説してくれないかな、とカルメに視線を向けてみるが、私の視線に気付いても不思議そうに首を傾げるだけだった。
やはり、道具や家具の使い方と名前を知っているから、料理についても分かると思われているのだろう。
困惑してルミエに助けを求めるように視線を向けると、彼は軽く頷いてくれた。
「黄梨は冬に収穫できる野菜です。サタロナ王国の南の湿原で主に生産されています。その中でも、ペラの街というところで生産されたものが最高級の品質だと言われています。ペラの街で生産されたものは、他の黄梨とは異なり、混じりけのない見事な黄色が特徴です」
「ペラの街…………ありがとう」
「いえ。何か分からないことがあれば、遠慮なく仰って下さい」
丁寧に解説してくれたルミエにお礼を言うと、そんな有難い返事をしてくれた。ここは遠慮なく仰ってください、という言葉に甘えて、今後のことを聞いておこう。
私はここまでの会話で、この人たちは信じられそうだと思っている。
どうしてそう思うのかと聞かれれば、曖昧にしか答えることが出来ないが、こちらが質問した時の反応や、こちらに説明してくれる時の言葉の温度が温かいもので、その裏でこちらを見下したり侮蔑したりしているような、どこかひやりとするような言葉の端の悪意がないのだ。
記憶のない私がその悪意を経験したことがあるとはいえないが、子どもなりにそういうことには敏感なつもりだ。
これまで一度も、私の階位に怯えたり恐れたりという態度はあっても、軽蔑したり恨んだりという感情はなかったようにみえる。
もしかしたら、それすらも含めて踊らされているのかもしれないが、ここまでの待遇をしてくれているのなら、それでも良いかなというくらいに好待遇なのだ。
ここは私を預けるのに良い場所かもしれない。そう思えば、ここのことをより知りたいと思ったし、何か自分にもできることがないかなとまで思ってしまう。
この思いまでもが相手の術中であったのなら、その時点で私にはもうどうしようもないだろう。
まぁでも、いい感じに情報を手に入れて常識を身に付け、お世話になった分の恩返しを何らかの形でしてから、ここを去るという選択肢もある。
ここに居られないということになれば、そちらの対応も必要になってくるだろうが、それまではここに居よう。
そう思ったところで、私は自身の処遇についてすっぱりと聞いてみることにした。
「私はこれからどうなる?」
私の言葉にルミエは目を丸くしてから苦笑した。その笑みからは気苦労が窺える。
「正直なところ、我々は対応を決めかねています。召喚魔術を行使した者たちについては、生きていれば色々な罪に問えるのですが、このような場合の被害者については、通常は各領主や神殿、魔術師協会に保護されます。そして事件の取り調べ、身元確認などを行った上で、召喚前に居住していた国まで送り届けるのが基本的な対処です。ルヴェファ様、一応お尋ねいたしますが、貴女様が居住していた国について、何か覚えていらっしゃいますか?」
「ううん」
「ですよね」
即座に否定した私に、微かな希望を抱いていたらしいルミエは落胆の息を吐く。
「私は国に帰れない?」
「はい。そもそも、ルヴェファ様程の階位の方であれば、その存在はある程度知られているものなのですが、ルヴェファ様については私も全く知りません。となると、魔術師協会の情報網にすらかからない土地から召喚された可能性が高いのですが…………」
「魔術師協会は、どのくらい大きな組織なの?」
「各大陸の各国に本部を置いているくらいには世界的な組織ですし、中規模の村や集落には支所が置かれているくらいに細かな情報網がありますね」
「それでも私は知らない」
おや、そうなると、私はどのような土地からやって来たのだろう。未開の土地や大陸でもあるのかな?
どちらにしても交易のない、伝手の無い土地に帰るのは相当難しいだろう。
そして記憶がないという点でも帰るための手掛かりがないのだから、やはり帰るのは難しい。
うん。これはここで暮らすしかないな!
そう楽観的に捉えてみたが、ルミエたちの表情は冴えない。そう言えば、対応を決めかねていると言っていたっけ。
これまでにこうして無理矢理連れて来られて、こちらに永住した人はいないのだろうか。
それとも、私の階位だと普通に暮らすのも難しいということなのだろうか。
「私は魔術師協会が保護してくれるの?」
言葉を飾らないはっきりとした私の物言いに、ルミエは再び苦笑を浮かべた。
いや、保護して欲しいとかではなくて、現実的な話としてどうするのかを聞きたいだけなのだ。
まぁ、保護はして欲しいけれど。
「そうするしかないでしょうね」
「あまり良くない?」
「そうですね。領主や神殿と不仲だからという理由ではないのですが、やはり、そちらにルヴェファ様をお渡しするのは協会としては避けたいので、保護するしかないでしょうね」
「えっと、ここには孤児院とかはない?」
「ありますよ。ですが、孤児院は神殿の管轄ですね。それと前提として、ルヴェファ様はこのままでは普通に生活することすら難しいと思います」
「え?」
ルミエの言葉に私は耳を疑った。一瞬、これは脅しなのだろうか、とさえ思ってしまう。
「ルヴェファ様は魔術階位が高いですから、まず身に付ける物、衣服をそれに見合った物にしなければなりません」
「見合っていないとどうなる?」
「消耗や摩耗、損傷が激しく、頻繁に新しい衣服を用意する必要があります」
「うわ…………」
「そして、現在のままの魔力制御では他人に触れることも出来ず、魔術行使ができなければ自分で炊事や洗濯することも難しいでしょう」
「他人に触れられない?」
「はい。お名前もお呼びできないくらいですからね」
「…………」
なんと、脅しではなく事実らしい。
衣服については階位の低い安価な服を高頻度で購入するか、階位の高い高価な服を低頻度で購入するか、ということらしい。
ただし魔力制御を覚えて体外に滲み出る魔力を抑えることが出来れば、低階位の服でもそれほど消耗は激しくないそうだ。
そして魔術行使はどの職業でも必要になるくらい身近なもので、生活にも必要な技術だそうで、それらが全く使えないとなると仕事も生活もままならないのだとか。
風を出す、火を点ける、雇用契約を結ぶといったことができないと聞けば、それは無理だろうな、と直ぐに分かってしまった。
それから、最大の問題が他人に触れることができない。
これは魔力制御が出来ていない状態で自分より階位の低い者に触れると、怪我などを負わせてしまうそうだ。
具体的にどのような怪我なのかは怖くて聞けなかったが、それだけで自分がいかに危険人物なのかが分かってしまった。
「不用意な事件や事故を少なくするために、協会ではどの程度の魔力制御や魔術行使ができるかを測定し、能力証を発行しています。雇用契約の際には能力証の提示が必須である職場も少なくないですね」
「能力証…………」
うん、これはここでの常識的な道具の一つとして持っておいた方が良いだろう。
しかし、今の能力で発行してもらっても危険人物であることが証明されてしまうだけなので、まずは常識と魔術を身に付けよう。




