74.詠唱と等級外
皆は再び、訓練場の端に戻り、授業が再開された。
「そう言えば、魔力操作で刃とか嵐とかを作ったけれど、上級の詠唱はまだ覚えていない」
「そうでしたね。刃はラーデ、嵐はソラムです」
「分かった」
知らないからと教えてもらったものの、詠唱をせずとも球から形を変えられるので、使うことはないかもしれない。
聞いてしまってからそのことに思い当たった私は、少し気まずく思いながらも曖昧に頷いておいた。
そんな私の様子を見たルクスは、どうやら私の考えを察してしまったらしい。
「詠唱とは、術式を言語化したものだと考えられています。よって、術式操作が未熟な者であっても、詠唱を唱えることによって、魔術を発動させることができるのです」
「ん?うん」
「魔術を発動させるには術式が必要です。ですが、術式の感覚を掴むには魔術を発動させたという経験が必要になります。そこで、最初のきっかけ、近道として詠唱が必要になるのです」
「じゃあ、術式操作ができれば詠唱は必要ない?」
「はい。詠唱を術式の感覚を掴むまでの補助、という目的で使用するのであれば、そうなります」
「他にも詠唱が役に立つことがある?」
「はい。詠唱は術式操作の補助であり、術式を言葉に表したものです。そこで、術式操作ができる者が、詠唱をきちんと唱えるとどうなるか。ご想像が付きますか?」
「効果が高まる?」
「その通りです。同じように詠唱だけを行った場合は、より正確に術式操作ができている者の方が勝ちます。同じ程度の術式操作をしている者同士であれば、詠唱を行った者の方が威力が高いです」
「ふーん」
「ここで注意するべきなのは、詠唱という補助があるからと言って必ず勝利できる、ということではない、という点です。詠唱の弱点として、話すという過程を経る分、発動までに時間がかかること、口を塞がれる、声を奪われるなどの事態が起こった場合に多くの者が発動できなくなる、ということが挙げられます」
「心の中で唱えるのは駄目?」
「心の中で詠唱を行うことを、無詠唱と詠唱のどちらかに分類するかは議論の分かれるところではありますが、その行為自体には問題はありません。ただ、その場合はやはり詠唱を唱える時間が必要になる、ということには変化はありませんね。それと、一番に重要なのは術式の感覚を掴むことですから、詠唱に頼り切りでは上達が遅くなってしまうのです」
「やはり詠唱はあまり要らない?」
「そうですね。術式の感覚を掴むため、つまり今授業でお教えしているような使い方であれば良いと思いますが、それ以上を求めるのはあまり良いこととは言えませんね」
そうなのか。まぁ無詠唱でできるなら、詠唱はわざわざ必要ないと思うけれど、詠唱だけでも長所があるのであれば、一応覚えておきたい。
「私くらいの実力での無詠唱と、詠唱だったら、どちらが威力がある?」
「詠唱のみで術式操作を全く行わない、ということであれば、無詠唱の方が威力が出るでしょう」
「そうなの?」
「はい。それほどに術式操作というものが重要になるのです。術式は神の領域。オデット様のお考えで言うならば、術式操作は自分が直接、神の道具を使用している、ということになります。詠唱は誰かにお願いして道具を使用してもらっている感じですね。自分の思い通りにできる分、より良い効果を発動させられます」
「うん。じゃあ、基礎魔術の中級と上級の詠唱も、一応覚えておく」
「はい」
私がしっかりと頷くと、ルクスは嬉しそうに微笑んだ。
何故だろう。勉強するのは私なのに。
そう内心で疑問に思っていると、疑問、という言葉で思い出したことがあった。
「等級外の魔術って何?」
「あぁ、それは個人が生み出した独自の魔術のことです。基本的には当人にしか使えず、そのため、あまり広まらないこともあります」
「どうしたら、等級外って分かる?」
「協会に所属していれば、術式の照会ができます。そこで、等級外魔術であるかの確認と、登録が行われます」
「等級外は珍しい?」
「そうですね。一流の魔術師であれば、一つは持っていることが多いので、それが証のようになってしまっているところもありますが、実際には何だかできてしまった、ということが多いのではないかと」
「ルクスも?」
「えぇ、そうです。折角ですから、オデット様にもお教えしておきましょうか」
「いいの?」
「はい。私の場合は意外と知っている人が多いので、オデット様にお教えしても問題ありませんよ。それにオデット様が私の等級外魔術を使用できるようになれば、一般化の夢も近付きそうですからね。オデット様にも身に付けて頂いて、一緒に研究をしましょう」
…………何だか、少しだけ、話を聞きたくないと思ってしまう自分がいるが、こんなにも嬉しそうなルクスの顔を悲しみに染める、ということもできない。
一緒に研究、というよりは実験されそうだが、まぁいいだろう。
折角、教えてくれると言っているのだし、等級外の魔術を知る良い機会だ。
大丈夫だろう、多分。
「…………うん、教えて」
「はい。一つ目は」
「え、一つじゃない?」
「あ、はい。二つあります」
「あ、そう」
うん、やっぱり大変なことになったように感じてしまう。仕方ない。
ここで、あ、やっぱりいいです、とは言いにくいし、聞きたい気持ちもあるし。
うん、よし、聞こう。
「それでは、一つ目は詠唱分離と呼ばれているものです」
「それはルクスが名付けた?」
「いえ、協会で登録する際に、付けられました」
「ふーん」
「この詠唱分離は簡単です。例えば、水球の詠唱をしながら、火球を生成する、という感じですね」
「…………詠唱に魔力を込めずに、別の術式を操作して、そちらに魔力を込める?」
「はい、その通りです。まぁ無詠唱魔術に余計なものを足した感じですね。詠唱が重視されている現代では相手を混乱させるのに効果的なようです」
「うーん…………ウェトル・バレ。できた」
「はい。おめでとうございます。一度で成功させてしまわれるとは、素晴らしいです」
「ルクスが詠唱と術式について教えてくれたから」
「ふふふ、ありがとうございます。それでは、二つ目です。こちらは詠唱詩と呼ばれています。古代魔術語で、発動させたい魔術に合わせて、文章を詠唱のように唱えることによって、術式操作の補助をしています。例えば、ヘ・スナ・シンギ・ヴォレ・ヘ・ヴァト・オセナ・ナド・ナ・ミネディ・ソラム」
ルクスが何かを話すように詠唱をすると、足元に水が広がり、頭上には大きな光球が浮かび、近くで風の嵐が起こった。
「このような感じです。これは詠唱だと気付かれにくいという点と、略式詠唱以上の効果が得られる点が長所ですね。ただ、これを習得するには、古代魔術語の習得が必須ですので、その点が難所ですね」
「略式詠唱を繋げただけでは駄目?」
「そうですね。それは普通に略式詠唱程度の効果になります。それに略式詠唱の言葉は知られていますから、分かりやすいですし。今の言葉では何が起こるか、分かり難かったでしょう?」
「うん。古代魔術語、頑張る」
「はい。お手伝いいたします。因みに、オデット様は今、どのくらい習得されていますか?」
「うーん…………ロブ・フ・リグト・ナド・ラーデ・フ・ウェトル?」
私は頭で考えながら、術式を操作し、魔力を込めた。目の前には光球と水の刃が現れる。
ただ、ルクスの説明を聞いた限りだと、今のは詠唱詩とは言えない程度だろう。というか、何だか、違う気がする。
私がその違和感を追おうと首を傾げていると、ルクスは嬉しそうに頷いた。
「お見事です。表現や単語をもう少し学ぶ必要はあるようですが、きちんとできていますよ」
そうなのか。まぁ、ルクスがそう言うのであれば、この違和感は古代魔術語の習得が不十分な所為なのだろう。
うん、もっと勉強を頑張らなければ。
そう決意したところで、夕食の時間になった。
翌朝。朝食を終えて、小会議室に入った私は、いつも通りに紙やペンを用意する。
そしてカルメの方を窺うと、カルメは何故か、本ではなく、紙束を持って来ていた。
「オデット様。本日はこちらの読み方をお教えいたします」
「読み方?」
それはどういうことだろう。
何か、知らない言語で書かれているのだろうか。
首を傾げている私の前に、カルメは紙の束を広げた。
これは絵、なのか?いや、似たような記号が規則的に並んでいるから、やはり言語なのだろうか。
「これは楽譜、というものです」
「楽譜?」
「はい。音楽を紙に書いたものです」
なるほど。楽譜の読み方は分からないけれど、意味は分かったかもしれない。
音を規則的に分類して、それを記号に当てはめて書いているんだな。そうすることで、音の記録と再現ができる。
「音は全部で七種類あります。こちらです。次にそれぞれの記号の意味を説明いたします」
カルメは音の強弱、音階、音の早さ、音の長さ、といった色々なことを教えてくれた。
この記号がある時には、こうするということを一つひとつ、教えてくれた。
その後は、実際に声を出して、音階を覚える、ということをした。
楽譜を読みながら、それに合わせて声を出す。
うん、これも一つの言語だと思えば、理解するのは簡単だった。
ただ、こんなに声を出すことはなかったので、新鮮な気分だ。
時々、お茶で喉を潤しながら、楽譜の読み方を覚える。
やっと読める、という程度になってきたところで、今日は終わりのようだ。休憩の時間になってしまった。
私は声を出す、いや、歌うのを止めて、ルクスの執務室に戻った。
ブクマ、ありがとうございます。
お読み頂いている皆様も、いつも、ありがとうございます。




