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7.魔術階位

洗面の鏡で自分の姿を確認した私が、応接室の長椅子に戻ろうと洗面の扉を開いた時、部屋の扉がノックされた。


「はい」

「失礼いたします」


私の返事を聞いて、ゆっくりと扉を開けて静かに入って来たのは、深緑のお仕着せを着た女性だった。侍女だろうか。


「お初にお目にかかります。お嬢様のお世話を仰せつかりました、カルメ・フォレトと申します。どうぞ、カルメとお呼びください」

「カルメ。私はオディデ・ルヴェファ。よろしく」

「……こちらこそよろしくお願いいたします。それではお嬢様、ご朝食の用意が整っております。食堂までご案内しても宜しいでしょうか」

「うん」



朝食。そんなに早い時間だったのか。


朝食が用意されていると聞いて漸く、私のお腹は空腹を訴え出した。

これまではそれどころではなかったから、意識していなかっただけなんだろうけど。



私は先導するカルメに付いて行き、食堂に到着した。すれ違う人全員が私を見た瞬間に跪くという謎現象にはカルメも困惑していたようだが、私たちは無言で通り過ぎた。



とある扉の前でカルメが立ち止まったことで、私も立ち止まった。

大きな扉をゆっくりとカルメが押し開くのを眺めていると、何処からか鐘の音が聞こえて来た。


一回だけゴーンと重厚な音が聞こえて来たが、音源は分からない。近くからにも遠くからにも聞こえる不思議な音だ。


その鐘が意味することは分からなかったが、カルメが特に反応しないことを見るに、日常的に使われているもののようだ。


鐘が鳴り終えると同時に、私は食堂に入っていた。




食堂にはルミエ・レデブやジュネ、デピラ・アセズたちが先に来ていた。それに加えて、それぞれにカルメのような従者や侍女が付いている。

カルメに椅子を引いてもらい、私は席に着いた。



四つの机が円のように向かい合い、それぞれに布がかけられ、食器が用意されている。布はそれぞれ少しずつ色味の異なる白だ。


この白は偉くないのかなと思いつつ、私は並べられたカトラリーを見る。


色々と沢山並んでいるが、使い方や作法は私の身に覚えがあるものと同じなのだろうか。



そんなことを考えていると、私の正面に座ったルミエ・レデブが全員が揃ったのを見て軽く頷いた。


「それでは皆様、頂きましょう」

「頂きます」

「…………いただき、ます」


ルミエ・レデブの言葉に、皆が息を揃えて口を開いた。

私も皆を真似て同じように口にしたが、これは食前の挨拶だろうか。



聞いたことがあるような、ないような、馴染みがあるような、ないような感覚に私は戸惑う。


そう言えば、先程部屋を探索した時もそう思ったな。

記憶はないけれど身体が覚えているというか、何故か理解できてしまうというか。



そんな不思議な感覚を胸に抱きながら、私は周囲をさり気なく観察する。



良かった。カトラリーの使い方は問題なさそうだ。



そう安堵した私は、目の前の皿に視線を落とす。


小さな白く丸いお皿にはちょこんと、こんもりと緑色や赤色、黄色といった色とりどりの野菜のようなものを刻み、ソースらしきものを絡めて味つけされた前菜が乗せられていた。


それに添えるようにして皮が青色の小さく薄切りにした魚のようなもの。そして上に小さな黄色の実が可愛らしく乗せられていた。味は予想外でもなく普通で覚えがあるようなのだが、この見た目は見慣れないものに見える。


私は見た目からは想像できないが、普通に美味しい前菜を少しずつ食べ進めながら考える。




ルミエ・レデブには色々と聞きたいことがあるのだが、今ここで聞いてしまっても良いのだろうか。


基本的にあの部屋で過ごす予定なので、何か用事があるなら兎も角、こうして質問に答えてくれそうな人にいつ出会えるかは分からない。それに彼らが私の今後をどのように考えているかも知りたい。


私には今、特にやりたいことや、やらなければならないことが何もない。というか分からない。それを見つけるためでもあるし、単純に情報が欲しいという思いもある。




食事中だが話しかけても良いのだろうか。


ちらりと目の前のルミエ・レデブの方を見ると、彼も私を見ていたようでぱちりと目が合う。その雰囲気で、質問しても大丈夫そうだと私は感じ取った。



うーん。何から質問するべきか。


正直、片っ端から分からないことを聞いて、聞きまくりたい気分なのだが、そうしてしまって辟易とされたり、機嫌を損ねてしまったりして、私の扱いを手荒い方向に変更されても嫌だ。


しかし現段階では何がどう影響するのかも予想できないので、考えるだけ無駄な部分ではあるかもしれない。



取り敢えず、気になったことを聞いてみるか。


「ルミエ・レデブ。質問をしてもいい?」

「どうぞ、何なりと」

「名、真名には、何か意味があるの?」

「と仰いますと?」

「デピラ・アセズは私をルヴェファ様と呼ぶ。ルミエ・レデブはオディデ・ルヴェファ様。カルメは私の真名を呼ばない。これには意味があるの?」



私が前菜を食べる手を止めてそう問いかけると、ルミエ・レデブや他の皆が驚いた表情をする。そんなに驚くことなのだろうか、と私は首を傾げる。


「…………オディデ・ルヴェファ様は非常に聡明なのですね」


そう賛辞してから、ルミエ・レデブは質問に答えてくれた。


「真名を呼べるか、呼べないか、という区分は、その者たちの魔術階位に関係します」

「魔術階位?」

「はい。魔術階位は凡そ、見目で判断できます」

「…………」


その言葉に私は早速当たりを引いたか、という気持ちになった。この話はどこかではっきりとさせなければならないものだったし、そうなるものでもあった。



「この世界では、白、黄、緑、青、紫、赤、茶、黒、この順で魔術階位が高いです」

「その階位は変えられる?」

「いいえ。誤魔化したり隠したりすることは出来ても、本来の階位そのものを変えることは出来ません」



白は偉い方なのだと分かっていたが、まさか一番上だとは。それに、他の色にも序列があったようだ。


ということはこのルミエ・レデブも階位が高い方なのだな。そして階位の高さが地位の高さにも関係しているような気がする。


階位が高いと地位も高くなりやすいが、地位が高いからと言って階位が高くなることはなさそうだ。自身の階位を変えられないのだから。これは生まれ持った力、ということなのだろう。



魔術階位がここでどれほど重要な指標なのかは分からないが、魔術師協会と言っているくらいだし、生活にも密接に関わるかなり重要なものになるだろう。


「話を戻しますが、真名には意味があります。それは洗礼によって知ることが出来ますが、基本的に本人しか知らないものです。しかし、意味を知らずとも、真名には力が宿ります。例えば、階位の高い者が階位の低い者の真名を呼べば、それは祝福や呪いにも繋がります。逆に、階位の低い者は階位の高い者の真名を呼ぶことはできません。これは魔力許容量に差があるからです。階位の低い者は魔力許容量が低く、階位の高い者の真名、つまり大きな魔力に耐えられないのです」



それで私が初めにルミエ・レデブの名を呼んだ時に、彼は「祝福に感謝を」と言ったのか。


私がこのことを知らないということを知っていたのか、分かっていなかったのかは分からないが、軽々しく真名を呼んだ私の行為を取りなしてくれていたんだな。



「一般に、苗字よりも名前の方に力が宿ります。苗字は家族や一族を指していますが、名前は個人を指しているので、より個人の階位が反映されることになるからです。名前のみ、名前と苗字、苗字のみ、呼べない、という順で魔力の反映率が高いです。私はオディデ・ルヴェファ様をお名前のみでお呼びできるほど魔力許容量が大きくないのです。そしてデピラはお名前をお呼びできず、カルメは苗字もお呼びできないということです」

「じゃあ、私はルミエ・レデブをルミエって…………呼べてる?」

「はい」


ふふふっとルミエに笑われてしまったが、これは良い情報だ。


「じゃあ、これからはルミエって呼ぶ」

「是非そうしてください。真名には力が宿りますから、無闇にはっきりと呼ばない方が良いでしょう」



確かに祝福や呪いがどういうものかはわかっていないが、何となく危なそうだ。ルミエもそちらを推奨してくれているので、私は有難く了承する。


これまで、名前が一々、長くて大変だったんだよね。だけど、この力の宿った響きを勝手に崩して良いのかわからなかったから、気軽に呼べずにいた。



それにしても、力というのは魔力のことだったんだな。


魔力についてはまだよく分からないが、筋力や気力といった個人に備わっている力のうちの一つだろう。

魔力の使い方や魔力で何ができるのか、それらをこれから知ることができて、私にも使えるようになれたらいいな。



そしてこの雰囲気なら、もう少し踏み込んでみても良いかもしない。


「真名のことは皆知っているの?」

「はい。この世界では常識的なことです」


ルミエの返答に、私はやはりと眉を顰める。私に常識がないということも考えられるが、この場合はそれよりも、いや、逆に常識がないということで合っているのか。だって…………


「この世界?」


私がその部分に反応すると、ルミエは悲し気な、痛ましげな表情でこちらを見た。


「ルヴェファ様、記憶が完全ではありませんね?」


断罪するような言葉とは裏腹にその声音は優しく、そして悲し気であった。

ジュネやデピラたちもルミエほどではないが悲しそうな、そして同情しているような目で私を見ている。


そこには、先程までの恐れはなかった。私はその言葉に素直に頷く。


「うん」


何とも思っていない私の表情を見て、ルミエたちは驚いているが、私としてはここに来た時から、思い出せないということも、それに不安を抱かないということも気付いていたので、そこに触れられても何とも思わない。


「ルミエは何で記憶が完全じゃないか、分かるの?」

「それは、ルヴェファ様は恐らく、召喚魔術の類でこちらに呼び出されたからです」



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