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68.水球と魔術の神


私はルクスから、魔術の基本や下級の魔術の詠唱と、その意味を教わった。


これは古代魔術語を、早く習得しないといけないのでは?

いや、無詠唱で出来るようになれば、必要ないのか?


そんなことを考えながら、午前の魔術の講義は終わった。




ウィテハの昼食をゆったりとした気分で終えたところで、午後はいよいよ、魔術を使用する授業だ。


場所は第三屋外訓練場。


第一と第二もあるのか。なら、第四は?

とルクスに聞いてみると、第三までなのだそうだ。それでも十分に広い。



ルクスたちと食堂から訓練場に移動する道のりの長さで、そのことが窺える。道中は周囲の建物や施設について説明してもらった。



少し歩いて到着した訓練場は屋外のものの中では一番狭いらしいのだが、それでも私には十分すぎるほど広く感じられた。


だって、これだけのほとんど何もない空間を見ると、私の部屋の寝台が何個置けるのだろうと、しょうもないことを考えてしまうくらいに広いのだ。



「今日は貸し切りにできて良かったです。最初は周囲に人が多いと集中しづらいですからね。今後も貸し切りにできれば良いのですが、共用になることもあるかもしれませんので、その点はご容赦ください」

「うん」


ルクスは私に向かい合う位置から、私の隣に立つように移動した。ジュネやカルメたちは訓練場の端に居る。


「それでは比較的安全で分かりやすい水の魔術で、魔力操作と魔力が魔術に変換される過程を体感してみましょう」

「うん」

「我は世界に求める。この魔力を糧に生み出せ。ウェトル・バレ」


ルクスが詠唱をすると、その右手の上に、宙に浮かぶようにして、どこからか水が現れた。それは親指と人差し指で作った輪くらいの大きさをしている。


「オデット様もどうぞ」

「うん。我は世界に求める。この魔力を糧に生み出せ。ウェトル・バレ」


ルクスに促されて、同じように詠唱をすると、身体から右手に流した魔力は、想像した通りに、右手の先で水に変わっている。


「最初に水を生成するために、魔力を消費しています。その後は水の形状や操作を魔力で行っています。そして、魔力を操作するのを止めると…………」


ルクスは水の球が浮いている右手を下に向けた。すると水はぱしゃんと下に落ちて、地面に滲み込んだ。


「生成時に魔力を消費しているので、水の存在は魔力と引き換えにこの世界に定着しています。もし出現させた水を消したい時には、また魔術を発動させる必要があります」

「魔力で生成した以外の水も消せる?」

「はい」


私の質問に答えながら、ルクスは水の球を出したり消したりして見せてくれる。


「オデット様。魔力が術式によって、水に変換される感覚はお分かりになりましたか?」

「うーん。魔力を右手に流して、その右手の先から術式で変換された水が出て来たのは分かった。けれど、術式がどんな感じかは、分からない」

「今、魔力を操作して水球を操作しているのは分かりますか?」

「うん。身体の奥から流れてて、流れた先に、魔力がある?うーん…………」

「水球を移動させたり、形を変えたりはできますか?」


私はルクスに言われた通りに、慎重に水の球を移動させてみた。


魔力を望むところに移動させることはできるので、水の球を少し離れたところに移動させても、魔力は届く。


ん?私は魔力を移動させているだけなのか?

えっと、術式によって魔力が水球に変換されて、それで?



私は水球を近付けて、じっと自分の魔力を見つめる。私の魔力は水の球の周囲に覆うようにある。



うん?私の魔力が覆っているのか。じゃあ、これは私の意志で動かせる?

私が丸い球だと思っているから、その通りに魔力を操作しているから、球なのか?



私は魔力の形を慎重に変化させて、四角くしてみた。

うん、できたな。水球の形も位置も、魔力で操作した通りになっているのだ。



私は更に四角い水を覆っている魔力を一点だけ押し込んでみた。

うん、凹むな。反対に引き出すようにすると、針のような水が生えている形になった。



ルクスは、水を消す時には、また魔術を発動させる必要があると言っていた。つまり、生成するという魔術は既に終わっているのだ。


「これはただの魔力操作ってこと?」

「はい。正解です」

「でも、それじゃあ、術式が分からないままだよ」

「術式は最初に生成した時の一瞬だけなので、その瞬間の感覚を覚えるしかないですね」

「ルクス、消す時の詠唱は?」

「我は世界に求める。汝はこの魔力と引き換えに消え去れ。エテーレ」

「我は世界に求める。汝はこの魔力と引き換えに消え去れ。エテーレ」


私は詠唱をしながら、その瞬間を注意深く観察した。私の魔力が新たに消費され、一瞬白く光った水球は忽然と消えた。



うーん、霧散した感じでも、蒸発した感じでもない。唯々、消えた、というだけだ。




私はその後、何度も、水球を生み出しては消した。しかし、それを幾ら繰り返しても、術式の仕組みが分からなかった。


魔力が水に変換されているのは分かる。魔力量で水量が変わるのも分かる。

でも、何でそうなるのか、と問われれば、術式、或いは魔術の効果、という答えになる。


術式がどのように、どうやって、変換させているのかが分からないのだ。


「ルクス。術式はどうやって、魔力を水に変えている?」


答えが分からず、ルクスを見上げて問いかけると、彼は笑みを零した。


「ふふふ。実はその答えを知る者はどこにもいないと言われています」

「え?」

「魔術の根源、魔術を作り出した者、魔力の源、この世界を形作った者、それを神と呼ぶのです」

「うん」

「魔術の術式の正体、その仕組みは神のみぞ知る、と言われています」

「………………」


ルクスの答えに私は何と言うか、やり場のない怒りというか、落胆というか空しさというか、今まで考え込んでいた時間は何だったというのか、という思いになった。


「申し訳ございません。オデット様なら何か分かるかと微かな希望を抱いて、試すような真似をしてしまいました…………その、実はこれは、学院の魔術の初回の授業の恒例行事でもあるんです。魔術を学ぶ者は、皆が最初に術式とは何か、という神の存在について問いかけられるのです」


ルクスが何だか、言い訳のようなことを言っているが、私はそれよりも別のことに意識が向いていた。


「お、オデット様?」

「神、か。魔術は魔力を術式で変換している、よね?」

「はい」

「じゃあ、術式は神の道具なのかな?」

「神の道具、ですか?」

「私たちが持ってる魔力はただの力。それをどの道具を使って、どのように使うか次第で、結果が変わる」


私の考えに、ルクスは雷にでも打たれたかのように、驚き固まった。


「ルクス?」

「凄い!素晴らしいです、オデット様!それでは、オデット様は、魔力の源についてはどのようにお考えになりますか?」

「うーん。世界を形作ったのが、神なら、生物を作ったのも神?」

「そうですね。そのように考えられています」

「それなら、魔力も力のうちの一つだと思う。寝て起きたら、元気になってるし、魔力も戻ってる。それと同じ」


私が何となく浮かんだ考えを口にすると、ルクスは考え込んだ。


「なるほど。では、オデット様は神は一つだとお考えに?」

「うーん。それは分からない。でも、神が複数いるとしても共同で作業してるよね?」

「それは、何故?」

「別々だったら、こんなに統一してないと思う」

「統一、ですか?」

「皆が同じように魔力を使えて、同じように魔術を使える。言葉は違っても、力は同じだから」

「なるほど。素晴らしいお考えです!」


そう言うと、ルクスはどこからか、取り出した紙に走り書きしている。その表情は真剣そのもので、何となく、声をかけづらい。


うん、暫く、放って置こう。



私はルクスを放置して、休憩していた。答えが分からないと知っていれば、あんなに何回も魔術を使わなかったのに。


でも、休んでいれば、少しずつ魔力が回復しているのが分かる。全快には程遠いけど。


私はこれは休憩しているから魔力が回復していると思ったのだけど、他の皆は違うのかな?


私はそんなことを考えながら、ルクスが必死に何事かを書き続ける姿をぼんやりと見ていた。




「…………ふぅ。オデット様のお考えは素晴らしいものですね」

「皆はどう考えてる?」


ルクスが説明してくれたことによると、色々な説があるらしい。


一つの神が全てを管理している説。

複数の神で手分けしている説。

沢山の神が一人一つを管理している説。

組織のように上下関係があって、複数の神で管理している説。


「多数派は一つの神が全てを管理している説、ですね。次に多いのは、組織のようになっている説です」

「ふーん」

「オデット様のお考えはどれにも当てはまらない新しいものです。近年は神の存在証明や神の数を中心に議論が交わされております。その中で術式に着目した論は中々ありません。そして既存の論を否定するわけではない、新しい視点というのが素晴らしいのです」

「へー」

「ですが、この素晴らしさを誰に伝えれば良いのか。生半可な知識では理解できないでしょうし、かと言って、凝り固まった考え方でも理解できないでしょう。その思考の柔軟さと鋭い洞察から生まれる新たな考え…………やはり、オデット様には魔術の才があります」

「…………」


ルクスが何か、ぶつぶつと喋っている。


何と言うか、気持ち悪い?いや、変な人だな。

多分、街中や道中で見かけたら、すっと視線を逸らして避けるべき、という感じの人だ。



「オデット様。そろそろ、夕食のお時間なのですが」


カルメが私にそっと近づいて、教えてくれる。ルクスの様子に戸惑い、避けているようだ。私から声をかけて欲しいらしい。


「ルクス…………ルクス!」

「え、あ、オデット様。やはり貴女様のお考えは」

「夕食!」

「ゆう、しょく?」

「ご飯!」

「え、あ、はい。そうですね。夕食の時間になってしまいましたか。それでは参りましょう」

「うん」


漸く落ち着いて状況を理解してくれたようだ。ルクスは一つ深呼吸をすると、いつもの冷静で優しい表情に戻っていた。私たちは一緒に食堂に向かった。



そう言えば、今日は結局、水の球とそれを消す魔術しか教わっていないな。


食堂に向かう途中でそのことに気付いたのだが、今ルクスに魔術の話をするのは、何だか嫌な予感がしたのでやめておいた。



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