66.フィラセの依頼人2(閑話)
今回は閑話です。
うん、この仕事が終わったら、直ぐに辞めよう。
何なら、このフィラセは俺の手に負えない高性能な物の可能性が高いので、今の仕事すら完遂できないかもしれない。
うん、逃げ出したと言われても良いから、というかむしろ、このフィラセの設置から逃げ出したい。
うん、ちょっと高性能なフィラセの見学をして、逃げよう。
そう心に決めて、心の平穏を何とか取り繕ったところで、馬車が停止した。
どうやら、支部に到着したようだ。俺の心の寿命も近い。
それにしても、協会の職員や他の魔術師たちに、俺がペクニア様に雇われていることを知られるのが、こんなにも恥ずかしいことだとは思ってもみなかった。
主人の評価が俺の評価にもなるような気がして、俺はなるべく目立たないように、大人しく、そしてこんな奴を好んでいると思われないように、渋々という感じを出しながら、ペクニア様に付いて行った。
「依頼したフィラセが完成したと手紙にあったが」
「はい。お渡しの前に、ご確認なさいますか?」
「いや、完成しているのだろう?ならば良い」
いや、普通は商品の説明くらい聞くだろう。何なんだ、その自信は。
これでとんでもない粗悪品、もしくは手に負えないような高性能のフィラセが来たらどうするんだ?
というか、この男なら、金に糸目はつけないから、兎に角、高性能の物を!とか言ったんだろうな。
それを要望書に書き起こした職員を尊敬する。
俺はどこか嫌な予感を覚えながら、できる限り存在を薄くしていた。しかし、ペクニア様にとっては、魔術師という存在はやはり道具のようだ。
「畏まりました。設置のために協会から魔術師を派遣いたしましょうか?」
「いや、うちにも魔術師がいるのでな。必要ない」
その言葉を聞いて、俺はげんなりする。
お前に自慢されるとか、逆に評価が下がるわ。と思いつつも、口に出さない。
そして、フィラセの設置は俺の仕事か。嫌な予感ばかり、当たるもんだな。
協会の魔術師が設置してくれたなら、後学のために勉強になった、というだけで穏便に辞められたかもしれないのに。
「左様でございますか。それでは、こちらに署名を頂けますか」
「あぁ」
「ありがとうございます。これにて、ご依頼は完了となります。お部屋までご案内致します」
そうして案内された部屋に鎮座するフィラセを見て、俺は思わず口を開いた。
一目見て、その凄さが分かる。いや、俺では、その凄さの全容を把握できていないかもしれない。
「これは…………見事なフィラセですね」
「ん?普通ではないか?」
「いえ、魔石の許容量が見たこと無いくらいに多いですよ」
まず、一番おかしい部分を指摘すると、ペクニア様は顔色を変えず、当然のように否定した。
それでも言い募ろうとする俺を遮って、ペクニア様は命令する。
「何、魔石なぞ、直ぐに魔力がなくなる物ではないか」
「いえ、この魔石は…………」
「つべこべ言ってないで、さっさ運べ」
「…………はい」
そうして俺はフィラセを浮遊させて、屋敷まで運び、ペクニア様が決めた場所に置いて、設置作業を行った。
いや、しかし、近くで見れば見る程、素晴らしい機構に性能、そして何より、途轍もない容量の魔石だ。
完全に理解はできないが、設置する分には問題なさそうな機構なので、これだけ高性能なフィラセであっても、設置はできた。しかし、問題はこの魔石だ。
「どうだ?できたか?」
「はい、これで魔力を補充すれば使用可能です」
「ならば、さっさと魔力を補充しろ」
「分かりました。しかし、私一人では満杯にはできません」
「何?」
「今日は設置のために魔力を消費していますし、それでなくとも、この魔石は私では上限が見えない程、容量が大きいです。満杯まで込めるには何日か、かかるでしょう」
憤慨するペクニア様に俺は理路整然と、無理だと述べる。
だから、協会で署名する前に製品を確認するべきだったのだ。
そんな思いを抱えながら、見通しを伝えると、ペクニア様は眉を顰めた。
「はぁ?」
「ですが、満杯まで入れなくとも使用できるようになっていますから…………」
「お前!大金を出して依頼したフィラセを、満杯まで入れられなかったなどということが許されるか!兎に角、早く満杯にしろ!三日後にはお客様がいらっしゃる。それまでに満杯にしておくのだ!」
「三日では無理です」
「無理ではない!私がやれと言ったら、やるんだ!」
「…………分かりました」
大声でそう捲し立てるペクニア様を見て、俺は何かが吹っ切れた。あぁ、もういいや。
「そうか。分かったならいい。さっさと」
「本日、只今をもって、貴方の専属を辞めさせていただきます」
「何!?」
「給金が良いだけの最悪の職場なんて、こっちから願い下げだ。そのフィラセは誰かにやってもらうか、自分で補充するんだな。ペクニア様程度の魔力量じゃあ、満杯になる日がいつになることやら。まぁ、俺にはもう関係ない話ですけどね。それでは」
踵を返した背後からは、くそっ!馬鹿な!?と俺を罵り、フィラセの性能に驚愕する声が聞こえてくる。
言いたいことを言えてすっきりした俺は、直ぐにその場を離れ、ペクニア様の補佐をしている男の元へ向かった。
この男が金銭や勤怠の管理をしているのだ。その男から今までの分の給金と違約金を毟り取って、俺はこの田舎町の協会の支所に向かう。
この支所ならばペクニア様のことも把握していそうだから、話も簡単に通じるだろう。
契約の終了の報告、雇用主が原因であること、違約金を受け取ったことと、その一部を協会に納めること、それらの説明をする。
あの雇用主は他でも不評だったようで、受付の女性は納得した様子で、それはお気の毒でしたね、と同意してくれた。
「あのフィラセは、マギシア・トレダが自らお作りになられた物なのだそうですよ」
「あぁそれで。確かに素晴らしい性能に、途轍もない魔力容量の魔石でしたよ」
「あのように素晴らしい作品ならば、相応しい場所というものがあるでしょうに」
「いえ、案外、マギシア・トレダは全てお見通しで、ペクニア様の悔しがる姿を想像していたのかもしれませんよ」
「そうでしょうか」
「まぁ、恐らくペクニア様には使えないでしょうから、何等かの理由を付けて、近々、競売にでも出すんじゃないですか?」
「まぁ!もし、そうなれば、それは何としてでも手に入れなければなりませんね」
「えぇ、楽しみですよ」
数日後、俺の言葉は現実になった。
色々と理由を付けて、競売に出そうとしていたところを、協会が交渉して、返品という処置を取ったようだ。
完全未使用ではなかったし、製作費がかかっているので、購入した額よりは大分少ないが、あの男は使えないフィラセを手放せて、お金も戻って来て、ほくほく顔だったようだ。
その話を聞いた協会中の人間が、嘲りを含んだ笑みを浮かべていたが、当人はお金の心配ばかりしていたようで、気付いていない。
という点も、含めて笑える。というか、逆に呆れるというか、感心する。
願わくば、マギシア・トレダによる、貴重で高性能のフィラセが相応しい場所で、活躍してほしい。




