65.フィラセの依頼人(閑話)
今回は閑話です。
「ようこそいらっしゃいました、ペクニア様」
俺は今、恥ずかしい気持ちで、その場に立っていた。
ここは魔術師協会の支部の一つだ。この街で支部と言えば、ここの一つしかない。
まぁ、普通は街には支部ではなく支所しかないからな。支部となると、大きな街へ行かなければならない。
依頼を探したり、受けたり、といった手続きは支所でもできるし、それなりの情報もそこで手に入るので、こうして支部に来ることはほとんどない。
それでは、どうして、今、俺は支部に来ているのか。何故、こうなったのだろう。
現実逃避だと分かっているが、そう考えずにはいられない。俺は何だか、達観したような感傷的な気分で、これまでの経緯を振り返った。
俺は今、このペクニアと呼ばれる男の専属魔術師として雇われている。
魔術師としての経歴はまだ二年目だが、学院を卒業しているし、魔術師階位も順調に上がってきている。それなりに魔術も使えるつもりだ。
しかし、経歴の短さからか、学院のある王都では、ロクな依頼は受けられなかった。
それに物価も高い王都では、このままではやっていけないと思い、地元に近い大きな街に帰ってきたのだ。
そして、そこでいくつかの依頼を達成し、経験を積んできたところで、近くの田舎町に住む大商人に声をかけられた。
それがこの男、ペクニア…………様だ。
あまり良い評判は聞かない人物だが、給金が良かったので、依頼を受けることにした。金にがめついという噂の人物が、これだけの給金を出してくれるというのだから、さぞかし期待されているのだろう。
それか、誰も受けたがらないから、給金を釣り上げているのか。取り敢えず、働いて駄目だったら辞めよう。
そんな気持ちで働き始めて、一週間。あぁ、後者だった。こいつ、俺を道具としか思っていない。
もう辞めるか。そう思っていた時、ペクニア様に協会の支部に依頼していた物を受け取りに行くので、お前も付いて来い、と言われた。
便利な荷物持ちだと思われていることは直ぐに分かったが、仕事なので仕方ない。俺はペクニア様に付いて、協会の支部に向かった。
その道中、ペクニア様が自慢として話していた内容を聞いて、俺は頭を抱えたくなった。
まず、ペクニア様の屋敷というか拠点というか、第一号店がある田舎町にある協会の支所で、フィラセの製作依頼を出したそうだ。
協会は何でも屋っぽい面がある。依頼が広範囲に及ぶという意味だ。
特に田舎町では、各職人ギルドや商人ギルド、冒険者ギルドが小さい、或いはない、というところも多い。そんな小さな町にまで支所を持つのが、魔術師協会だ。
各ギルドが小さいながらも田舎町にまで存在できているのは、協会の支所の建物の中に、間借りする形で駐在員がいるか、窓口が設けられているからだ。
小さな町では大抵、協会の支所が他のギルドとの取り次ぎを行ったり、代行したりもするので、協会への依頼や相談の範囲は当然広くなる。
そんな田舎町の支所にフィラセの製作を依頼して、最初に上がって来た仕様書が、ペクニア様曰く、ごみ屑のような出来だった、そうだ。
その町に縁があるからと、大金を積んで、支所に依頼を出してやったのに、やはり田舎の職人に期待するだけ無駄だな、と悪態を吐いていたのだが、仮にも、自称だが、大商人が大金を積んだ依頼に、協会の職員が程度の低い答えを出すことはないだろうと思う。
つまり、その町ではその仕様書の程度が普通か、普通以上の性能なのだろう。
ペクニア様は下手に目が肥えているというか、欲張りなので、それに満足できなかったに違いない。
俺からしてみれば、何のために使うのか、どのくらい使うのか、というような状況や条件によって、必要な性能を決めるものだと思うのだが。
その仕様書を却下してから、それ以上の物はこの町では出せないということで、一つ上の支所に回すことになったそうだ。
まぁ、求める性能やかけられる金額によってはそうなるかな、と思ったのだが、この男は一つ上の支所で出された仕様書にも文句をつけて却下したらしい。
ペクニア様曰く、私をただの商人だと足元を見て、努力を怠った、らしいが、俺にはよく分からない。
この時点で内心では頭を抱えるどころか、蹲る勢いだったのだが、この自慢話にはまだ続きがあるらしい。
あぁ、そうだよな。だって、俺たちが今、向かっているのは支部だ。支所ではないのだ。
一つ上の支所での仕様書を却下して直ぐに、支所の職員に、一つ上の支部に回すこと、階級指定を付けることを提案されたらしい。
希望でも推奨でもなく、指定を提案されている時点で、魔術師としては色々とお察しという状態なのだが、その職員の腕が、いや頭が良いのか、この男は上手く口車に乗せられたらしい。
その提案を喜んで受け入れ、支部に6級以上の指定で製作依頼を出すことになった。
指定というだけでなく、6級と聞いたところで、俺は内心でひぇええっとか細い悲鳴を上げてしまった。
何で俺より階位が高いんだよ!
俺は先輩の作品を受け取らされて、それで俺が設置するはめになるんだろ!?
フィラセは専門じゃないし、何なら魔術具自体、専攻してないわ!
基本的な構造と標準的なフィラセしか、設置方法が分からんぞ!?
協会から設置のために魔術師を派遣してくれるんだよな?
それも報酬に含まれているんだよな!?
そう問い詰めたくなった。
俺の表情は市場に売られて行くことが分かった家畜そのものだ。
あぁ、俺はこれから殺されて食肉として解体されるんだな。
まさにそんな気分で、横を通り過ぎる家畜が乗った荷車にちらりと思いを馳せる。その間にも、目の前の男の話は進んで行く。
えぇと、確か、支部で6級以上の指定で依頼を出した、ってところだったか。
それから、暫く、誰も依頼を受けてくれなかったらしい。
それはそうだろうな。この男は、お目出度い頭で、要求と報酬の高さに誰も手も足も出なかったのだろうと言っているが、まぁ、ある意味で正しい。
2バツの付いた6級以上指定の依頼だなんて、誰も食指を伸ばそうとは思わないさ。
そして、暫く経って、漸く依頼を受けてくれる人が出たらしい。
今更?というか、誰だ、そんな奇特な奴は?そいつの頭は大丈夫なのか?
と逆に心配になってしまうのだが、そこで提出された仕様書は、要望書に沿った完璧なものだったらしい。
というか、要望書の条件を全面的に反映しただけの物っぽくて、逆に職人が作ったと言うよりは研究者が作ってそうだなと感じた。
職人の製品は無駄が少ない、と勝手にそういった想像をしているが、大体合っていると思う。
そして、研究者が作る製品は無駄が多い。この無駄が新機能や新商品のきっかけ、思わぬ恩恵を齎すこともあるので、一概には無駄だとも否定できないが。
この依頼を受けて製作したのも研究者気質な人だろうと感じ取った。
なんせ、この男が要求する性能だ。本当に無駄な機能しかついていないだろう。そんな機能を付けて、どこで活躍するというのだ?という要望書を出したに違いない。
そして、今、そのフィラセが完成したと連絡があったそうで、その受け取りに向かっているのだ。
時期としては、俺がこの男の元で働き始めた頃に、フィラセの完成の連絡があったのだろう。
まさか、そんな泥沼の最中にいる雇い主だとは思わなかった。俺の情報不足だ。
次話は閑話となります。
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