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63.売れ残り


私は、まぁいいか、と軽く息を吐いて、改めてこのフィラセについて話を戻した。


「これはルクスが依頼を受けて作ったの?」

「はい。協会長ではありますが、協会の魔術師の一人でもありますからね。掲示板の売れ残りを引き受けました」

「掲示板の売れ残り?」

「はい。協会では依頼を受けて、それを掲示板に張り出しています。それを見て魔術師は依頼を選ぶのですが、報酬や内容によっては誰にも依頼を受けてもらえないというものが出てきます。そのようなものを売れ残りというのですが、売れ残ったものは協会の職員と依頼人が相談して、依頼を取り消すか、報酬や内容を変更して再度依頼を出すか、といった対応をします。これも売れ残りの依頼のうちの一つですね。履歴では三回目の依頼だそうですよ。つまり二回売れ残って、報酬や内容を変更している、ということです」

「ふーん。何で売れ残ってたの?」

「一度目は最新で高性能のフィラセが欲しい。報酬額に糸目はつけないという感じで出ていたようですが、流石に怪し過ぎますね。それに依頼内容も抽象的ですから、折角引き受けて仕様書を出しても、依頼人が満足しなければ突き返される可能性もありますからね」

「逆に、そんなに抽象的でも依頼を出せるんだね」

「協会での依頼の幅は本当に広いですからね。出来るだけ詳しく依頼内容を決めるようにしてはいますが、そうではないものもあります」

「へぇ。二回目はどうなったの?」

「報酬額を固定したようですね。うーん、腕の良い職員がいるようです。後で調べておきましょう」


その職員は依頼人に、フィラセの平均的な価格と、貴族などのフィラセではこのくらいの値段だということを説明して、依頼人にはどのくらいまで報酬が出せるのかということを聞き取り、報酬額を設定したようだ。


うん。一回目でなぜ、それをしなかったのかと問うと、依頼人の性格と評判の問題らしい。


田舎の協会支所では、都会よりも曖昧な依頼を受けることが多いらしい。



いつ頃までにこんな感じの物が大体これくらい欲しい。品質はまぁ、使えれば良い。という感じで。



この依頼もそんな田舎で出されたもので、最初は職員もまぁ、この田舎で入手できる程度で良いだろうと、依頼を受けたそうだ。


しかし、依頼人が下手に知識を持っていた、というか、理想が高かったようで、最初に依頼を受けた人の提出した仕様書に文句を言って、却下したらしい。



それがその町では一番の職人のものだったと言うのだから、その依頼は直ぐに売れ残りの未来が見えてしまっていたようだ。


その依頼は支所の職員によって早々に一つ上の支所に回されたそうだ。依頼人もより大きなところに依頼を出せば、理想により近いものが手に入ると思ったようなのだが、そこで一つ上の支所の職員が報酬額を設定させたようだ。


「際限なく報酬を出せる、ということはないでしょう。フィラセであれば、高くともこのくらいの金額にはおさまります。無駄に高く買い取って下さる、ということではないのでしょう?貴方も商人であれば、適正な取引が理想的だということは分かりますよね。商品が素晴らしかったということであれば、後で別に報酬を上乗せすることもできますから。取り敢えず、報酬額はこれで良いですか?」


後にルクスが調べて行き着いたその職員は、不機嫌にも見える鉄面皮で、淡々と粛々と仕事をこなす有能な人物であったようだ。横柄な態度を取る、いかにも小物っぽい依頼人の商人にも、その無表情は変わることなく。


職員の事務的な対応に、出鼻を挫かれた商人は、いつの間にか報酬額の固定に頷かされていたようだ。側で見ていた別の職員は、そんなんで良く商人なんて仕事ができるなぁ、と商人の小物っぷりを実感したようだ。


「でも、そこでも売れ残ったんだよね?」

「はい。余裕を持って設定されていた報酬額以内に収まったことがお気に召さなかったようですね。性能に問題があると仕様書を却下したそうですよ」


報酬額より安く済むのは良いことではないのだろうか。


同じことを思ったのか、ルクスも不可解だと言う表情をしている。


そして一つ上の支所でも、その依頼は早々に見切りをつけられてしまったらしい。


はじめの支所も一つ上の支所も、その判断の早さに感心してしまうが、依頼で却下されるということは余程のことなのだろうか。それとも依頼人の評判の悪さまでが通達されているとか。


「それで、次はここ?」

「いえ、更に上の支部に張り出されていて売れ残りそうになっていたのを本部で回収しました」

「支部では何て張り出したの?」

「内容は変更ありませんが、依頼料の値上げと、6級以上の階級指定がかけられていますね。支所の職員がこの依頼を支部に回す時に、6級以上の指定を条件に組み入れることを検討してはどうかと伝達しています。そこから支部の方で階級指定を依頼人と相談して許諾を得たようです」

「階級って何?」

「協会では魔術師に階級をつけています。魔術師見習いは10級から1級まで、その後に魔術師10級から1級までというように階級があり、依頼や仕事の難易度の目安、魔術師としての熟練度の目安となります。今回の魔術師6級ですと、まぁ、その程度に到達するには早くとも5年ほどかかりますね」

「へぇ。ルクスは?」

「私は1級ですよ」

「………………一番上?」

「まぁ、そうですね。でも、1級であれば、年数を重ねればいつかは到達できると思いますよ?」

「ルクスは年数を重ねたの?」

「いえ、私は最速で上がりました」

「…………説得力に欠けるね」

「オデット様も最速で上がれると思いますよ」

「あぁ、うん、ありがとう。頑張る」


ルクスの本当に何とも思っていないような不思議そうな表情に、私は思わず半目になってしまう。



うん、まぁ、この若さで協会長になるくらいだから、階級は一番上だよね。

ははは。うん、実家の権力だけじゃなかったんだ。

まぁ、そうだよね。それだけで協会長になれるわけないよね。


はい、ごめんなさい。


そして私も同じ道を辿ることになりそうです。

いやまぁ、できるのならやっても良いけど、そんなに急ぐ必要があるのかな。


もしかしたら、やってみたらできた、ってことになったりして。

うん、ルクスの授業速度って結構早いのかもしれないし。


できちゃう、というか、そうなるかも。はい、覚悟しておきます。



一人で納得したところで、私は元の話に思考を戻す。


えっと、確か支部で三回目の依頼を出す時に、6級以上の階級指定をしたってことだよね。

つまり魔術師6級以上の階級の人しか受けられないようにした、ということだろうか。


「階級指定って、どういう意味があるの?」

「依頼の難易度の目安ですね。まぁ、今回は目安というだけでなく、制限なのですが」


それは依頼人の希望ではなく、協会側の推奨でもなく、両者の合意の元での指定であり制限なのだという。

指定する分、半指名依頼にあたり、指名料の半額と、階級に合わせた依頼料が必要になる。



階級指定をしてはどうかと伝達していた支所の職員はやはり有能な人物なようだ。


依頼人が階級指定の話を喜んで受け入れていたという話を聞けば、それを提案した職員は、依頼人の虚栄心をしっかりと見抜いていたのだろう。それに合わせた適切な説明をしていたに違いない。




実際に、当の職員は無表情の裏でしっかりと計算していたらしい。


「階級指定では、指名料の半額と階級毎に定められた依頼料が必要になりますが、指定した階級以上の資格を持つ魔術師しか、依頼を受けることができません。この依頼は上の支部に回しましょう。そこであれば、階級指定をしても、この支所よりは高階級の魔術師が多いので、より高位の魔術師に依頼を受けてもらえる可能性が高くなります」




推奨や希望ではなく、指定をしたという点から、その事情が凡そ、わかる者には分かってしまう依頼になる。これは、これ以上の売れ残りを阻止しようとする措置でもあるようだ。


階級指定をしても満足できないようであれば、一度依頼を破棄して、改めて指名依頼をするように、という依頼人への最終勧告と、この依頼を担当することになる支部の職員への伝言でもあるのだ。


それを喜んで受け入れた依頼人には最終勧告が残念ながら伝わっていないようだが、支部の職員にはしっかりと伝わったようだ。


支部の職員は、売れ残りまでの期限が近付いたところで、内々に本部へ報告していたらしい。依頼の未達成と破棄は、支部と支所に原因があってのことではないという根回しを。



そう伝えていれば、依頼が達成されても協会の要注意人物一覧にその名前が入るし、達成されなければ一覧に入った上で本部が対処に動くことになる。


要注意人物一覧は各支所、支部ごとに作成されるもので、今回のことで少なくとも最初の支所の一覧には入ってしまうらしい。一つ上の支所にも入りそうだと。何せ、階級指定を提案した職員がいる支所だからね。


「それで支部で売れ残りそうになっていたところを引き受けたんだよね?」

「はい。事前にそうなるかもしれないと報告があったとはいえ、売れ残ってしまえば、記録には残りますし、依頼人や各支所への心証も悪いですからね」


支部や支所の不手際ではないという意を職員たちに示すために、そして依頼人の心証の点数稼ぎのために引き受けたそうだ。


「それって、本部っていうか、ルクスが作ったものでも駄目だったら、どうするの?」

「どうもしませんよ。支部での売れ残りとして依頼破棄の処理をします。支部には本部が手を出しても達成できなかった依頼として面子が立ちますし、本部としても支部の面子を保てて、本部で達成できないのであればこれ以上はこの条件では無理ですから、痛くもありません」

「ふーん」



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