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61.暖炉


私はルクスの言葉に、それもそうだなと頷いて、カルメが淹れてくれていたお茶を飲む。


「私がここに来る前は、ルクスとジュネの二人でご飯を食べていたの?」

「そうですね。毎食ではありませんでしたが。時折、私やジュネの従者、他の部下たちとも同席して食事をしていましたよ。まぁ、研究室で済ませたり、お客様との会食もあったりしたので、こんなに毎日毎食、決まった相手と食事をするのは初めてですね」

「そうなの?」

「実家に居た頃は、家族と食事をするか、一人で食べるか、という感じでしたし、学院に入学してからは基本的に一人で、協会に入ってからも何も無ければ一人でしたから」

「…………一人の方が良かったりする?」


当たり前のようにそんなことを言うルクスに、私はおずおずとしながら聞いてみる。


あまりにも慣れたような凪いだ表情で語るので、少し不安になってしまったのだ。


私はここに来てからの記憶しかないので、誰かと食事をするのが当たり前になっている。


体調を崩した時や今日の昼食だって、一人で食べることに寂しさやつまらなさを感じてしまったくらいなのだ。



ルクスはそんなことはないのだろうか。一人が普通というのは、どのような感覚なのだろうか。

それでは、ジュネたちと食事をしている今は、煩く煩わしく感じているのだろうか。



そんな不安がせり上がって来て、私は眉を下げた。


しかし、ルクスはそんな私を見て、目を見開いてから、ふわりと笑みを浮かべた。


「いいえ。今、皆と当たり前のように食事を一緒にできることは嬉しいですよ。それにオデット様と向かい合ってお話ししながら食事をできるという幸せを噛み締めているんです。できるだけ大切な人の側に居たいですし、それが当たり前になるくらいの時間を共に過ごせることが、どれ程かけがえのないものなのか、最近になって漸く分かってきましたからね」


憧れや羨望のような、渇望や飢えにも似た感情を瞳に滲ませながら、幸せそうに微笑むルクスの表情に私は、少し呆然としてしまう。


見惚れるように、途方に暮れてしまった私を見て、ルクスの表情は慈愛に満ちた、弟妹を見守っているかのような親しげな笑みに変わった。


「オデット様にも直ぐにお分かり頂けると思いますよ。今はまだ、あまり他人との接触がないですからね」

「そういうものなんだね。じゃあ、これからが楽しみだな」

「はい。私も楽しみです」


笑って頷き合ったところで、私の中に再び懸念が浮かんだ。私はそれをそのまま口にする。



「私がジュネを食事に誘っても、ジュネは迷惑じゃないかな?」

「大丈夫だと思いますよ。嫌であれば、これまで私に付き合って一週間も一緒に食事はしていなかったと思います。ですから、ジュネもオデット様と仲良くなりたいと思っていると思います」

「そうだといいな」

「それと、この国では、目上の者から声をかけるのが作法ですから、オデット様がお誘いして差し上げる方が良いですよ」

「そうなの?」

「細かく言えば、夜会やお茶会、商談、会議、面会という場面と、初対面、知人、友人、婚約者、親族という関係性によって、どちらが声をかけるのか、声を上げて良いのか、という選択肢は変化しますが、基本的には目上の者に選択肢があると思ってください」



例えば、下級貴族が初対面の上級貴族と廊下ですれ違う時は、立ち止まって道を譲り、簡易的な礼をして、不躾に見つめたり、声をかけたりはしないようにする。


その時、上級貴族はただ歩いて通り過ぎるか、話したいと思えば立ち止まって声をかける。



厳密に言えば、そうしなければならないのだが、初対面では相手が目上か目下か同格か分からないことも多い。


そんなわけで、学院や城では貴族同士ではお互いに会釈で済ませることも多いようだ。



使用人たちのように立場の差が明確であれば、分かりやすい。彼らは同僚以外には礼をすれば良いのだ。


更に相手が王族であればとか、絶対に声をかけてはいけないのかとか、細かく言えばきりがないらしい。



「一つひとつ、その場に合った適切な対応ができるように、少しずつ慣れていけば良いですよ。それに基本的には身分の上下で対応は変化しますが、オデット様ほどの魔術階位であれば、貴族ではなくとも上位者に対する礼を尽くされると思います。その場合は身分と魔術階位のどちらが優先されるのか、ということも時と場合によって変化しますからね」

「…………難しいんだね」

「ですから、少しずつ、なのですよ。まぁ、オデット様の魔術階位であれば、極論、王族に横柄な態度を取っても咎めるというのは難しいですからね」

「そうなの?」

「オデット様を咎めて、逆にオデット様に魔術を使用されたり、魔力圧を出されたりしては、咎める方が困るでしょう?そういう意味では、オデット様の階位だと最強ですね」

「確かに。でも、そんなことしないよ?多分。」

「そうですね。オデット様はお優しいですから」

「私、きちんとそういう作法も学びたい」

「はい。今後、カルメからもそういった授業があるでしょう」


そう言ってカルメに視線を向けたルクスにつられて、私もカルメの方をちらりと窺う。

そんな私たちの視線を受けたカルメはお任せ下さいというように頷いて、一礼してくれた。




「そう言えば、急にルクスの研究室に来ちゃったけど、研究を中断させちゃったなら、続きをしに行ってもいいよ?ただ、側で見ていたいけど」

「いえ、ちょうど魔術具の作成が一段落して、休憩していたところだったので、大丈夫ですよ。先程作成していた魔術具は持ち運ぶ物ではないので、もしご覧になりたいようでしたら、隣の実験室に行きますか?」

「いいの?」

「はい。どうぞ」


ルクスに先導されてやってきた実験室は以前訪れた時と何の変化もないように見えた。


しかし、ルクスが指し示した部屋の隅には大きな何かが鎮座していた。


「こちらです。これと他に幾つか、消耗品の補充をしていました」

「これは何に使うの?」

「これはフィラセという暖炉の魔術具です」

「暖炉?って、私の部屋にもある?」

「はい。協会の客室では、応接室にフィラセを設置していますよ」

「魔術具じゃない暖炉もあるってこと?」

「はい。魔術具ではないものは普通に暖炉、魔術具としての名称をフィラセと、一般的には使い分けていますね」


魔術具ではない暖炉は、薪を燃やして暖を取るものらしい。魔術具では魔力で火を焚いて暖を取るようだ。


先にできたのは通常の暖炉の方で、それまで屋外で焚火をしていたものを屋内に設置したのが始まりだと言われているらしい。そこから竈やフィラセができたようだ。


現在でも暖炉は現役で使用されていて、フィラセに取って代わられ、暖炉が衰退している、ということはないようだ。



魔術具の暖炉、フィラセと通常の暖炉の違いは、外に繋がっているかどうかだと言う。


暖炉には薪をくべて火を焚く場所と、外に煙を流す管がある。フィラセは火を焚く場所だけだ。


建築業界では、暖炉は設備、フィラセは家具という人もいるらしい。どちらを使用しても効果は同じなのだが、手間や手順が違うようだ。



暖炉は薪を足さねばならないし、定期的に煙管の手入れをしなければならない。


それに対してフィラセは火を焚くための魔石に魔力を補充し、定期的に魔術の煙を吸引する魔石を交換しなければならない。



火を点けたり消したりという手間は同じ感じらしいが、煙の処理が違うようだ。


中には魔術の煙を外に流す煙管が付いたフィラセもあるようで、これは暖炉とフィラセの中間的な道具らしい。



兎も角、フィラセであっても魔術の煙という物が出てしまうので、煙管がないものが普通とはいえ、魔術の煙をどうにかするものは必須ということだ。



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