58.ひとりで読書
いつもは皆でルクスの執務室に向かうのだが、今日は食後のお茶を終えたところで解散した。
ルクスは早く研究室に行きたいようでそわそわしていたし、ジュネも友人と待ち合わせをしているのか時間を気にしていた。
私は自分の部屋の書斎に戻り、机に向かった。
覚書や日記を読み直したり、書き足したりしていたのだが、それも直ぐに終わり、暇になってしまった。
「カルメ。何か、本を持って来て欲しい」
「本日は授業はお休みですが…………」
「うーん。授業は駄目?」
「いえ、分かりました。直ぐにお持ち致します」
そう言ってカルメはいつもより多めに本を持って来てくれた。
早速、一冊目を手に取る。題名は『夢の旅人』。
世界中を旅している旅人がヴァラレ山脈の麓のとある村に一泊する。
その村の人々に歓迎された旅人は、お返しにこれまで旅してきた各地の話をする。
翌朝、あまりの寒さに目を覚ました旅人は、周囲を見渡すが村も何もかもが無くなっていた。
という悲しいような怖いような話だった。
目を覚ました時に、昨日の出来事が全て夢のようだった、ということがもし自分に起こってしまったらと考えると、何だか暗い気持ちになってしまう。
そんな気持ちを紛らわすように、私は二冊目の本を手に取った。
二冊目の本の題名は『夢の世界』。一冊目の本の続きのようだ。
旅人は確かにあの村で過ごしたのだということが忘れられなかった。
そこで、そこに本当に村はないのか、周辺にもないのか、過去に存在していた村なのかを調べ始めた。
ヴァラレ山脈の麓の町や村を訪ね歩き、とある村の長老から聞いた話を元に、旅人はヴァラレ山脈の山間に向かった。
そして、そこで旅人は遂にあの時の村を見つけた。
とある村の長老に届いた手紙には、探していた村を見つけたこと、話を聞かせてくれたことに対する感謝が綴られていた。
その手紙を最後に、旅人の行方は分からなくなったという。
…………えっと、良い話風の怖い話なのかな?
目的を達成できた旅人の努力を称えるべきなのか?
旅人が最後に見つけた村は本当にその時の村だったのか?
何と言うか、一冊目も二冊目も後味の悪い話だな。
私は後味の悪さから逃げるように三冊目の本を手に取った。
題名は『光の王子様』。
とある国の王子さまはとても心優しい人だった。誰にも、動物や植物にも優しく、いつしかその王子は光の王子様と呼ばれるようになった。そうして、優しい王子様は、そんな王子を大切にする人たちに囲まれて、幸せに暮らした。
うん、今度は心温まるような話だ。
周囲に優しくしていれば、優しい人たちが集まって、幸せに暮らせるという教訓のような話でもあるようだ。
少しほっと安堵として、四冊目を手に取る。
題名は『光と影』。
とある国の王子様はとても心優しかった。そんな王子のことを王様と王妃様は誇らしく思っていた。
しかし、王子様は魔獣にも罪人にも優しかった。自分を傷つける者にも、自分に悪意を向ける者にも。
そんな王子を心配した王様と王妃様は、密かに王子の目に入る物を選別し、王子を傷つけるような者は遠ざけた。
そうして王子様は何も知らないまま、幸せに暮らした。
うおぉ。これはさっきの『光の王子様』の番外編のようだ。
作者は同じ人のようなのだが、先程の優しい教訓物語を書いた時とは性格が変わってしまったのではないかと思えるくらい、違う雰囲気になっている。
折角、良い感じだったのだが、影でそんなことが行われていたなんて。
その裏の話を知ってしまうと、自分を傷つけないように選別された優しいものしか周囲にいなかった王子様は本当に幸せだったのだろうか、と考えてしまう。
何だか、重い空気になってしまったな。
四冊目を読み終えて、感想や考察まで書き終えたところで、カルメに昼食の時間だと声をかけられた。
私は、ペンや紙などを片付けて、カルメに本を返した。
いつものように食堂に向かおうと書斎を出たところで、応接間のテーブルに料理が並べられていることに驚いた。
そうか。今日は一人で食べるのか。
そう、だよね。ルクスは研究室に籠っているから、そちらで食べるか、昼食も忘れて魔術具製作に没頭しているかもしれないし、ジュネは友人か同僚と昼食を取るのだろう。
そうか。一人なのか。
私はブラカの昼食を一人で黙々と食べた。
今日はルクスやジュネがいないので、料理や魔術の説明をしてくれる人もいないし、雑談をしながら食べることもできない。
カルメは全ての料理を配膳したところで下がったので、恐らくどこかで同じように昼食を食べていることだろう。時々、これはなんだろうと首を傾げながら、私は昼食を食べ終えた。
さて、午後は何をしようか。
魔術に関係する練習は、何をどのようにすれば良いのかが分からないので、一人ではできない。
うーん、暇だなぁ。
そんなことを考えながら食後のお茶を手に取るが、何だか口にする気分になれず、そのまま机に戻す。
何だか、こういうのって、何て言うんだったっけ?このもやもやした感じ。
悲しいじゃなくて、辛い?いや、えっと……
「寂しい?」
そう口に出した瞬間、それまで心の内で霧のように漂っていた思いが、氷のようにぎゅっと凝縮されて、はっきりとした形を得たような感覚を覚える。
それと同時に、内側から魔力がふわりと込み上げてきた。私はそれを慌てて抑え込み、深く息を吐こうとしたところで、今度は上手く呼吸ができなくなる。
「っふぇ…………」
危なかった。ここで魔力を感情のままに溢れさせていたらどうなっていたのだろう。
また魔力圧を出してしまうところだったのだろうか。
あぁでも、今はここに私以外には誰もいないのだから、私が魔力圧を出したところで、誰も困らないのだ。
それよりも喉が引き攣ったように震えて、視界がぼやけてきた。
これはどうしたものか。目から零れる涙をそのままに私が考え込んでいると、応接室の扉がノックされた。
私が返事を出来ずにいると、オデット様、失礼致しますと言ってカルメが入ってきた。
原因は何となく分かっているのだが対処法が分からない。
この気持ちを誰かにどうにかして欲しいと思いつつも、いや誰にも気づかれたくないという相反した思いもあるのだから、始末に負えない。
応接室に入ってきたカルメの方をちらりと見ると、カルメは応接室に居たのに返事をしなかった私を訝しむような表情をしていた。
しかし、それは直ぐに驚きに変化した。私の様子を見ての反応なのだろうが、カルメに知られてしまったことで、私は更にどうすれば良いのかが分からなくなる。
「オデット様。どうされましたか?」
私の側に来て、心配そうな顔をしてくれるカルメに私は何だか、嬉しいような苦しいような気分になる。
「…………よく分からない」
「分からない、のですか?どこか痛いところや苦しいところはありませんか?」
「………………」
痛いのも苦しいのも、私の心の問題なのだ。
だからそれをカルメに話してしまうのは躊躇われた。
私が泣いているのは、痛く苦しく感じているのは、私の問題であって、カルメの所為ではないのだが、これを口にして気を遣わせてしまったらどうしよう。
「体調を崩されていてはいけません。直ぐにルクス様に診て頂きましょう」
そう言ってカルメは焦った様子で私を抱え上げた。
体調はどこも悪くないので、自分で歩けるのだが、抱えられた状態で無理やり降りるのは危ない。
それに何だか、カルメに触れられたことで落ち着きかけていた涙がまた溢れてきてしまった。
その感触をとても優しく温かく感じてしまい、手放しがたかったのだ。
そんなことを考えている間にもカルメは廊下に出て、足早にルクスの研究室に向かっている。
研究室の扉をノックして、誰何の声に応え、許可を得て中に入ると、ルクスは研究室内の応接室で休憩をしていたようだ。お茶の入ったカップを置いて、こちらを見ている。
「オデット様?」
その声を聞いて、その姿を見て、私は再び内側から魔力が込み上がり、涙が溢れて来るのを感じた。
慌てて魔力を抑え込むことに集中する。今はカルメに抱えられているので、もし魔力圧が漏れてしまったら大変だ。
魔力制御に集中している分、目から溢れる涙には何の我慢も対処もできていない。
そんな私を見て、ルクスもカルメと同じように驚いて立ち上がり、私の側に来てくれた。
そこで漸く地面に降ろしてもらえた私は、袖で目を拭い、涙を拭いた。
しかし、涙は拭いても拭いてもまた出てきてしまう。
私に目線を合わせるように片膝をついたルクスは、慎重に私の顔を見ている。
「オデット様。目が痛いとか、痒いとか、違和感がありますか?」
「………………ない」
「…………それでは、直前に何があったのか、お聞きしても?」
その言葉に私は先程と同じ躊躇いを抱いた。
私がただ寂しいと思っただけなのだ。
それはルクスたちには関係ないだろうし、私の心の問題をどうにかすることはできないだろう。
しかし、ルクスは必ず原因を突き止めて見せる、という気概を感じさせるような目をしている。
これは逆にちょっと寂しかっただけだから気にしないで、という方向で誤魔化した方が良いのだろうか。
「えっと、お茶を飲んでた」
「その時は、何を考えていましたか?」
ルクスの追及に、私は再び言葉を詰まらせる。
これはまるで、私が何故泣いているのか、私の気持ちに気付いているようではないか。
気付かれているのならば、仕方ない。やはり誤魔化す方向でいくか。
「暇だなぁって思ってた。それと…………寂しい」
しかし、その言葉はやはり私の心を揺らしてしまうようだ。またもや込み上がってきた涙に私は眉を下げる。
そんな私を見て、ルクスは優しい笑みを浮かべた。
気を遣わせてしまっているのは同じなのだが、カルメが見せていた心配や不安の表情というよりも、思いやりや優しさの際立つ微笑みに、私は目を惹かれた。
「オデット様。そのまま魔力を抑えていられますか?」
「うん?」
「それでは、失礼しますね」
「えっ」
さらりと断りを入れると、ルクスは私を抱き上げた。




