54.子爵の報告(閑話)
今回は閑話です。
「陛下、ラヘテ子爵がお見えです」
「通せ」
ここは国の中枢、王城の中核、国王の執務室だ。
側には側近たちが出入りし、宰相が傍らに控えている。
執務机で書類を読み、署名を書き、報告を聞く。
そんないつもの出来事の繰り返しだ。
私は従者の言葉に何の気構えもなく、返事をする。
うっかり、流れで返事をしてしまってから、宰相の鋭い視線を感じ、慌てて思い出す。
ラヘテ、ラヘテ…………あぁ、例の召喚事件の調査を任せたのだったか。
あれは、魔術師協会がほぼ独占してしまっているようなものだからな。
召喚魔術と言えば、魔術師たちが喜ぶ素材だろう。
国としては、一応、何があったのかだけは把握しておかねばなるまい。
そう思って、適当に手柄を立てたそうな暇人に、調査を命じたのだった。
「陛下、召喚魔術事件の調査報告に参上致しました」
「聞こう」
「は。魔術師協会によりますと、以下の情報が分かっているそうです」
そう言って子爵が差し出した報告書を従者が受け取る。
宰相が中身を確認して、特に問題ないと、こちらに渡す。
私はそれを受け取って、流し読む。
そこに書かれていたのは、事前に得ている情報とほぼ変わらなかった。
強いて言うならば、犯人がソラレ・セリセに所属している、という点が目新しいか。
ソラレ・セリセ。
確か、実験好きの魔術師共の集まりだったか。
非公式非公開の実験は違法なものも多いらしいが、実態は不明。
現状は取り締まりようの無い組織だ。
今回もこれを機に一掃する、とまではいかない。後は…………
「召喚された高階位の少女については何か分かったのか?」
宰相が私の考えを読んでいたかのように、子爵に問う。それを受けて子爵はちらりと周囲を見た。
私は片手を振り、側近や従者たちを下げさせる。部屋に残ったのは、私と宰相、近衛の騎士だけだ。
「そ、それが…………白、白い髪と白銀の目を」
何かを思い出して震えながらそう告げる子爵に我々は眉を顰める。
「白だと?それは本当なのか?」
俄かには信じがたいと、聞き返す宰相に、子爵は大仰な仕草で首を振った。
「本当です!誓って嘘は申しておりません!この目で確認いたしました!」
「…………」
嘘を吐く余裕のない子爵の態度に、我々は黙考する。
嘘ではない。だが、信じがたい。
白色など、伝説級の存在だ。
しかし、これが事実ならば、我が国、いや我々の指揮下に置けば、その存在があるというだけでも、外交上の切り札になる。
それに、その予定はないが、戦争になった際にも有用な戦力となるだろう。
だが、問題は…………
「その少女は、協会が保護しているのか?」
「は、はい!陛下にご献上しようと思いましたが、協会長のルクス殿に反対され…………」
「協会長が反対した?」
宰相が子爵の言を聞き返す。確かに私も聞き捨てならない発言だった。
「どういうことだ?」
「そ、それが、例の少女は魔術災害難民であり、王国の民ではない、と」
「なるほどな。確かに、魔術災害難民は王国の民ではない。直ぐに王国に迎えよう、何なら、私が迎えても良いが」
「…………」
私の言葉に子爵は不安と驚きが鬩ぎ合ったような表情をする。
「どうした?」
「い、いえ、その少女は、ルクス殿が良いと申しておりましたので…………し、しかし、陛下からのお申し出ならば、断る者は居りませんでしょう!」
子爵の見え透いたお世辞に宰相も私も何も返事はしなかった。
それよりも、例の少女についてが問題だ。
最果ての森の管理を協会に任せていたのは、問題ない。
こちらにはそれだけの旨味がない。精々、国境の管理程度で良い。
召喚事件が協会主導になっているのも、問題ない。
事件などには一々、興味はない。そちらで調査してくれるのは有難いくらいだ。
だが、少女が協会に保護されている、というのはいただけない。
今回は完全に後手に回ってしまったが、何とか、少女を手に入れなければ。
協会長のルクスが保護しているならば、彼に命じれば、差し出すだろう。
協会長の立場として、王国に逆らうことは出来ないだろうからな。
そんなことを考えつつ、子爵に視線を向ける。
「他に報告は?」
「いえ、以上で御座います」
「そうか。ラヘテ子爵よ。この件については、正式な処分が発表されるまで、口外しないように。良いな?」
「はい。畏まりました」
「其方らもだ」
背後に控える二人にも視線を向けると、二人は静かに頷いた。
「畏まりました、陛下」
「さて、もう良いぞ」
「はい。失礼いたします」
子爵が居なくなった部屋で、私は宰相に視線を向ける。
「さて、陛下。如何いたしますかな」
「まずはこちらに取り込むことからか。利用方法や管理方法はそれからでも良いだろう」
「そうですな。こちらに従順な駒にするには、なるべく早い段階から育てるのが一番です」
「召喚事件から一週間か。報告の少女がルクスが良いと言ったのは、保護してもらった恩からだろうな。より良い環境で過ごせるとなれば、恩を別の場所からでも返せると分かれば、そこに留まる理由もないだろう」
「えぇ。報告では10歳前後とありますから、早々に生涯契約を結ばせましょう」
「そうだな。まずは契約の草案と客室の手配、召喚状の作成、と言ったところか。その後は離宮の準備と教育係の選定、それから大臣たちにどの程度知らせるか、今後の運用方法についての会議…………はぁ。溜息が出てしまいそうになるな」
「これだけ大きな力を得るのですから、その管理維持だけでも大変でしょう」
「まぁ、影の王の苦労と言うものだろう」
影の王。とある物語の中で、裏から手を回し、愛する王子を守る保護者のことだ。
「では、心優しい王子には早めに箱庭を用意いたしませんといけませんな」
「あぁ、我らの大切な王子が傷つくのは見たくないからな」
「我々がルクスに命じれば、彼は応じるでしょう」
「あぁ。少女と共に城に招こう。そこで、少女にはこちらに来てもらう」
「えぇ。直ぐに召喚状を作成させましょう」
私は驚くような報告を受けたにも関わらず、何の気構えもなく少女を招待することにした。後から思えば、そこから間違っていたのかもしれない。




