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53.子爵との対面



朝食の後は、私とカルメは小会議室でお勉強だ。


ルクスとジュネは仕事をしているか、恐らく子爵を迎える準備でもしているのだろう。


今は私も、目の前の勉強に集中しなければ。




最初に手に取った本は、よく分からない分野の本だった。


題名は『心の科学』。

中を読んでも、そういう考え方があるのか、としか思わなかった。

さらりと名前や用語を書き留めておいて、簡単に内容の要約も書いておいた。


二冊目も同じ分野と思われる本で、そちらもさらりと読み終えた。


知らないことを学べるのは楽しいのだが、この分野についてはあまり興味がないというか、他の物事ほどの熱意を持てなかったな。



少し落胆したまま、カルメからの確認問題を解いて、休憩の時間になった。

ルクスの執務室に戻ると、二人は沈んだ表情に暗い雰囲気で休憩していた。


そんなにあの子爵とやらに会うのが嫌なのだろうか。


そう思いながら私も休憩をしていると、ルクスの従者が部屋に入ってきた。


ルクスの従者はそのままルクスに何事かを耳打ちする。

ルクスはそれに頷いて立ち上がった。


どうやら、来たようだな、例の子爵が。


「オデット様。それでは行って参ります。恐らく、オデット様も直ぐにお呼びすることになると思いますので、このままお待ちください」

「うん。頑張って」

「はい。ありがとうございます」


ルクスは嫌そうな表情から、感情の読めない微笑みに切り替えて、執務室を出て行った。


ここには私とカルメだけが残っている。


「カルメは子爵を知ってる?」

「お見かけしたことはありますが、直接お話しした記憶は御座いません」

「子爵って嫌な人なの?」


これは何か知っていそうだな。


そう判断した私は、ルクスたちの空気感から思ったことを、すっぱりと聞いてみた。


私のはっきりとした物言いにカルメは、肯定はできないけど言いたいことは分かる、という戸惑った表情を浮かべた。


「嫌、と言いますか、考え方の違う人だとは思います」

「どんな考え方をする人なの?」

「何と言いますか…………魔術師をどこか、道具のように捉えている節がある、と思います」

「なるほどね」


私の視線に根負けして、渋々と答えてくれたカルメに、私はあぁそういう感じかーと頷いた。



子爵にとって、魔術具は話すことができない道具で、魔術師は話すことができる道具、というだけの違いなのだろう。


魔術師は魔術具より使い勝手が良いが、話ができる分、利用しにくい面もある、ということか。


それは魔術に敬意を持つ人たちにとっては敵に見えるだろう。

勿論、ルクスたちにとっても嫌な相手に違いない。




私はお茶とお菓子を頂いて、栄養と気力を補給しながら、ルクスが呼びに来るのを待った。

そして直ぐに、ルクスの従者が呼びに来た。


私たちは従者に案内されて、来たことのない部屋に通された。

来客用の応接室のようで、その部屋にはルクスと子爵らしき人物が座っていた。



ルクスは私を見て立ち上がり、会釈をした。

そして長椅子でふんぞり返っている人物に向かい合い、私を掌で指す。


「ご紹介いたします。このお方が、召喚された少女、オデット・ネヴァフ様です」

「ほう。先程の説明では高階位の少女、と言っていたようだが…………何だ。ディグセを使用しているのか。無礼な」

「申し訳ございません。しかしながら、協会では基本的にディグセをご使用して頂くようにしております」

「では、外しなさい」


何故、ディグセを使用しているのか。そしてルクスが高階位ときちんと事前に伝えていたと思うのだが、子爵にはその影響がよく分かっていないらしい。


躊躇いもなく、そう命じる子爵に私は心の内で頷く。

確かに、魔術階位の高さをどう利用してやろうか、というような顔だ。


まぁ、自身のためではなく、陛下のために、という部分は褒められるべきなのだろうけど。

あぁでも、陛下のために功を立てて、結果として自分のためになるのであれば、利己的と言えるのかな。


「…………承知いたしました。オデット様。ディグセを解除して頂けますか?」


ルクスの言葉に私が大丈夫なのかと首を傾げて見せると、ルクスは力強く頷いた。


その表情は私の本来の姿を見せて、むしろ驚かせてやれ、と言うような顔だったので、私はディグセを解除した。


「カネラ」


私がディグセを解除した瞬間、髪色はさあっと水が引くように色を変えた。


今日の緑みのある青色のローブとドレスに白い髪が際立って見える。恐らく目の色も白銀になっているだろう。


私は言われた通りにしましたけど?という反抗的な、というか反応を窺うような目で子爵を見た。


「なっ………………」


子爵は驚きで立ち上がり、口をぱくぱくとさせて、一歩、二歩、と後退った。

その口は、必死に呼吸しようとしているのか、言葉が出て来ないのかは分からない。


そして魔力圧を出すどころか、魔力制御をできるようになっているので、他人からは魔力量が分からない筈なのだが、何かに気圧されたように後退るのだから、不思議だ。


色の力って凄いんだな。むしろ初対面のルクスたちの対応が素晴らしかったのだろう。



ひっそりと溜息を吐いたルクスは、呆れと申し訳なさが混じった表情で、私を見た。


「オデット様。申し訳ございませんが、ディグセを発動して頂けますか」


このままでは話にならないと判断したルクスがそう言った。

証拠としてはもう良いのだろうかと、再び首を傾げると、ルクスは溜息を吐くように頷いた。


「シタヴァノ」


私はそう唱えて、髪と目の色を変えた。鏡がないので確認できないが、恐らくきちんと今日の服に合った色になっているだろう。



私の色が戻ったことで、子爵ははっと我に返った。

そして、眉を吊り上げて唾が飛びそうなほどの勢いで、ルクスを問い詰めた。


「マギシア・トレダ!これほど重要なことを何故、報告しなかった!?」

「私がご報告申し上げても、これほどの高階位であることは、実際にその目で確認するまで、信じて頂けないでしょう」

「う、た、確かに…………これほどの階位とは、これはいち早く、陛下にご報告と献上に伺わねば」


その一言を聞いた瞬間、ルクスの雰囲気がぴしりと張りつめた。


「献上?オデット様は物ではありません」

「何だと?王国の民は全て、陛下の物であろうが!」


ルクスが反抗したと思ったのか、子爵は諫めるように、いや、ただ激昂して声高に叫んだ。


しかし、それをルクスは軽くいなす。その冷静な表情には嘲りの微笑みすら浮かんでいたように見えた。


「残念ながら、オデット様は魔術災害難民です。王国の民では御座いません。そして、民は民です。陛下の物ではありません」


しかし、残念ながら、子爵は頭が悪い、いや話の通じない人だったようだ。


「…………それでは、直ぐに我が王国の戸籍を取得させよう。これだけの高階位であれば、引く手数多だろう。私から陛下に報告すれば、そのまま私に賜るかもしれんな」


下心が丸見えの子爵の言葉と表情に私もルクスも溜息を吐きそうになった。


しかし、ここで反論しても話がややこしくなるだけだし、揚げ足を取られるかもしれない。


私は子爵の言葉は理解できていないというような素知らぬ顔で端的に告げた。


「私はルクスがいい」


色々と言葉を省略して言ってみたが、予想通り、子爵は自分に都合よく解釈してくれた。


「なるほど。確かにマギシア・トレダはレデブ公爵家の者だからな。レデブ公爵家では私に勝ち目はない。しかし、今回の調査は私が陛下より命じられたものだ。このことは私から陛下に奏上しよう」


一方的に告げると、子爵は帰ってしまった。


見送りは結構だ、私は火急の用があるからな。

そう言って足早に帰っていった子爵たちを私たちは、呆然と見送る。



これは、どうなのだろう。上手くいったのか、いっていないのか、判断がつかない。



「ルクス、どう、なのかな?」



困惑したままルクスを見上げると、ルクスも困ったように眉を下げた。


「えぇと、オデット様のお陰で、概ね予想通り、といったところでしょうか」

「私が邪魔してなかった?」

「いいえ。その…………私が良いと仰って下さって、助かりましたよ」


そう言いながら頬を赤らめているルクスに、私は驚きと高揚を抱く。


ルクス、まさかここで、あの可愛いが発動するのか?いや、それよりもまずは話の続きだ。


「奏上って、大丈夫かな?」

「そちらは問題ないでしょう。あちらに与えた情報は少なく済みましたから。それに問答無用で献上されることにならなくて良かったです。奏上であれば、今後が心配な部分もありますが、まだやりようはあると思います」


ルクスがそうして手を尽くしてくれていることが分かって、私は嬉しくなった。


喜びが溢れ出たような笑みを浮かべて、ルクスを見上げる。


「ルクス、ありがとう」



次話は閑話となります。

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