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52.子爵への対応


国王陛下から事件の調査を任された人が来る。


まず、国王陛下が今回の事件を認知している、ということが大丈夫なのだろうか。


それに本部に調査の一環として来るというのは、ただの聞き取りなのか、私の存在が勘付かれているからなのか。


そもそも、この調査は大々的で表に出されているものなのだろうか。はたまた、内々に処理されているものなのだろうか。



ルクスの説明から色々な考えが頭の中を巡るが、一番大きく心を占めていたのは、そのラヘテ子爵にルクスは私のことをどう話すのか、それとも話さないのか、ということだった。


「ルクスはどうするの?」

「ラヘテ子爵の調査に応じます」


王国の民として、魔術師協会の長として、国王陛下の命を受けて調査に来た人物を追い返すことはやらない方が良いだろう。それは分かる。


ということは、今回の子爵の訪問で、私の存在も知られることになるだろう。

そして調査を受け入れるのと同じ理由で、調査で嘘を吐くことも避けた方が良い。



「私はどうすれば良いの?」


それは自分の処遇を他人に任せるような発言だが、そのような意味ではなく、お世話になっている家主の意向を把握しておきたいという目的からの言葉だ。


私の言葉にルクスはありがとうございますと、お礼を口にした。

それはルクスの意向を聞いて、聞き入れたいと思っている私のルクスへの信頼に対するお礼の言葉だ。


「基本的には私が応対しますが、子爵がオデット様にお会いになりたいと仰った時には、オデット様にこちらへ来て頂くことになると思います」

「ディグセは?」

「使用したままお出でください。子爵がディグセを発動していることに気付いて、ディグセを解除するように仰るでしょう。その時に一時的に解除して頂ければ、大丈夫です」

「大丈夫なの?」


子爵に私の本来の姿を見せても、大丈夫なのだろうか。

私には子爵の立場や人柄が分からないから、それがどのような影響を及ぼすのか、想像できない。


「はい。子爵は王都があるウェスタ領の一部を統治していらっしゃる方ですから、ある程度公正で公平な視点を持つ方です。そして、王国への愛国心、陛下への忠誠心もそれなりに持っていらっしゃる方ですから、陛下の命での調査で嘘の報告や、過小に、あるいは過大に報告することはないでしょう」


つまり、第三者として公平公正に見つつも、陛下に対しては阿るというか、好意的な態度を取ると。


そんな人物が陛下から命じられた調査で、陛下に嘘を吐いてまで、成果を水増ししようとしたり、自分の取り分を増やそうとしたり、私腹を肥やそうとしたりはしない、ということか。


幸か不幸か、私の存在を馬鹿正直に報告されるということだろう。


ラヘテ子爵に、例えば、陛下に私のことを黙っている代わりに、自分の言うことを聞け、と言われることはないだろうが、陛下のために忠実に動いて、私をどうにかされるかもしれないという不安があるのだろう。



ラヘテ子爵にどうこうされる心配がないのは安心できる話だが、やはり陛下に私の存在が知られてしまうのは不安だ。



それにしても、先程の言い方からすると、まるでルクスたちには愛国心や忠誠心がないようにも受け取れる。


けれど確かに、よく考えてみればそうなのかもしれない。


魔術師協会は世界的な組織で、何処かの国の下に付くというよりは調停に回る側なのだから、多少の愛国心はあっても、陛下への忠誠心まではあまり持ち合わせていないのだろう。


「ルクスはどうしたいの?」


先程と似たような問いを繰り返すと、ルクスは少し目を伏せて、悩まし気な表情をした。


いつの間にか、食堂の空気は重く、食事をする音が響いて聞こえた。



ルクスはどうしたいのか。

協会長として考えれば、子爵の調査で嘘は吐かない方が良いだろう。


子爵に嘘を吐いてまで、私を保護し、秘密を守り続ける方が良いと思うだけのルクスにとっての利益があるのか。


初日に国か神殿か協会かを選ぶとなった時は、余所に取られたくないという理由と、まだ余所には詳細が伝わっていない可能性があったから、私を協会で保護したいと思っていた筈だ。



しかし今回の訪問で子爵に真実を告げれば、陛下に私のことが伝わることになる。


その後、私を王国に引き渡すのか、少し対立があったとしても私を保護し続けるのか。



ルクスはどうしたいのだろう。ルクスにそう問いかけると、意外な答えが返ってきた。



「オデット様はどうしたいですか?」



質問に質問で返された、という以上に、どうしたいのかを丸ごと任せるような覚悟を持った目でルクスが真っ直ぐに私を見たことに驚いた。



それはどういう意味なのだろうか。

その覚悟はどのようなものなのだろうか。

それはまるで私が秘めていた決意のようではないか。



ルクスに話したことはないが、とてもよく似たものを私は持っている。

私がルクスに向けたその思いを、ルクスも私に向けてくれているのだろうか。

そんな叶わないと思っていた微かな希望を育てても良いのだろうか。


驚きと喜びを前にした不安とで何も言えなくなっている私に、ルクスは更に言葉を重ねた。


「今のオデット様にこのようなことを聞いても、お答え頂くのはまだ難しいかもしれませんが、私はオデット様の望みをできる限り、叶えたいのです。オデット様が大切にしたいものは何ですか」


あぁ、私と同じものを持っているのだ。

そしてそれを私に向けてくれているのだ。


そう実感した時、私は嬉しさと怖さを感じた。

大切にしたいものがあるという幸福と、そのようなものがあるという盲目さを知っていたから。



私はルクスにこちらを見て欲しいと思っていた訳ではないのだ。

ルクスに背を預けて、ルクスの死角を守りたかったのだ。


しかし、そのルクスがこちらを見ていたとなると、私はやはりルクスの身体越しに、ルクスの後方を見守るしかない。

こちらを見てくれる喜びに勝るものなどないのだから。


だから、ルクスがこちらに踏み出してくれた勇気に私も応えようと思う。


「私も、ルクスと同じことを考えてるよ」

「同じ、なのですか?」

「うん。ルクスを大切にしたい。ルクスの行く先を守りたい。ってね。でも、お互いに向かい合っていたら、前には進めないと思うんだけど」

「そう、ですね。私はオデット様の側で、オデット様の行く先を見守りたいです」

「私も」

「…………ありがとうございます」

「私の方こそ、ありがとう」


今はまだ、隣り合って共に歩むというところまでは言えないけれど、それでも側で見守ることができるのだ。結構な進歩だと思うし、それで十分だ。



「それで、子爵はどうする?」



ルクスが私の行く先に選択肢を持たせてくれるのは、これで二回目だ。最初に出会った時と、今。


最初の時はルクスの意思が反映されていたし、私もそれに納得したけれど、今回はルクスは私の意思を反映してくれようとしている。


しかし、私はルクスの望みを叶えたい、ルクスを守りたいのだ。



私の存在を隠し通すということは、私が将来にわたって、隠れながら生き続けなければならないということだ。

ルクスにも周囲の人たちにも嘘を吐かせ、嘘を吐き続けることになる。

それは辛いし、危険な気がするし、難しいと思う。


ということで、この選択肢は無しかな。



だからと言って、全てを公に伝えるのも、権力争いに巻き込まれることになるので、最初の選択の段階で避けていた未来に近付くことになる。よって、これも無し。



となれば、一部の人たち、今回の場合で言うと、国王陛下とラヘテ子爵たちにだけ真実を明かす、という選択肢になるだろうか。


一部の人たちにだけ知らせれば、彼らも私を独占するために、大っぴらに吹聴はしないだろう。

そして、一部の人たちに味方をして秘密を守ってもらい、一部の人たちを脅してでも私とルクスの生活を脅かさないようにさせる。

これが、現段階では一番、希望が叶う選択だろう。



お互いの思いや覚悟を確認し合ったところで、改めてルクスに問うと、ルクスは申し訳なさそうな表情をした。その表情を見るに、私と同じことを考えているようだ。


「ラヘテ子爵、そして陛下にはオデット様の存在を明かすしかない、明かしておいた方が良い、でしょうね」

「まぁ、そうだよね」


ここで嘘を吐くのは得策ではないし、陛下に知らせておく、いや知られておけば、いざという時に盾になってもらえそうだ。


ルクスの考えに頷くと、ルクスはほっと安堵の息を吐いた。


「オデット様にはお手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、これからもよろしくね」



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