51.魔力を広げる
無事に年齢計測を終えた私たちは、ルクスの執務室に戻った。
夕食の時間まで、まだもう少し間があるので、ルクスの提案で魔力制御の続きをすることになった。
「それでは、魔力制御の練習の続きです。これは比較的簡単だと言う人が多いので、直ぐにできるようになると思います」
「何をすればいいの?」
「魔力を身体の色々な場所から出す練習です。実際に出さなくても、溜める場所を変えることができていれば、ほぼ成功です」
溜める場所を変えるだけならば、簡単にできそうだな。
今までも内側から右手の指先まで運んでいるんだし、別の場所に移動させるくらいは楽にできるだろう。
「それでは、失礼しますね」
そう言うと、ルクスは私の目の前に跪いて、私の両手を取った。
「今は右手の人差し指ですね」
「うん」
「それでは、別の指に移してみてください」
私は魔力を人差し指から、中指、薬指、小指へと移動させていった。それを見て、ルクスが頷いた。
「はい。出来ていますよ。それでは、御自由に身体の色々な場所に魔力を移動させてください」
「………………」
「どこか、魔力が通らない、通りづらい場所はありますか?」
「ないよ」
「でしたら、大丈夫ですね」
もし、あるのであれば、何か問題なのだろうか。
そんな一抹の不安を抱えながら、私はほっと息を吐いた。
まぁ、ないものはないので、どうでもいいというか大丈夫なのだが。
「それでは、身体全体を魔力で満たしてみてください。薄く広げる感じで」
「こう?」
「はい。出来ていますよ。それでは、それをそのまま、周囲に広げられますか?」
「…………周囲に?」
「身体の範囲を広げる感じで、魔力を周囲に霧のように漂わせる感じです」
私はルクスの説明の通りに想像して、魔力を操作した。
ふわりと広がった魔力は、私の周りを漂っている。
周囲は光を孕んだ霧のように薄く白く光っている。
私の髪の毛やルクスの髪の毛も、その揺らめきに合わせて、ふわりふわりと揺れている。
「はい。素晴らしいです。それでは、この部屋を満たすほどに、薄く広く魔力を広げられますか?」
「…………」
私は、周囲に漂っている魔力を更に薄く薄く、広げていった。私の周囲や室内は、微かに霧がかったように白く霞んだ。
「はい。良いですね。それでは、魔力を自分の身体の内側に戻して下さい」
「んー?」
私は薄く広がった魔力を意識して、それらを吸い取るように掻き集めるように身体の中に収めた。
「できた?」
「はい。成功していますよ。これができるようになれば、魔力回復薬を飲むことも減ります」
「やった」
思わぬ成果に、私は心が弾んだ。
魔力回復薬の味は、何と言うか、絶対無理、というほどではないのだが、微妙に被害を受けるような絶妙な味なのだ。その回数を減らせるのは嬉しい。
「この空の魔石に魔力を入れて、満たしてみてください」
「うん…………できた」
「それでは、その魔力を取り込んでみてください」
私はルクスの言葉に素直に、魔力を取り戻すように回収した。透明に近い色だった魔石は赤く染まり、そして再び透明に戻っている。
「できた」
「はい。良くできていますよ。それでは慣れるまでもう少し練習しましょう」
それから数回ほど、魔石に魔力を込めて戻したり、部屋に魔力を広げて収めたりした。
段々と手際が良くなり、魔力を込める速さや、部屋に広げる量の調整にも気を配れるようになった。
そんな私を見て、ルクスも何故か嬉しそうな表情で頷いてくれた。
「それでは、今日の練習はここまでに致しましょう。そろそろ夕食の時間ですから」
「うん。ご飯」
私はすっと魔力を戻して、ルクスに魔石を返した。
ルクスが魔石を片付けたのを見て、私も立ち上がった。
そんな私たちの視線を受けて、心此処に有らずな様子だったカルメとジュネははっと我に返った。
二人が呆然としていたのを不思議に思ったが、ルクスが全く気にしていない様子だったので、私もまぁいいか、と夕食に向かうことにした。
「(オデット様が恐ろしい英才教育を受けている。俺があれをできるようになったのは、魔力制御を始めてからかなり後だったぞ)」
「(教えているルクス様の優秀さもそうですが、それにすんなりと付いていけているオデット様の優秀さが際立っていますね)」
ニグラのしっかりとした夕食で元気を補給した私は食後のお茶を終えて、自室に戻っていた。
書斎で日記を書こうと思っていたのだが、何故かカルメが付いて来た。
「カルメ、どうしたの?」
「またお風邪を召されては大変ですので、オデット様が寝台でお休みになるまで、お側に居ります」
「あ、うん」
私が疲れている時に、興奮して書斎で日記を書いたり、ペンを眺めたりしてそのまま眠ってしまったのが悪いのだが、カルメにそこまでしてもらうのは申し訳なく感じる。
しかし、カルメがやりたくてやっているようなので、それを止める理由のない私には、自由にさせることしかできない。
むしろ、こちらに非がある状態なので、カルメの対応は歓迎するしかないだろう。
私は少し申し訳なく思いながら、日記を書き始めた。
直ぐに書くことに集中してしまったので、カルメへの申し訳なさは忘れることができたが、私の集中具合を思えば、やはりカルメの見守りは必要だったようだ。
「(オデット様がお辛い思いをされるのを避けるため、という理由も勿論ですが、あれほどお仕事が進まないルクス様も初めて見ました。ジュネ様は何度ご注意申し上げても、中々お仕事に集中してくださらず、大変だったと仰っておりましたし、オデット様にはお健やかにお過ごし頂かなくてはなりませんね)」
私の日記を書く手が段々と遅くなり、眠気に対抗するように目を擦り、欠伸をし始めたところで、カルメにお手伝い致しましょうか、と声をかけられた。
その声と内容で、少し目が覚めた私は、慌てて大丈夫だと返事をして、お風呂と歯磨きを終えて、何とか自力で寝台に入った。
カルメのお休みなさいませ、と言う声を聞いて、私は直ぐに眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めた私は身支度を、いつものように手際よく始めた。身支度を終えて、ちょうど落ち着いたところでカルメがやって来た。
持って来てくれた緑みのある青のロープとドレスに着替え、ディグセをそれに合わせて発動させる。鏡で最終確認をした私は、カルメと共に食堂に向かった。
「おはよう」
「おはようございます。オデット様」
「おはようございます」
既に食堂に来ていたルクスとジュネにも挨拶をして、私も席に着いた。
「それでは頂きましょう」
「「頂きます」」
早速運ばれてきた前菜を食べ始めたが、私はふとルクスの表情が硬いことに気付いた。
そう思ってみれば、ジュネも心なしか元気がない気がする。
いつもであれば嬉々として解説をしてくれる筈の二人の様子がおかしい。
黙ってじっと、ルクスを見つめてみる。
私の視線に気付いたルクスは、何故かすっと視線を逸らした。
そのことを不審に思って、ジュネにも視線を向けると、ルクスの反応を見ていたのか、こちらも同様に視線を逸らす。
視線を逸らした先は別々なので、そちらに何かがあるという訳ではない。
では、これは何なのか。
二人が私に言いたくないことであれば、私は無理に聞き出すつもりはないが、私が前菜に視線を落とすと、こちらを窺うようにちらりと見て来るのだから、話したくない、隠し通したい、という訳ではなさそうだ。
そう判断した私は、二人にすぱっと聞きて見ることにした。
「どうしたの?」
「いえ、その…………」
「何とお伝えすれば良いのか…………」
「何を?」
「あ」
「ジュネ!」
何か困ったことが起こったのではなく、その困ったことを私にどう伝えるかを言いあぐねていたようだ。
ルクスのジュネを制止しようとする焦った声とジュネのしまったというような表情に私は首を傾げた。
それにしても、私が一言尋ねただけで、ボロを出してくれるとは二人は意外と素直なのだろうか。
それとも私が相手だからなのだろうか。何だか気を抜いていられる存在であれば嬉しいのだが、子どもだとなめられているのであれば嬉しくない。
まぁ、二人は私に話すつもりがあるようなので、端から隠す気がないとも言えるが。
「これから、何かあるの?」
適当に当たりをつけて、曖昧な言葉でそう尋ねると、ルクスとジュネはあっさりと頷いた。
この場合、これから何かがあるか、これまでに何かがあったか、の二つの選択肢しかないと思うのだが、ルクスは素直に話し始めてくれた。
「本日、ラヘテ子爵が召喚事件の調査のために、本部にいらっしゃいます」
「ラヘテ子爵…………?」
そう言われても、それが誰なのか、何なのか、よく分からない。そんな私の困惑に、ルクスは当然だと言うように頷いて解説しようとしてくれた。
「ラヘテ子爵は国王陛下より、オデット様が召喚された事件、今回はダルク洞窟召喚事件と呼ばれていますが、その召喚事件の調査を命じられた人物です」




