5.客室
有難く受け取った服は見事な刺繍と縫製、それに手触りが良く、質の良い布だということが直ぐに分かってしまうくらいの良い物だった。
これは…………
このような素晴らしい服を用意してくれるということは、恐らくこの人達はとても良い人か、とても悪い人なのだろうな。
ここまで高価なものはちょっと良い人は用意しないし、ちょっと悪い人は手にできない。
こうなると、悪い方だった場合はとても面倒なことになりそうだ。
心の天秤としては、良い方に期待の所為で傾いてしまっているが、こちらも心構えをしておかなければ、受け取る善意にも向けられる悪意にも、何の覚悟もなしに無防備に心を晒すのは危うい。
私は後ろを向いて着替えながら、心を整えた。
ここには何も目隠しになるものがないのでどうしようもないのだが、やはり着替える時は無防備になってしまうので警戒は当然だろう。
ちらちらと背後を気にしながらの着替えは、意外と精神的に疲労したが仕方ない。
しかし、ルミエ・レデブたちは跪いて下を向いてくれていたので、視線に晒されることもなく問題なく着替えることが出来た。
生成り色のドレスだが、人の手を借りなくとも着られるもので良かった。
記憶はないはずなのだが、これが下着で、これが靴下で、となぜかしっかりと理解出来て、着方が分からないということもなかった。
上半身用の下着は肩紐が細く、胸元にレースの刺繍と中央にリボンの装飾があり、生成り色よりは黄みの少ない簡素な布で作られている。
下半身用の下着は同じ素材で、腰骨の部分から足の付け根までを覆う一般的な形で、縁には上半身用と同様のレースの刺繍と中央にリボンの装飾がある。
その上にはさらりとした通気性の良さそうな、下着と同じ色味のドレスのような物を着る。
装飾はなく、肩紐は幅広で、丈はドレスよりやや短い。
縁に布と同じ色で刺繍が施されているが、それ以外は簡素なものだ。
そして太もものかなり上まである白い靴下を履いてから、生成り色に白色の刺繍の入ったドレスを着る。
上から被るように着られて、紐を結んだり、ボタンを留めたりする必要もなくぴったりと肌に沿うドレスは、腰のくびれから足元に向けて少しだけふんわりと裾が広がっている。
袖は手首まであり、首元は詰襟のようにぴったりと閉じている。
丈は動きやすいような少し短めの脛丈だ。
大き目のリボンを首元に飾ると、華やかさが足され刺繍の量と調和が取れて見える。と言っても、刺繍は裾周り、袖口、首回り、腰回り、というように一部分にしか入れられていない。それぞれが円環のように一繋がりの模様となっている。
最後に同様の布地と刺繍のローブを羽織り、襟元で白金色の細い鎖で留める。
靴は踵に少し高さのあるローブやドレスと同色の革製で、毛足の短い毛皮が裏打ちされていて温かく柔らかい。
ローブやドレスの裾が捲れていないか、襟が折れていないか、上から下まで確認してから私は頷いた。
「終わった」
「大きさは問題ないようですね」
私が声をかけると、ルミエ・レデブは私の姿を上から下に視線を向けて確認した。軽く頷いてルミエ・レデブは立ち上がり、それに合わせてジュネたちも立ち上がる。
「それでは、御滞在して頂くお部屋にご案内します」
早速、お世話になる部屋を用意してくれて、しかも直接案内してくれるようだ。
これは結構良い感じだぞ、と心の天秤が期待の方に傾く一方で、もしかして軟禁のような形なのだろうか、と不安に思う部分もあった。
期待と不安を抱えながら、私は広間を出た。
やはり護衛が軽々と片手で開けてしまった扉に私が触れることはなかったが、そんなに軽い素材なのだろうかとずっと気になっている。
先頭から護衛の男性、ルミエ・レデブ、私、ジュネとデピラ・アセズ、護衛の男性という順で廊下に出た。
広間の壁や柱と同じと思われる素材と塗装、装飾の廊下を私たちはぞろぞろと歩いた。
廊下を歩く人たちは大抵が一人か、二三人ずつなのでこちらはかなりの団体様だ。
そしてここ協会本部の長であるルミエ・レデブたちの御一行である所為か、こちらに気付くと皆が足を止めて頭を下げる。
ここまでは、まぁ理解できるのだが、その後ろの私に気付いた瞬間、腰を抜かしたように、絶望に膝をつくように皆が跪く。
まさに、なにこれ、という状態だ。
そんな皆の様子にルミエ・レデブたちは苦笑というか引き攣った笑みを浮かべて、足早に通り過ぎている。
足を止めて礼をされる分には全く無反応だったのだが、跪かれるとやはり完全無視はできないのだろう。
私はそれに付いて行くので大変だったが、私だってこのように注目され不自然な反応を毎回されるのは嬉しくないので、頑張って歩いた。
「この扉の向こうの設備は全て、ご自由にお使いください」
幾つかの角を曲がり、階段を一、二階分くらい登って、すれ違う人が段々減って来たところで、漸く目的の部屋に到着したようだ。
部屋に入る前にそう告げたルミエ・レデブに、私は頷いて視線を戻す。
深い茶色の木製のような扉を護衛の男性が開けて中に入る。
温かみのある濃い緑色の絨毯が敷かれた部屋に入ると、とんとんと足音が変わる。家具は扉と同じ色の木でできていて、使われている布は絨毯と似た系統の色で纏められている。質感や織り、刺繍の違いで、のっぺりとした印象にはならないように工夫されている。
壁や花瓶は白灰色だ。活けられた花は色鮮やかで、整えられた部屋の内装の中で華やかさを足し、目を楽しませてくれる。
その花からか、布類からか、爽やかな花のような良い香りが微かに漂っている。生花の匂いか石鹸の匂いかは分からないが、香りが強過ぎて気が散らされるということはない程度だ。
灯りは四隅に取り付けられた燭台と、正面にある大きな窓からの光だ。
「ここは応接間です。右手奥の扉が寝室、右手手前の扉が書斎、左手奥の扉が浴室、左手手前の扉がお手洗いに繋がっています」
「分かった」
「本日からはこちらでお過ごしください。何か御用がありましたら、こちらの呼び鈴を鳴らして使用人をお呼びください。お食事は時間になりましたら、使用人が食堂にご案内いたします」
ルミエ・レデブからつらつらと説明を受けて私はそれに頷いた。
私からの質問がないことを見て取ると、ごゆっくりお過ごし下さい、と言ってルミエ・レデブたちは部屋を出て行った。
ルミエ・レデブたちがいなくなった私の部屋はやけに静かに、そして広く感じられた。
外には何があるか分からないし、ここまで歩いて来た道のりを思うと迷う可能性も十分にあるので、用がない限りは出来るだけこの部屋に居ようと、心に誓う。
この部屋を自分の根城だと決めたところで、私は部屋の探索をすることにした。
まず、応接間には長椅子とそれに合わせた大きな机、壁際には茶器や茶菓子の類と呼び鈴などを置いた机があった。
東向きの大きな窓は格子状になっていて、下半分だけ開けることができるようだ。
外には見慣れない街並みが広がっていて、周囲の木や山といった風景、そして窓を開けた時の外気温からすると、今は寒い季節のようだ。
室内は特に暖房設備はないように見えるが温かく、意外と薄着なこの服装でも問題なく過ごせる。
時刻は朝早い時間のようで、白さの残る空から青い空へと色を変えながら日が照らす街は、人々が活動を始めたばかりのような静けさと賑いの中間の空気を宿している。
カーテンは透けるように薄い白灰色のものと、その上に更に掛けられる分厚い深緑色のものがある。
次に見に行ったのは書斎だ。
背の高い空っぽの本棚が二つ、引き出しの付いた書き物机に、卓上には小さな燭台。それほど広くはない部屋だが、個人的な空間だと分かる落ち着いた安心感がある。
それぞれの部屋は繋がっていないようで、他の部屋に移動する時は応接間を経由する必要があるようだ。
私は一度、応接間に戻ってから、次は寝室に向かった。
大きな天蓋付の寝台に、横には燭台が乗った小さな机や足置き、そして服を仕舞えるクローゼットやハンガーがある。東には応接室と同じく大きな窓があり、カーテンも同じだ。
次はお手洗い。
座って用を足すのは私が想像していたものと同じようで、取っ手を引き水を流して使う。紙も備え付けられ、予備は上の棚に仕舞われているようだ。
ぎりぎり手が届いて良かった。途中で紙がなくなるなんてことは有り得ないからね。
最後は浴室だ。
応接室から浴室の扉を開けると、そこは洗面だった。脱衣所も兼ねているようで、ハンガーや籠がある。洗面には石鹸類、タオル類、歯ブラシや歯磨き粉、櫛なんかが置かれていた。
入浴時に着る物と思われる簡素な湯着も置かれていたが、一人でしか使わないので必要ないのではないかと思う。
水は温かい水と冷たい水の二つが出るようになっていて、その正面は一面が鏡になっている。
扉を挟んで奥には、一段低くなった浴室があった。浴槽とシャワーと蛇口があり、お湯の温度は三段階で設定できる。風呂椅子や風呂桶、石鹸類も端に設置されている。
一通りの部屋の探索を終えた私は、応接室の長椅子に座って寛いでいた。
部屋の設備を見る限り、かなり良い部屋なのではないかと思っている。
それとも、これがここでは標準なのだろうか。そうだとすれば驚きだ。
心の天秤が良い方に傾いてしまっている私は、どこか楽観的な思考ですっかり寛いでしまっている。
うーん、これは良くないかもしれない。
そう思って軽く首を横に振り、私は考え直す。
これだけの待遇をしてくれているのだ。対価もかなり大きなものになる可能性が高い。私から大きな利益が見込める、ということだろうか。しかし、今の私には心当たりがない。
もしかして、記憶の無い人を保護して丁重に扱わなければならない文化でもあるのだろうか。
色々と相手の思惑を考えても情報が足りない今は、どうしようもないが、一つ気にかかっていることがある。
それは私の階位だ。
服や色に階位があるのは分かっている。そして、それがその人の髪や瞳の色と似ていることも。
そう思った私は、自分の姿を確認するために、鏡がある洗面に向かった。
そこに映っているのは、10歳前後の少女。髪の色は艶やかな白だし、瞳もやや銀色にも見える白。瞳孔は黒いけれどね。
服と髪や瞳の色を揃えるならば、私は白か白銀、といったところだろうか。生成りのように黄みがかってはいない。
ルミエ・レデブや他の人たちの反応を見るに、私はとても階位が低いか、とても階位が高いのだろう。
というか、こんな小娘にあれだけ丁寧な対応をされたら、嫌でも分かってしまう。
「白って偉いんだ…………」
鏡を見ながらそう呟いた私の顔は、眉を顰めた不機嫌そうなものだった。
次話は閑話となります。




