48.読書
午前中と同じように、寝台の上で眠ったり、図鑑の続きを読んだり、とだらだら、いやしっかりと休むことに努めた。
午後になって早々に図鑑を読み終えてしまった私は、カルメに続きの『王国生物図鑑 植物篇』を持って来てもらい、そちらも楽しく読み進めていった。
昼食を食べてからは、午前中よりは眠ることが少なく、長く起きていられたので、読書が捗った。朝よりも体調は良くなっているからね。
植物篇を七割ほど読み進めたところで、夕食の時間だとカルメに声をかけられた。
寝台から降りて、応接室に向かうと、昼食の時と同じように幾つかのお皿が机に並べられていた。
何かの果物の味が付いている水。
昼食の時とは違う種類のパン。
野菜を細かく切って、ソースと和えてあるスプーンで食べられるサラダ。
パンのお供としてしっかりした味つけのスープ。
そして果物。
昼食と似たような食事になっているのは、やはり体調を考慮して、なのだろう。
ルクスが言っていた祝福や魔力が強くない食事というものは、似たような献立になってしまうようだ。
食事を終えてから寝台に戻り、図鑑の続きを読んでいると、昼間に言っていたようにルクスが訪ねてきた。
「失礼します。オデット様。調子は如何ですか?」
「昼より良い気がする」
「それは良かったです。それでは計ってみましょう」
「うん」
昼間と同じ道具を取り出したルクスに頷いて、私はまず放出魔力を計った。
その値は345。次に体温。これは196。
うん、順調に下がっているな。
そして、またあの針を刺された。
違和感が昼の時よりも強く感じたが、これが前より意識がはっきりしているからなのか、違和感があると気にしていた所為なのかは分からない。
結果は問題なし。
よしよしと頷いて道具を片付けているルクスを見ながら、私は気になっていたことを聞いてみることにした。
「ルクス。質問してもいい?」
「はい。何でしょう」
「夕食のスープに渦巻みたいな模様が描かれていたんだけど、あれって何?」
「あぁ。それはオデット様の健康を願うという意味の模様です。途切れない線で描かれた円環に似た渦巻は半永久を意味します。完全な円ではなく渦巻なのは、生物には始まりと終わり、生と死があることを表しているからです」
「円環は書かない?」
「そうですね。貴方に死んで欲しくないという意味や、戦争や戦いに赴く誰かに生きていて欲しいという意味を込める場合には円環を用います。しかし、それほど強い意味を持たせるのは、相手が家族や恋人の時くらいですね。体調の悪い相手にお見舞いの意味も込めて、相手に元気になって欲しいという意味では、普通は渦巻を使用します」
「へぇ」
「その他には、商会などの組織を立ち上げる時には円環を用いますが、一時的な仕事の始めには渦巻を用いるという使い分けもあります。体調を崩している時は、祝福や魔力が強い物は毒にもなることがあるので、渦巻も階位の低い色で描かれていたと思います。その辺りも気を付けなければならないですね」
なるほど。
円環は永久を意味していて、渦巻は半永久を意味している。
強い思いを込める時は円環で、それ程ではない時は渦巻を使う。
長期的なものには円環を使って、短期的なものには渦巻を使う。
これは渦巻や円環を単体で使う場合の使い分けで、他の模様と組み合わせると、また意味が変わったり、使い方が異なったりするらしい。
それに全ての場合、全ての状況にこの意味が当てはまるわけではないので、前後のやり取りや相手との関係性などを考慮する必要があるようだ。
今回は、素直に、私が元気になりますように、という意味で受け取って良いらしい。
…………大変だなぁ。意味を読み解くのって。
そんな遠い目をしていると、私が疲れていると思ったのか、カルメが助け舟を出してくれた。
「ルクス様。その辺りで」
「あ、そうですね。失礼しました。オデット様。それでは、お休みなさい」
「ありがとう。おやすみ」
長々と説明してくれていたルクスははっと我に返って、あっさりと引き下がった。
危うく魔術講義が始まってしまうところだったので、助かった。
ルクスを見送って、ほっと一息吐いた私は、図鑑の続きを読み始めた。
植物篇を読み終えて、本を閉じてぐでーっと寝台に寝そべった私を見て、カルメは本を取り上げる。
「オデット様。こちらの本はもう宜しいのですか?」
「うん。全部読んだ。ありがとう」
本を片付けてくれたカルメにお礼を言って、私は歯磨きと顔を洗うために、洗面に向かった。
洗面から戻って来ると、カルメが替えの寝間着を用意してくれていたので、身体と髪を拭いて、それに着替える。
そして、寝台に戻った私はカルメに見守られながら、そのまま眠りについた。
翌朝、いつもと同じように目覚めた私は、身体が軽く、頭もすっきりしていることを感じて嬉しくなった。
やはり、元気であることが一番良い。これでいつも通りの生活を送れる。
皆と一緒にご飯を食べられなかったり、常識や魔術の勉強ができなかったりするのは、何だか寂しいからね。
寝台の上で伸びをしていると、扉をノックされた。返事をした私の声を聞いて、入って来たのはカルメだった。
「おはようございます。オデット様。体調は如何ですか」
「おはよう。カルメ。もう元気だよ」
「それは良かったです。朝食の前に、一度、ルクス様が診察にいらっしゃいます。その前に、お仕度を致しましょう」
「分かった」
私は、顔を洗って、着替えて、髪を梳かして、マスキを発動させて、と身支度をした。
準備が終わって、一息ついていたところにルクスがやってきた。
「オデット様。おはようございます。もうお元気そうですね。良かったです。ですが、念の為、計っておきましょう」
「うん。おはよう。ルクス」
そうして私は諸々の数値を計った。
放出魔力は3。体温は194。感染症や拒絶反応はない。
しかし、やはり魔力結晶の針の違和感は強くなっていた。
その結果を見て、ルクスは喜ばしいというような笑みを浮かべて頷いた。
「はい。問題ないですね。朝食はまだ病人食になりますが、昼食からは普通のお食事を召し上がれますよ」
「やった」
「それでは食堂に参りましょうか」
「うん」
ルクスたちと向かった一日ぶりの食堂で、私たちは朝食を頂いた。
朝食はニグラが担当のようだ。私の食事からは分からないが、皆の食事を見ていると、そんな気がした。
実のところ、今日の朝食がまだ病人食で良かったと思っている。病み上がりでニグラの朝食をいきなり食べるのは、少し重たく感じてしまうから。
朝食後はルクスの執務室の隣の小会議室で、カルメの授業だ。
さぁ、今日は何をするのだろう。そう意気込んで席に着くと、カルメは数冊の本を私の目の前に置いた。
「本日から、授業の形を変更することにしました。オデット様には、御自分で本を読んで頂き、分からない部分や重要な部分を私が解説致します。また定期的に、内容を理解しているかを確認するテストを行います」
「自分で読んで勉強する?」
「はい。オデット様は理解が早いですし、本を読まれるのも早いです。魔術に関係することは全くご存知ありませんでしたが、通貨や時間の単位などには直ぐに馴染んでいらっしゃいます。恐らく、記憶がないながらも、オデット様の過去に関係している部分があるのでしょう。我々ではオデット様が何を知っていて、何を知らないのかを把握しきれません。それはオデット様ご自身もそうでしょう。そのような中で、片っ端からお教えしていてはキリがありませんので、ルクス様から標準的な学習書をお借りして参りました。こちらを読んで頂くことを今後の授業にしたいと思います。ご存知、もしくは直ぐに理解できる部分は読み飛ばしたり、読み流したりしてください」
「うん。分かった」
カルメの言いたいことは良く分かった。
全てを一から教えてもらうのには、かなりの時間と労力を要する。教える側も教えてもらう側も大変だ。
本を読むのであれば、全てを話して聞かせるよりも早く効率的に知識を身に付けられるだろう。しかし、この方法に短所がない訳ではない。
今回は、長所の方が勝ったということだろう。
「カルメ。急いだ方が良いの?」
「そうですね。オデット様は記憶がありませんから、その分を取り返すためには、効率的に学んでいく必要があると思います。それに加えて、オデット様は魔術階位が高いですから、魔術の学習量は他人より多くなります。魔術についてはルクス様が担当ですが、そちらに時間がかかるのであれば、こちらはより早く身に付けなければならないのではないかと思っています。授業に明確な期限はありませんが、のんびりと進めていては、オデット様の自立が遅くなってしまいます。そうなれば、人生の選択肢が減っていきますからね」
「うん。確かに急いだ方が良いかも」
カルメの言うことは尤もだった。
私の理解が早くとも、頭が良いとしても、幼い頃から身に付けていく常識というものがなければ、周囲の人よりは頭が悪く見えたり、浮いてしまったりしまうだろう。
それでは、魔術師として働いたり、一人で生活したりしていくことも難しい。
そして、遅くなればなるほど、人よりも経験という差がついてしまい、仕事の幅が減ってしまうのだ。
私はこれまでに抱いていたどこかのんびりとした気持ちを切り替えて、早速、一番上に置かれている本を手に取った。
題名は『王国の歴史』。内容は子供にも分かりやすく書かれていて、ざっくりとした大枠の話だけが書かれていた。
何も知らない私にとっては新しい情報ばかり書かれているが、大枠から掴めるので有難い。
内容自体は濃くないし量も多くないので、私は時々、要約したものを覚書の紙に書きながら、すらすらと読み進めていった。
覚書の紙には、本の題名や著者などの情報も書いておく。
一冊目を読み終えて、次に手に取ったのは『フォルテ王国史』。
フォルテ王国の歴史について書かれているという点は、一冊目の本と同じだが、内容は幾段か難しくなっている。
一冊目で得た情報があるからこそ、楽しく読めているというような状態だ。
こちらも先程と同じように本の情報と内容を纏めたものを覚書に書いていった。
一冊目よりも言葉遣いが難しくなっているが、問題ない程度だ。
まだルクスの言葉遣いの方が難しいし。
そうして、二冊目の本を読み終わり、覚書に纏め終わったところで、カルメに声をかけられた。
休憩の時間のようだ。
私たちはルクスの執務室に戻った。執務室ではルクスたちが既に休憩に入っていた。




