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47.昼食と診察


私は図鑑を眺めたり、読んだり、時々寝落ちしたり、ということを繰り返して過ごした。


「オデット様。昼食をお持ちしましたが、食べられそうですか?」


私はカルメの声にはっと目を覚ます。


「オデット様?少しの間、起きていられそうですか?」

「うん。大丈夫」


私は起き上がって、隣の応接室に向かった。


少しぼんやりとした思考に、怠い身体だが、先程よりは少し良くなったような気がする。


運んだ時に着替えさせてくれた寝間着のままだが、食事のために着替えるには体力と気力が足りないので、このまま食事に向かう。



机に並べられているのは、いつもとはかなり趣が異なる料理たちだ。


色々な具材が細かく切って煮込んであるスープに、普通の食事の時にも出されているパン。そして温かいミルクティーに、新鮮な果物。


いつものように一品ずつ配膳されるのではなく、全ての料理が机に並べられている。

これは、順番などは気にせず、自由に食べて良いということなのだろうか。


「無理せずに、食べられる分だけ、召し上がってください」


カルメの言葉に私は頷いた。


食べられるだけで良いようだ。いつもよりは皿数としては少ないが、それぞれがしっかりと量があるので、十分満足できるようになっている。



私はミルクティーを一口飲んで、喉を潤してから、私はパンとスープを交互に食べた。時折、ミルクティーを挟み、最後に果物を食べて、私は用意された食事を結局、完食した。


カルメは無理せずにと言っていたが、お腹が空いていたので、普通に食べ切れた。



食後はお茶を軽く飲んでから、再び寝台に横になった。


食事って意外と体力を使うんだな、と謎の知見を得た私は、寝台で再び図鑑と夢の世界を行ったり来たりした。


「オデット様。ルクス様がお見えになりました」

「ルクスが?」


カルメに声をかけられて、はっと顔を上げる。


ルクスは何をしに来たのだろうと、身を起こしたところで、ちょうど寝室の扉が開いた。


「オデット様。失礼します。お加減は如何ですか?」

「普通…………じゃなくて、ちょっと悪い」


普通に体調が悪い、という意味で、普通と言ってしまってから気付いた。

それでは、元気な時を指しているようではないか、と。


そこで、言い直すと、ルクスは私の言いたいことが分かったように、苦笑した。その顔には安堵が滲んでいる。


「それでは、少し診させて頂きますね」

「うん。…………?」


みる、見る、診る?と脳内で、ルクスの言葉を理解しているうちに、ルクスは手に持っていた鞄から色々と道具を取り出した。


あ、本当にルクスが診察するんだ。と、どこか他人事のように感心する。


「ルクスは診察できるんだね」

「はい。一応、医師と薬師の資格と魔術医薬学は上級まで取得しています。」

「何か、凄そう」

「ふふふっ。オデット様もお勉強をすれば、取得できますよ」

「…………取得したい」

「はい。頑張ってください。まずは、体調を整えましょう。これに手を置いてください」


医学や薬学は学んでおいて損はなさそうだ。

上級という階級はよく分からないが、聞きかじるくらいでも良いだろう。


それにルクスの言う通り、まずは元気にならなければいけないな。



ルクスが差し出したいつもの黒い石板にそっと手を乗せると、目盛りは425を表した。その数字に私は驚いてしまう。


「…………?」


え、今まで、2とか3くらいに抑えられていたよね?


「今朝よりは落ち着いていますね。今朝は580だったのですよ」

「そんなに?」

「はい。体調が悪い時に放出魔力が高まるのは良くあることですので、問題はありません。体調が良くなれば、数値も戻ります」

「へぇー」


ちゃんと戻るのか。良かった。


ルクスの説明にほっとして、石板から手を離す。

ルクスは石板を片付けて、少し細長い四角い箱のようなものを取り出した。


「これを首筋に触れさせて、熱がどのくらいあるかを測ります」

「うん」


ルクスは少しひんやりとする箱の片端を私の首筋に当てた。

暫くして、箱を離して、目盛りか何かを見て、頷いた。


「はい。198ですね。今朝が200でしたので、少し下がっていますよ」

「それはどのくらい?」

「正常な範囲は192から195くらいですので、まだ少し高いですね」

「ふーん」


よく分からないが頷いておく。


熱があるということは分かっているのだが、それを数値として出されても、私にはよく分からないのだ。

数値は程度が分かるだけで、私のこの怠さやしんどさは伝わらないのだから。


まぁ、医学的には、その発熱の程度が大事なのかもしれない。


そんな私の様子に苦笑しながら、ルクスは次の道具を取り出した。

恐らく、発熱でぼんやりしていると思われているのかもしれない。


「体調を崩している時は、身体の抵抗力が弱まって、普段よりも感染症や拒絶反応が起こりやすくなります。ですので、こちらも一応、確認しておきましょう」


そう長々を説明してくれるルクスの様子に、これまでの二つの道具を使った時とは異なる空気を感じ取った。


私が不審な視線を向けた先には、幾つかの魔石のようなものが嵌め込まれた四角い箱を手にしたルクスがいる。


その箱の先には針金のように太い針がついている。この針には見覚えがあるぞ、と私は警戒を深める。


「魔力結晶、の針?」

「そうです。よく覚えていらっしゃいますね」

「痛くない?」

「はい。大丈夫ですよ。痛くはありません」


私を安心させようと、宥めようとするルクスの声を、私は逆に怪しく思ってしまう。


そこまで言われると、逆に何か疚しいことがあるのではないだろうか、と勘繰ってしまう。


しかし、ルクスの言う通り、痛くない、というか、何も感じない針であることは、前回の経験で分かっているので、私は大人しく腕を差し出す。


見た目が心臓に悪いというか、少し怖く感じるが、前回は何ともなかったのだ。今回も大丈夫だろう。


そんな軽い気持ちで差し出した私の腕に、ルクスは躊躇いもなく針を深々と刺す。


「ん?」

「…………はい。終わりましたよ」

「ルクス?」


私は驚いてルクスの顔を見つめる。


今、確かに、針が刺さっていた感覚があったのだ。痛みはないが、身体に異物が刺さっているという感覚があった。


何も聞いていないぞ。


期待を裏切られた時のような、信頼に応えてくれなかった時のような、悲しさと驚きが綯い交ぜになった表情でルクスを見ると、ルクスは申し訳なさそうな表情で微かに笑みを浮かべた。


それは隠し事が露わになってしまった時のような、悪戯がばれてしまった時のような、あどけなさの残る悪い笑みでもあった。


「はい。恐らく、オデット様は体内のご自身の魔力を感じられるようになりましたから、身体の中に別の魔力が入って来ることを感じられるようになってしまったのだと思います」

「なるほどね」


確かに、魔力結晶の針は魔力で出来ている。

その別の魔力が身体に入って来る感覚が、先程の異物感なのだろう。


前回は自分の魔力について把握していなかったから、何とも思わなかったけど、今回は魔力制御を学んでいるから、それを感じられるようになった、ということなのだろう。



魔力制御を学んで、悪いと思ったことはこれまでには一つもなかったが、これについては少し、学ばなければ良かったと思わないでもない。


しかし、学ぶことによる長所や良い部分の方が余程大きいので、後悔はしていない。一瞬、そんな考えが心に過っただけだ。



私の機嫌を窺うようにこちらを見ているルクスに、私は安心させるように微笑んだ。


この程度の異物感というか不快感であれば、問題なくやり過ごせる。


「それで、どうだった?」

「感染症や拒絶反応はありません。しかし、体調が良くなるまでは、祝福や魔力が強い物は避けたお食事をお出しするようにしておきますね」

「分かった」


祝福や魔力が強い物を避けた食事というのは、先程の昼食もそうだったのだろう。


いつも食べている物と比べて、確かに質素というか、華やかさがないというか、身体に優しそうな食事だった。


それでも十分に満足できたし、美味しかったので問題ない。



それに、いつもとは違う食事をいつもとは違う部屋で食べるということに、特別感を感じて、少し心が高揚してしまう。


体調を崩してしまったことを喜ぶのは不謹慎だし、心配してくれている人たちに、色々と手を尽くしてくれている人たちに申し訳ない気もするが、確かに、その未知の特別感にわくわくしている自分もいるのだ。



けれど、迷惑をかけてばかりではいたくないし、身体も辛いので、この体調不良は治したい。


うん、やっぱり、いつも通りがなんだかんだで一番だよね。


「それでは、ごゆっくりお休みください。夕食後に、もう一度こちらへ参ります」

「うん」


持って来た道具たちを片付けたルクスはこちらを見て、少し寂しそうな笑みを弱く浮かべた。


その笑みに私はぱちりと目を瞬かせる。



これは、心配とか、不安とか、寂しさとか、そういったことをルクスが私に対して思っている、ということで良いのだろうか。


いや、まぁ、おかしくはない、かな?


大切な人以外でも、知り合いや友人が、体調を崩せば、そのような感情を抱くことは不思議ではないと思う。


ルクスの中にも、私という存在に心を割いてくれている部分が少なからずあるのだろう。


それは嬉しい。けれど同時に、他に大切な存在がいるのにも関わらず、そうして私に心を砕いてくれていることを不甲斐なく、申し訳なく思ってしまう。


うん。早く良くなって、自分にできることを増やさねば。


そう決意を新たにしたところで、私は部屋を出て行くルクスを見送り、寝台に横になった。



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