46.診察(閑話)
今回は閑話です。
「ルクス様、お仕事中に失礼いたします」
「カルメ。どうしましたか?」
「その、オデット様がソファでお眠りになられてしまいまして、どこかに場所を移すか、せめて毛布だけでもお借りできないかと。ルクス様、如何致しましょう」
「オデット様が?」
私はカルメの言葉に少し驚いた。
オデット様は基本的に大変元気なお方だ。
この年頃であれば、元気に遊びまわって、昼寝をするのが、普通なのかもしれないが、オデット様を保護してから、そんな様子は見たことがない。
口数は同年代の子どもたちと比べて少なく、その言葉は思慮に溢れている。
魔力制御の練習は順調に進んでおり、それをこなせるオデット様の体力や気力は、確かに子どもらしい元気さだと思っていた。
いやそれ以上かもしれないな。特に集中力や思慮深さは、見た目の年齢からは考えられない程だ。
そんな基本的に昼寝をしないような元気があるオデット様が、午前中から眠ってしまわれるということに、違和感を抱くのは当然だろう。
「少々、お待ちください」
私は手に持っていたペンを置いて、席を立った。
壁際にある棚から幾つかの道具を取り出して、眠っているオデット様の元に向かう。
私が手に持った道具を見て、カルメもそんな予感を抱いていたのか、不安を強めるような表情をした。話を聞いていたジュネもそうなのだろうか、と眉を顰めている。
私が手に持っているのは、いつも練習に使っている放出魔力計測器、体温計、そして魔術汚染や毒がないかなどを簡易的に調べられる魔力結晶の針だ。
私は長椅子で横になっているオデット様の前に片膝をついて、その手を取る。
眠りが深いのか、起きる元気がないのか、オデット様が目を覚ます様子はない。
その手を計測器の上に乗せる。その値は580。
うん、無意識下とはいえ、普段のオデット様の数値よりは遥に高い。
その手を戻して、計測器を側に置き、次に体温計を手に取る。
四角い箱型の体温計には目盛りがあり、箱の片方をピタリとその首筋に当てると、目盛りは200を表した。
正常な範囲としては192から195なので、やはり高い。
最後に箱型の先に魔力結晶の針がついた検出器を取り出す。
可能性としては低いものだが、この選択肢は潰しておかなければならないものである。
オデット様に意識があれば、嫌な顔をされそうだが、幸いにも今は眠っているので、少し違和感を抱くくらいで、飛び起きるほどではないので、大丈夫だろう。
私はオデット様の腕に、服の上から針を刺した。
反応は、ない。よし、問題ないな。
検出器では、魔術汚染、侵食、毒薬、病気、祝福過多などによる魔術反応があるかどうかを知ることができる。
これに反応があれば、更に別の検出器や検査で原因を探っていくことになる。
今回はそのような反応はないので、魔術反応による体調不良ではない、まぁ所謂、風邪や怪我の類であることが分かった。
怪我はしていない様子なので、風邪だろう。
現代では風邪は病気ではないというのが医学における一般的な見解だ。
検出器で検出されない病気のような症状が見られるもの総称が風邪と言われている。
細かく言えば、風邪以外にも検出器で検出されない体調不良はある。怪我や妊娠時の悪阻、老化による機能低下等々。
今回はただの風邪だろうな、と判断して、私は道具を片付けて立ち上がる。
「オデット様に他に変わったことはありましたか?」
「そうですね。…………あ、昨晩は書斎でそのままお眠りになられてしまったと仰っておりました」
「それが原因でしょうね」
「やはり、体調が?」
「はい。魔術汚染や毒の類ではありませんので、安心してください。昨日、初めて外出されて、お疲れになっているところに、寝台ではなく書斎で眠ってしまったからでしょう。ただの風邪ですね。取り敢えず、今日一日、安静にしていれば、明日には回復するでしょう」
汚染や毒ではないと聞いて、ジュネはほっと安堵している様子だが、カルメは不甲斐ないという表情だ。
「カルメ。オデット様を寝室にお運びして、お召し替えと看病をお願いします。お食事はいつでもお部屋で取れるように、わたしの方から料理長に連絡しておきます。それから、昼食後と夕食後に、そちらに診察に伺います」
「畏まりました」
カルメに指示を出して、従者のウブラに伝言とカルメの補佐を命じる。
今日はオデット様のことが気がかりで、仕事が中々進まないだろうな。
そう思いながら、オデット様を抱えて部屋を出るカルメを見送った。




