42.再び寝落ち
そうか。やはり、大切な人がいるんだな。
心の奥底には子どもらしい嫉妬心が芽生えてしまったが、私はそれを刈り取って捨てた。
先程のルクスを大切にしたいという覚悟は、そんなものでは揺るがないのだ。
しかし、ルクスには心に思う相手がいるようなので、その相手との関係性も踏まえて、大切にしていく方向に切り替えることにする。
ルクスが自覚して、自らその相手を大切にしていきたいと行動するのならば、そんなルクスをこそ、私は大切にしよう。
ルクスはこれから大切にするということを学んでいくようなので、私も大切にするということを学ばなければならない。
ルクスが勉強するとなると、端から端まで調べた上で、出来る限りの実践を行い、経験を積み重ねていきそうな気がする。
その過程でルクスが傷つくのは、ルクスにとっても、その相手にとっても宜しくない。
そんな風にならないように、守れれば良いが、今の私では、やはり何もできない。
これは早々に、魔術なり、知識なりを身に付けなければならないな。
うん、当面の目標は情報収集と、自分にできることを増やすこと、だな。
今後の方針が決まったところで、私は目の前の帰り道をルクスと歩いた。
先程の文具店では、結局、あの後にこのペンに合うインクと紙を選ぶことは出来なかった。
そんな雰囲気ではなかった、そして時間が迫っていた、というのが大きな理由だ。
そのペンを購入して、完成したレールファイルを受け取って、代金を支払って、私たちは帰途に就いた。
正直、あの空気のまま、他の文具を選ぶということにならなくて良かったと思っている。
重い空気に包まれたまま、けれど気分は高揚したままでは、普段使いの道具は選べなかっただろう。
現にこのペンも特別な物になってしまった。
カルメやジュネ、護衛たちの誰もが口を挟めない空気の中、ルクスがそろそろ時間ですから、帰りましょうか、と提案してくれて本当に良かった。
初外出がこんなことになるなんて、思ってもみなかったからね。
ルクスがコレティオからファイルを受け取った時、代わりに何かカードのような物を差し出していたのが、ちらりと気になったが、そんなことを聞ける空気ではなかったので、いつかまた聞いてみよう。
コレティオのお店から、最初に転移してきた家まで戻り、そこから協会の、とある広間に転移した。
そこは私が初めて訪れた場所で、こうして転移場所として使われている広間なのかもしれない。
たった三日前のことだが、何だか感慨深く感じられる。
そして、ルクスの執務室まで戻り、それぞれの部屋で着替えと変装と解除を行った。私は変装の色を変えた。
ルクスの執務室に戻ると、ルクスは早速、コレティオのお店で注文したレールファイルを渡してくれた。
「はい、どうぞ。オデット様。これをこれからお使い頂けると嬉しいです」
「さっきの?」
「はい。これはこうして背表紙をずらして、表紙と裏表紙に分解することができます。その間に紙を挟み、こうして背表紙を戻すと、本のようになる、という物です」
「凄い!本になった」
「はい。これは150枚まで挟むことができます。今のオデット様の紙の使用頻度からすると一か月分はあります。二冊あるので、日記と覚書というように分けてお使い頂いても構いません。お好きなようにお使いください」
それから、ルクスにファイルに付与された三つの効果について説明してもらった。
魔力保護は私や他の魔力から守るもの。
機密保持は他の人から見えにくくするもの。
これは見ようとして見れば、見えてしまうので、あくまで不意にとか、隣に座っている人から丸見えにならないという程度らしい。
最後の保護は、一般的な汚れや軽度の損傷を防いでくれる。
ファイルを落とした時に、傷がついたり折れ曲がったりせず、お茶やお菓子を零してしまっても汚れないというもので、軽度ではないものは防げない。
例えばわざと、破ろうとしたり、折り曲げようとしたり、軽度以上の負荷がかかったりした時には効果を発揮しない。
これら三つの付与は付与を破壊されれば、効果がなくなってしまう。
付与の破壊なんてできるのか、と驚いたが、魔術に関してはまだまだ未熟なので、それがどのくらい難しいことなのか、分からない。
まぁ、普通に使っていれば、壊れることはないだろう。
「そして最後に、裏表紙の内側に記名しておきましょう」
「記名?」
「貴女様の物であると分かるように名を刻んでおくのです」
ルクスは立ち上がって、執務机の方に向かった。戻ってきた時に手にしていたのは、ペンだった。
インク壺は持って来ていないようなので、これも魔力をインクにするペンなのだろう。
私はそのペンを受け取り、二冊のファイルに記名した。そして、ルクスはその名が書かれたところに手を翳した。
「我は世界に求める。汝らにこの名を与える。マギカパーレ・セタリス。…………はい。これでこの名は、魔術が破られない限り、消えることはありません。このファイルはオデット様の物です」
「ありがとう」
私はルクスからファイルを二冊、受け取った。
これで覚書の紙束が本になる。
今朝、想像していたことがこんな形で現実になるなんて。
そんな思いで喜びを隠しきれない表情をしている私を、ルクスたちは微笑ましそうに見ていた。
その後は、ブラカの夕食を食べて、食後のお茶は短めにして、解散した。
何と言っても、早くこのファイルを使いたかったからね。
私は自分の部屋の書斎で、早速、今日あったことを紙に書いて、ファイルに挟んだ。
背表紙は紙の枚数によって幅が変わるという不思議な構造で、今の枚数でぴったりの幅に見えるのに、150枚も挟めるというのだから、驚きだ。
覚書を書いたり、ファイルに挟んだりしながら、時折、箱を開けて深い赤色のペンを眺める、ということを繰り返しているうちに、いつの間にか、書斎で眠っていてしまったらしい。
翌朝、目が覚めて、その状況を理解した時には、昨日の自分はそんなにもはしゃいでいたのか、と自分で呆れてしまった。
次話は閑話となります。
また閑話が二話続きます。
活動報告を投稿しました。
内容はこれまでの振り返りとちょっとした予告です。
宜しければ、ご覧ください。




