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41.大切なものと覚悟の証


私が目を惹かれたのは、紫みのある深い赤色のペンだった。

しかし、それは外側の縁に近付くにつれて薄く透明になっていき、そして、縁は白銀の輝きを持っている。

私が見ているペンを見て、ルクスも驚いているようだ。


「…………これは、赤牛の魔石とありますが白銀の侵食を受けているようですね」

「白銀の侵食」


ルクスは軽く説明してくれただけで黙ってしまった。その視線は深い赤色のペンに固定されたままだ。


すると、そんなところにコレティオがやって来た。


「ルクス様、無事に完成いたしましたよ。…………おや、それは、非常に珍しい素材が手に入ったので、ペンに加工した物ですね」

「この魔石は白銀の侵食を受けているようですが…………」


ルクスの視線を辿ったコレティオは、そのペンを見て、何かを思い出すような目をした。


普段より固い声音で事情を問うルクスに、コレティオは気付いているのか、いないのか、柔らかい声音で説明してくれた。


「はい。とある牧場で飼育されていた赤牛の一頭が、どうやら白銀の子牛を宿したらしく、母親が侵食を受けていたようです。そのままでは子牛も助かるか分かりませんし、侵食を受けた母親をこの後も飼育していくのは難しいですから、子を助けて、母親は見放すことになったのです。白銀の子牛は別の牧場に移して、順調に育っているようですが、母親は残念でしたね。これはその母親の魔石で、御覧頂いた通り、白銀の侵食を受けています。これは母親が侵食を受けながらも、ギリギリまで子を育てていた証なのです。牧場としては赤階位の母親より白銀階位の子どもの方が大事でしょうから、仕方がないのは分かりますが…………」

「…………そう、でしたか」


そんな話を聞いた私は驚いていたが、ルクスは予想がついていたのか、悲しい表情をしている。



つまり、母親が自分より遥に階位の高い子どもを身籠ると、母親は胎内の子どもから魔術侵食を受けてしまうということだろう。


これまでに魔術侵食については何回か、触れることはあったが、実際にどのようなことが起きるのかはまだ教えてもらっていない。


しかし、今の話の流れから言うと、死ぬ、ことになるのだろうか。


もしくは、牧場での管理が大変になり、処分を決めてしまうことになるほど、重症というか、生き続けるのが難しいことになるのだろうか。



そこで、私はルクスの話を思い出していた。


ルクスも確か、階位が高かった所為で、父親とは距離が遠く、周囲に馴染めなかったような話をしていた。


母親の話が出ていなかったことに、あの時は気付いていなかったが、もしかすると、この子牛の話のように、ルクスの母親も助からなかったのだろうか。それか、今でも簡単に会えないような状態にある、とか。


「ルクス?」


ルクスは何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。

それが気になって、私は繋いでいるルクスの手をくいっと引いて、声をかけた。


「オデット様?」


こちらを振り向いて見たその瞳に、痛みと悲しさが浮かんでいるのを見て、私はあぁやはり、と心の中で頷いた。


その痛みと悲しさは、自分で自分を責めて傷つけて、痛いと言っているようにも、初めて他人を傷つけたことに驚いて、心の内に広がる不快感から逃げ惑っているようにも見える。



しかし、ルクスは直ぐにその感情を押し殺して、外に向ける一般的な悲しそうな表情で覆い隠そうとしている。


個人的な痛みや悲しさを、自分の一部でもあるその感情を、心の裏側に隠そうとする、表面を無理に整えようとする、ルクスの表情を見て、私は心を決めた。



「ルクス。私、このペンが欲しい」

「オデット様?…………別に、お好きな、色を選んでも」

「私がこのペンを大切にする」


取り繕おうとしているルクスの言葉を遮って、私は私の覚悟を告げた。

ルクスはそんな私に驚いて、目を瞠っている。


「私が大切にする。だから、お願い」


お願い。

ルクスも、自分を大切にしてほしい。


私がルクスも、このペンも、大切にする。

でも、それだけでは駄目だ。


ルクスにも、自分を大切にしてほしい。

私を大切にしてくれたように。



そう請い願うように、じっとルクスを見つめる私を見て、ルクスの瞳には様々な感情が過っていった。


それでも、私は後には引かない。

私が大切にすると決めたのだ。


私の覚悟に戸惑っても、怯えても、躊躇っても、それでも、ルクスがそれは駄目だと言う以外のことでは引き下がらない。


その覚悟なのだ。突き放されて、拒絶されれば諦めるが、その手を取っても良いのだろうか、その取った手を傷つけはしないだろうか、というくらいの感情では、私は大切にすることを諦めるつもりはない。


だって、最初にルクスの方から、その手を差し出してくれたのだから。



私の覚悟や思いが伝わったのか、ルクスは何かを堪えるように唇を噛み締めた。


そして、一つ大きく深呼吸をして、私に目線を合わせるように片膝をついた。

私と重ねていた手を持ち上げて、泣きそうな、そして嬉しそうな表情をして、私を見た。


「…………ありがとう、ございます」



そうだ。あの時もそうだった。

ルクスは私に躊躇いもなく、その手を差し出してくれるのだ。

魔力制御ができるようになる前にも、そうだったように。


例え、自分の許容量に近くても、侵食されるかもしれないという恐怖があっても、それでも、ルクスはいつもこの手を取ってくれるのだ。


その嬉しさと、それがどれ程得難いものなのかという喜びで、私は胸が一杯になる。

だから、私もそんなルクスに思いを返したかった。

こちらが貰っているばかりでは、片方に天秤が傾き過ぎてしまうから。



私の思いを受け取ってくれたルクスに私は思わず、その手をぎゅっと握った。

すると、ルクスも笑みを浮かべて握り返してくれた。



私はそこで初めて知ったのだ。大切にしたいものができるという喜びと、それを受け入れてもらえた安堵と、いつか自分はきちんと独り立ちできるのだろうかという怖さを。


でも、やはり、今はこの嬉しさに敵うものなど何もないだろう。




私は今、片手で紙袋を丁寧に持って、歩いている。


本当は両手に抱えたいのだが、生憎と本日の私の右手はルクスに貸出中なのだ。

どちらかを選べと言われたら、ルクスの手を取るしかないのは、仕方ないことだろう。


紙袋の中には、先程、ルクスにお願いして買ってもらった深い赤色のペンが入っている。



私はルクスに沢山のことをしてもらった。

だから、私も何かしたいと思ったのだ。


でも、今の私にできることなど何もない。

あの時、これが良い機会だという打算が全くなかったとは言えない。


それでも、ルクスに何かしたいと、そんな表情をして欲しくないと、そう思う程のことをルクスは私にしてくれたのだ。

いや、まだ私は返し切れていない。まだまだ、これからだ。



それにこのペンの色は気に入っている。

白銀の煌めきを見て、ルクスの白みのある黄色の魔力の煌めきを思い出したことは、ルクスにはまだ内緒だ。

ルクスは自分に重ねて、感傷的な気分になってしまうかもしれないから。

自分でそれを覗き込むのは良いが、誰かや何かにそれを引きずり出されるのは良くないだろう。



このペンは私の勇気と決意の、覚悟の証でもあるような気がして、少し誇らしく、そして嬉しく、あと少しだけ怖い。でもやっぱり嬉しい。

そんなことを考えている表情を見られていたのか、ルクスは揶揄うような声音で尋ねた。


「オデット様は、ご機嫌が良さそうですね?」

「うん。だって、私にも大切にしたいものができたから」

「オデット様…………」


高揚した気分でうっかり、そのままの思いをつるっと話してしまい、ルクスは再び目を瞠って立ち止まる。


ルクスが立ち止まったことで、私も立ち止まることになり、私は自分の発言を顧みて、はっと我に返った。


「あ、えっと、その、ね…………」


ルクスがあまり感傷的な気分にならないように、このことは暫くは黙っているつもりなのだった。


それに、ルクスが受け入れてくれたとはいえ、それに応えてくれるとか、ましてや思いを返されたいと望んで大切にしようと思っているのではないのだ。


こちらが勝手にそう望んでいて、そうしても良いと認められただけなのだ。

だから、このような言及はルクスを困らせてしまうだけだろう。

どのようにして誤魔化そうか。


そう思って、おどおどしていると、ルクスは花が開くようにふわりと微笑んだ。

その笑みの美しさに、私は目を瞠る。


「そうですね。大切にしたいもの、大切にできるものがあるということは幸せなことです」

「ルクス?」


その口ぶりだと、もしやルクスにもそういったものがあるのだろうか。

ルクスにはその経験があるのだろうか。


それでは私のこの覚悟はその相手も含めたものに書き換えた方が良いのだろうか。


確かに、ルクスの年齢であれば、そういった人が居ても、居たとしても、おかしくない。


私は軽率に稚拙にその思いと覚悟を切り出し、差し出してしまったが、その具体的な方向性については、情報収集の上で練り直した方が良いだろう。

そんな仄暗い覚悟を新たに決めようとした瞬間、ルクスは照れたような恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「私も、先程自覚したばかりなので、大切なものを大切にすることについては、まだまだこれから勉強していかなければなりません」

「ルクスも?」

「はい。オデット様のお陰なのですよ」

「…………ルクスの役に立てたなら良かった」


評価、ありがとうございます。

お読み頂いている皆様も、ありがとうございます。

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